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カード占い

 翌朝、姉妹は揃いのドレスを着て鏡の前に立った。玄関近くの鏡の前、輝かんばかりの白いドレス姿で。


「姉さんって美人ねぇ」

 エマは鏡の中の姉妹をうっとり見つめて、ため息をつかんばかり。


「あなたはもっと美人だわ。それもこの村で一番の美人だもの」


 姉妹はクスクス笑いだし、頬ずりした。なんて謙虚な姉妹だろう!そりゃあ、私たちってそれなりの美人だけれど……

 まあそれはともかく、白いレースの手袋をはめ、薄手のマントを肩にかけて街に出かけようね……


 ジャックが馬車を動かしてくれた。リトル・タウンの市門の前まで送っていってくれるそうだ。


「なんだか浮かない顔ね」

 大きなトランクを二つ、馬車の上にくくりつけるジャックに言う。


 彼は振りむくとヴェラに淡白な視線を向けた。考え事でもしていたのだろうか。

「どの道を行こうか考えてた」


「〈王の森〉を通るんだと思ってたわ。あそこが一番の近道だし」


 ジャックは〈王の森〉が王太子のよく使う場所であること、ヴェラが何かセンチメンタルな感情を抱いているを知っている。単なる恋敵に対する以上の警戒心がジャックを敏感に、鬱々とした気分にさせた。アラスターはどうも信用できない。

 だけど、ヴェラのアラスターへの気持ちだって一筋縄ではいかないのだろう。王太子と農民の娘の恋は何か恐ろしい結末を迎えるのではないか。


「じゃ、そこを通る」

 ジャックは何気ないふうに返事をした。


 

 怖い顔した衛兵をやり過ごして市門を通ると、エマは思わず目を見張った。大通りでは、複数階建ての四角四面の建物が整列して建っている。淡いピンクや水色、レモン色のお家。ガラスのショーウィンドウにはミシンや大きなクマのぬいぐるみ、流行りのドレスが飾られていた。いつの日かの夢で見たような街だ……


 パキッとした赤い唇に、りんご柄のエプロンを腰に巻いた、うら若い娘が綿あめを売っている。空色の綿あめだ。娘の澄んだ声が秋の広く寂しい空に響く。ヴェラは建物と建物の合間の空を見上げて微笑むのだった。


 シャレード王国の貴婦人のお屋敷は奥まったところにあって、高い石の塀で囲まれている。門には門番もなく、開け放しであった。まっすぐ広い灰色の道と芝生が二人の目を引いた。


 エマは貴婦人と姉の会話には付き添わず、ガランと広い、部屋という部屋を渡り歩いていた。急いでこの別荘にやってきて、まだ使用人もそろっていないのだろうか。雨戸は閉め切られていて、どの部屋も真昼だというのに薄暗い。家具や絵画は埃よけの白い布がかぶせられたままだ。


 エマは廊下にたたずんで薄い布すかし、甲冑を着てポーズを取った男の肖像画を眺めていた。わきの部屋の扉は開いていて、蝋燭のあかりがおぼろげに揺れている。エマは吸い込まれるように部屋の中に入っていった。


 客たちがくつろぎ、談話するための部屋なのだろう。アカシヤ製のテーブルが三つ、離れて配置されている。暖炉台の上には良家の女の子とその相棒の子犬の絵がかかっていた。


 テーブルの上には燭台の明かりの中、トランプカードが散らかっている。エマは鼻歌をうたいながらテーブルに近づいた。


 ステンドグラスのように、色のついたガラスでできたトランプのカードだ。手に取って蝋燭の明かりに透かす。壁に赤や黒、青、それに金色の光がうつった。思わず唇に感嘆の笑みを浮かべる。


 戸棚のガラスに男の人のかげが映った。幽霊などではない……

 エマは振り向いた。スラリとした若い男だ。白いフランネルのシャツの上から光沢のある黒いチョッキを着ている。服装は見事なのに頭はボサボサだ。頬の下あたりに大きめのホクロがついている。


 エマは吹き出してしまいたいような、それでいて男にとことん優しくしたいような奇妙な感情に襲われた。


「姉と一緒に夕食に招待されましたの」

 エマが突拍子もなく言う。


「奇遇ですね。僕も侯爵夫人に今夜の夕食に招待されているんですよ」

 歯切れのいい喋り方だ。


 ということは貴婦人の一人息子というわけではないらしい。


「見事な細工ですね」

 青年がエマの手に持つトランプに視線を向けて言う。


「ええ、こんなに素敵なものって、なかなか出逢えませんもの。これを考え出した人は、きっと遊び心のある方ですわ」


 青年は部屋を横切って、ガラス細工のトランプをエマの手から受け取った。栗色の寝癖頭からいい匂いがしてくる。


「トランプ遊びはお好きですか」


「ええ。賭け事はしませんけれど」

 声が思うように出ずに小さくなった。

「姉とトランプ占いをするんです。もっぱら私たちの人生についてですけれど。孫は何人か、とか、いつ死ぬとか氷河で遭難するだろうとか。でも、くだらないですね。姉は私の平穏な幸せばっかりを占うんですもの」


 でも今結婚してしまったら、もっと遠くへ、というあの熱望は叶えられなくなるのに。


 青年は離婚弁護士なのだと名乗った。

「まあ、離婚弁護士ですって」


 エマはマイケル・ハースト弁護士に微笑みかけた。

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