姉さんと結婚すればいいのに
エマはフリルのボンネットをかぶって、屋敷の外に出た。今日もまた秋晴れの美しい、雲一つない空!シェパード犬のコリーズをつれていこう。向かい側のジャックの家へと、橋をてくてく渡って。
ジャックはちょうど農地の収穫を手伝いに、家を出るところだった。エマを見ると肩にかついだ農具をおろし、片手をあげて挨拶をする。
「あなたのところに七面鳥の丸焼きを持っていくように言われたの。作りすぎちゃったわ」
二人はうすら寒い家の中に入っていった。
「家を出たら求婚者に囲まれないのも、毎朝玄関前に花束が積まれていないのも変な感じだわ」
ジャックはちょっとおもしろそうな顔をして、エマがボンネットをはずすのを見ている。
「ヴェラも何年か前に君と同じことを言ってたなぁ」
「あら、だって私たち姉妹ですもの」
そんなの当然だわ、と言わんばかりの、こましゃくれた口調。
「でもね、求婚者たちが村から連れて行かれてしまって、せいせいしたなんて思ってないわ。誤解しないでね。そんなんじゃないから」
ジャックは邪気のないエマの瞳を見ながら、当然そうだろうな、と考えた。エマは思いやり深い娘だ。他人の悲しみや苦しみを前にすると、普段の子どもっぽいところはなりを潜め、心痛めて慰めずには、手を貸さずにはいられなくなる。
澄んだブルーグリーンの瞳も漆黒の波打つ髪も、肌の美しく白いのもヴェラにそっくりだ。ヴェラのように猫背でもないし、それほど背も高くないけれど……
エマはジャックの家のティーカップを使ってローズヒップティーを入れ、七面鳥をテキパキとお皿に取り分けた。コリーズにまでお肉を分け与えてやっている。
「姉さんはあなたが近くにいて安心してるわ。一時期、徴兵にとられるんじゃないかって怖がってたのよ」
エマは意味ありげにジャックを見た。
「ヴェラが?」
意外そうに言う。
「僕だって時々兵隊になるべきなんじゃないかって思うけれど」
寛大な性格のジャックも、ヴェラとアラスターの思惑が何か関係しているのではないかと思うと、良い気ではいられなかった。ヴェラはジャックと家族同然の仲なのだし、仕事を続けていくためにも戦場へ送りたくなかったのだろう。が、王太子の心のうちは計り知れない。
悪い予感がした。ヴェラもジャックも王太子に思わぬ形で代償を払わされることになるのではないか……
「そんなこと言わないでちょうだい。ヴェラをフレッドの時と同じような目に遭わせちゃダメよ」
エマが語気を強くする。
「ねえ、私あなたと姉さんが結婚すればいいのにって思ってるの。妹だからわかる、ヴェラはあなたを愛してるわ。あなただって姉さんのことを……」
「エマ、君の姉さんは僕のことを愛していないよ。そんな話、ヴェラにとってはお笑い種だろう。僕だってヴェラが愛してくれればいいって何度思ったことか。けどヴェラは僕には興味がない。君がこの村の求婚者たちに興味ないのと同じことだよ」
エマは目をぱちくりさせて、ジャックを見つめた。彼は悲哀も自嘲の気配も見せず、理路整然と話す。思わず彼の言っていることが正しいのだという気さえしてきた。
「姉さんには今だって言い寄る人はいるけれど、でも、あなただけは違うような気がするの」
だって、ジャックは姉さんにとっても、私にとっても特別だもの。
王太子様が姉さんに夢中になっているのだって知っている。ヴェラは私に隠しているつもりなんだろうけど、あれじゃバレバレ。王太子様は毎日のように庭先にやってくるし、姉さんはアラスターの名前が出ただけで怖い顔をするし。
アラスター様はどちらかと言えば無礼な人だ。ハンサムで高貴な生まれではあるけれど、細やかな感性は備わっていない。野心ばかりあって、思いやりなんてこれっぽっちもなし。知性はあるかもしれないけれど、残酷で荒けずりな知性だ。女を惹きつける情熱はあるが、たった一人の女を幸せにするような愛情と忍耐は持ち合わせていない。
でも、姉さんは王太子様に惹かれつつあるのだ。愛情深いヴェラは王太子の冷たい心臓に小さな明かりをともそうとして、奈落の底に吸い込まれようとしている……
エマは昨日通りすがりの兵士たちが漏らした言葉をふっと思い出した。
「公国の君主が崩御なさったんですって」
「そうらしいね。でも僕はヴェラから何も聞いてないよ」




