銀髪の少女
マダム・シルヴィーのお店は奥様連や若い娘たちでにぎわっていた。黄金のダマスク織や絹の生地、帽子に飾りつける赤いリボン。
あまりに人が多いので、ちょっと動くだけで大きな帽子同士でぶつかったり、お尻がぶつかったりしてしまう。
ヴェラはエメラルドグリーンのサテン生地と黒いレース生地を、エマは赤いベルベットの生地を買った。
「物騒なのも嘘みたいね。大賑わいだわ」
ヴェラがリボンを結んだ大きな箱を抱えて店の外に出る。
通りもお天気はよかったが、木枯らしが吹いて、さすがに寒い。姉妹は一瞬首をすくめて、あたりを見回した。さて、どこへ行こうか。宿に帰ろうかしら。
向かい側の建物の軒下から、少女が食い入るようにこちらを見つめている。色褪せた銀髪の痩せた女の子だ。灰色の地味なドレスに銀色の不思議な靴をはいている。年のころは十五、六歳だろうか。
ヴェラは少女にむかって微笑んでうなずき、そのまま立ち去ろうとした。
「待ってください!」
少女が追いかけてきて言う。ヴェラがどんな用件なのかたずねると、手をもじもじと遊ばせ、話すのをためらった。
「一緒にスープ屋で温かいものでも食べましょうか」
ヴェラが少女の悲しげな瞳を見て言う。
「ベンジャミンを呼んでも?」
かまいませんよ、とヴェラ。
少女は細い体で建物と建物の間をすり抜けて、どこかへ消えていった。
姉妹は顔を見合わせる。どうしたのかしら。
「誰かしらねぇ。弟かもしれない。肉屋の店主かもしれない。でもこの街、肉屋なんてないかもしれないわ!」
エマが言った。
「ドレスのことで相談したいのかもしれないわね」
ヴェラが少女の灰色のドレスを思い浮かべながら言う。
二人にとって確かなのは、少女が何か困った状況にあるということだ。
しばらくして、ベンジャミンという少年含む四人は、小ぢんまりとしたレストランに座っていた。
少女はゼルダと言って、白いまつ毛の切なげな子だ。注文したスープもほとんど手をつけないで、金色の目に涙を浮かべている。
ベンジャミンはそんなゼルダを愛情のこもった目で見守っていた。黒い巻き毛には額の近くに白い毛束が混じっている。ゼルダは少年の手に自らの震える手を重ねて、弱々しく微笑んだ。
エマもヴェラも少女の様子に心打たれて、温かいオニオンスープやら柔らかい鶏肉やらをお腹におさめるのをやめてしまう。
かわいそうに。よっぽど何かあるのだ。
「僕たち、婚約者なんです」
ベンジャミンが口を開いた。若さに似合わない低い、落ち着いた声だ。
「でも困ったことに従兄弟同士で……」
「私のお父さんと話してくださいませんか。父はよりによって従兄弟と結婚するなんて絶対に許さない、の一点張りで、私たちにはどうしようもないんです。ヴェラ嬢なら、きっと私たちを助けられるでしょうから……!」
二人は幼いころから一緒に過ごしてきた。ゼルダにとってベンジャミンは兄のような存在であり、世界中で一番大切な人なのだ。ベンジャミンは駆け落ちをすすめたけれど、ゼルダは首を縦にふらない。父を裏切ってこの街で一人っきりにするなんて考えられないことだった。恋人を愛していたが、それだからと言って父親への愛情と恩義が薄れるわけではない。
エマには従兄弟同士で結婚するなんて、ちょっと理解できなかった。まぁ、田舎町ではそう珍しくないことなのだ。親にすすめられたからでもなく、正真正銘のいとこと恋に落ちるなんて。
なんだか双子みたい、こうして二人寄り添っていると……。単なる恋人同士以上の絆があるのね、きっと。
エマは昨日会った離婚弁護士のことを思い出した。彼は私のことをどう思っているのだろうか。




