第二王子
アラスター王太子は練兵場で、剣の稽古に励んでいた。先を丸めた剣がぶつかり合い、玉の汗が飛び散る。対するのは王太子の弟、クラーク王子だ。
第二王子はアラスターによく似ていた。肩のあたりで切った赤色の髪も、灰色の明るい瞳も同じだ。兄より細身で人あたりもよかった。ハンサムにも見えるだろう。
左眉から左目にかけて深い、えぐれたような傷跡が残っている。左側の瞼はただれて、半分までしか開かない。この傷跡は見る者に相矛盾した印象を与えた。不恰好にも、魅力的にも、不気味にも見える。
当人はその傷跡について一切語らない。戦場での名誉の傷跡なのだとか、あるいは兄弟で争った時にアラスターが手ひどく痛めつけた跡なのだとか。
兄のアラスターがつけた傷跡だというのが有力な説だった。もう十三歳になる頃には、その傷跡が王子の端正な顔に刻まれていたのである。
王太子の従者ジャイルズが勢いづいて漏らした情報によると、王家の兄弟はお互いにひどく憎み合っているとか。だが、このどことなく胡散臭い男も、弟の傷跡の理由を知らなかった。その傷ができたのは、ジャイルズが宮殿に来て、王太子に仕えはじめるよりも前の話なのである……
遠くに白いドレスの女が立っていた。亡霊のように霞んで見える。猫のような切れ長の目が二人の王子の視線をとらえた。
アラスターは練習を中断して、女に向かってうなずく。
ロトー子爵夫人は兵士たちの間をぬってやってきた。兵士たちは剣をおろし、女のなんとも言えない優雅な歩きように視線を奪われている。
ヴァージニアは長い髪を結い上げ、琥珀と真珠のくしで留めていた。
アラスターは思わず愛人の妖艶さに、皆が羨望のまなざしで見つめているのに誇らしい気持ちになった。
「どうした?」
「あなたに会いに来たの。ずっと会ってないわ」
ヴァージニアが甘く、低い声を出す。
夏からずっと愛人に会っていなかった。ヴェラが旅立ってから。
もうすぐヴェラも帰ってくるだろう。そう思うと、目の前の女に何やら冷ややかな感情がわいてきた。
「手紙をよこすはずだったろう?ここでは困る」
「わかってるわ。でも退屈していたの。怒ることないでしょう?」
ヴァージニアはそう言って、なまめかしく微笑むのだった。まるで子どもに言い聞かせるかのように。一瞬クラークは皮肉っぽい笑みを見せた。
「勝手にすればいい」
アラスターは吐き捨てるように言って、二人のもとを去った。
自室の窓から外を眺める。兵士の一団が甲冑を着、盾と槍を持って歩いていた。近隣の村から農民たちが列をなして避難してきている。秋晴れの美しい日だ。
練兵場の外周を弟とヴァージニアが馬に乗って進んでいる……
アラスターは拳を握りしめて二人を見つめていた。
ヴェラが帰ってきたら家を訪ねよう。きっとまだ怒っているだろうし、アラスターを許すこともないだろう。だが、戦争はもうほとんど決まったことなのだし、彼女には理解できないことなのだ。仲人の仕事を中断して避難するよう説得しなければならない。
ジャイルズがやってきて、今夜会議があると告げた。父君がお呼びだ、と。
「次の戦争で正式な世継ぎが決まるでしょう。今夜の会議も心して臨まなければ」
ジャイルズがアラスターの背中に言う。
「わかってる。父上は慎重だからな」




