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じゃじゃ馬アンジェリカ

 アンジェリカ・レイは深紫のドレスを着て、鏡台の前に腰掛けていた。長い、黒い髪にくしを入れている。すみれ色の美しい瞳の少女だ。十六歳にしては背丈が高く、全体的に平板な体つきだ。


「王妃様が手紙を書いていらしたわ。あなたが縁組み人なのね」

 アンジェリカが感じの良い笑顔を浮かべ、片手を差し出す。


 ヴェラはアンジェリカの日焼けした手を握って手短に挨拶をした。

 王妃の強い勧めでアンジェリカ・レイに会いに来たのだが、本当にアラスターはこの少女を気に入ってくれるのだろうか。


 まずアンジェリカは美人である。それも正統派の美人だった。人の目を惹きつけるすみれ色の瞳、アーチ形の黒い眉、バラ色の頬(アラスターに幽霊などと言われたヴェラとは大違いだ)。高く広い額は賢そうである。濃く長い下まつ毛は、瞳にメランコリックな陰影をつくっていた。唇はやや大きく薄かったが、そんな欠点など目につかないほど魅力的だったのだ。何よりも彼女は健康そうだった。


「思ったより若いのね。手紙をもらった時は口元に皺のよったおばさまが来るかと思ってたのよ。美人なのは予想通りですけれど」

 アンジェリカはヴェラをまっすぐ見て笑いかける。


「思ったより若いって、みんなそう言いますわ。ついでに私、結婚したことないんです。さぞ頼りなく見えるでしょうね」

 ヴェラはコミカルに答えた。


「まあ、あなたが結婚したことがないんですって?一体どうしてかしら。でも理由わけを訊ねるなんて無粋なことはしません……。きっと秘められた悲劇があるんですわ。結婚しないなんて!私にとって結婚は夢そのものですもの。人生そのものよ!それを諦めてしまうなんて……」


 アンジェリカはお喋りで、気が強かった。趣味は乗馬らしい。女だてらに狩猟に参加して活躍するのだとか。いわゆるじゃじゃ馬娘なのだ。


 家柄は申し分なかった。王太子の遠縁で、亡くなった祖父は国王のかつての相談役でもある。受けた教育も問題ない。


 ヴェラはアンジェリカの高貴な血筋のために、王太子の花嫁にふさわしいのでないか、と信じ始めていた。何よりも王妃が考え出した縁談なのだし。

 それにアンジェリカは強気なので、辛辣な王太子と案外うまくいくのではないか。若く、健康で溌剌はつらつとした美少女。まあ、元気がよすぎるところは心配だけれど。でも、アンジェリカはとても美人だし、惚れてしまえば「あばたもえくぼ」とか言うじゃないか。



 アンジェリカの肖像画を見た王太子は一言。

「美人だな」


 馬面っぽく見えないこともない。アラスターは内心そんなことも考えていたが、言葉には出さなかった。アンジェリカのすみれ色の瞳が心を動かしたのだ。



 王太子と花嫁候補を森に送り出して10分、ヴェラは挿絵付きの小型本を倒木に腰かけて読んでいる。馬が走ってくる音が聴こえたので顔を上げた。


「殿下、アンジェリカ様はどちらに?」


 アラスターは手綱を引いて、ヴェラの前で馬を止めて迂回させた。アンジェリカの姿は見えない。


「あの子との縁談はなしだ。城に帰ろう」


「でも、アンジェリカさまは……?」

 ヴェラはすっかり戸惑ってしまう。まだ会って一時間も経っていないのに。こんな断り方っていくらなんでも……


「アンジェリカなら大丈夫だ。乗馬の腕は相当だな」


 従うよりほかなかった。

 アラスターは馬を降りて、ヴェラの隣を歩き始める。ヴェラは王太子がチラチラとこちらを見てくるので、水色の小型本をパタンと閉じてポケットの中に滑り込ませ、作り笑顔を浮かべた。


「まだ本を読むんだな。驚いたよ。昔みたいだ、森の中を……」


 森は二人のお気に入りの遊び場だった。大人たちは放っておいてくれるし、ちょっとした冒険気分を味わえる。アリーがヴェラのほっぺたにキスしても、お咎めなし。


 ヴェラは突然森の静寂を、真っ暗闇の中、手探りでアリーを探し回ったことを思い出した。暗闇の中、らんらんと光る黄色い目。コヨーテの野性の目が二人の飼い犬を狙っている。松明でコヨーテと戦ったこともあったっけ。

 焚き火の前、アリーはヴェラの膝の上で眠っている。ヴェラは唇に微笑を浮かべ、アリーの髪に指を通していた。あたたかかった……


「単なる小説ですよ」

 ヴェラが遠くを眺めながら言う。


 アラスターは再び何やら厳しい顔に戻ってしまった。それ以上何も言わず、うつむいている。馬のあつい鼻息が首筋にかかった。


「とにかく、アンジェリカ様には帰ってもらいましょう」


 でも理由も説明してくれないなんて、とヴェラは思う。アンジェリカ・レイは完璧な花嫁になるはずだと思っていたのに。

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