犬小屋
ジェニーは一切、ボブを知っているという素ぶりを見せなかった。全然!ヴェラがボブという名を口にすると、ツンと冷たい顔になって、それよりミルクティーなんていかが、と言い出す。
「スワン嬢、さあどうぞ召し上がって」
ジェニーはいそいそと二人分のティーカップとクッキーを用意した。
トルコ石色のティーカップに砂糖を入れ、スプーンでクルクルと混ぜている。
「ありがとう」
ヴェラは礼を言ってミルクティーを一口飲んだ。
ジェニーはミルクティーにビスケットを浸して口に含む。
「ねえヴェラ・スワン嬢、世間ではこう言うでしょ。猫と犬は近づけるべきではないって」
ということはつまり、この猫好きの女はこう警告したいのだ。ボブの話など聞きたくないし、もうあの犬狂いとの結婚など考えてはいない。だから、どうか私たちのことは放っておいてくれ、と。
が、二人のヨリを戻させようとするアニー・ブルックの決心も固かった。
「だってスワン嬢、犬や猫のことで一生の幸せを諦めてしまうなんて、そんな馬鹿げたことないでしょう?」
アニーは幼い娘の髪をグイグイ引っ張りつつ、結い上げている。娘は母親に髪を引っ張られる度にグイグイと吊り目になった。見るからに痛そうである。
「ええ、そうでしょうけれど……」
でもジェニーがあんなにキッパリと縁談を拒否しているなら、放っておいてあげるべきではないだろうか。
森の奥深くの我が家に訪ねてきた、背の高い女と気持ちの良い顔つきの男を見ると、大男のボブは戸惑ったような顔をつくった。こんな人里離れた場所に何の用だろう?まだ木こりの季節でもあるまいし。迷いびとにも見えない。それにしては元気がよすぎた。女のほうは水色の薄いドレスにシワ一つつけず、繊細にほどこされた化粧は崩れる気配さえない。男のほうは(たぶん女の護衛けん御者といったところだろう、)落ち着いた、明るい表情でこちらを見ている。
すぐに耳を垂らした犬たちが戸口までやってきた。新米の客に、嬉しそうに尻尾をふっている。
「ジェニー・キャロル嬢のことでうかがったんです。お邪魔しても?」
女はボブに遠慮がちに笑いかけた。
「ヴェラという者です」
ボブが許可するよりも先に、犬たちがヴェラにじゃれついて、家の中に入れてしまう。こいつらに番犬は務まらないな。フレンドリーすぎる。
家の主人はいまだ戸惑いながらも、ジャックとヴェラに薄いコーヒーを出した。自分にはレモネードを注いで。傾きかけた木のテーブルに三人で座る。ぶちの犬が鼻息荒くヴェラの膝の上に、顎をのせてドレスをヨダレだらけにした。
「家はこの辺に?」
ボブが手持ち無沙汰ぎみのジャックに聞く。ヴェラは何やら犬たちと会話していたのだ。
「いや、ノヴァ城近くのエスカテル村だ。森の中に住むのはいいだろう、熊だっている」
「恐ろしい奴らだよ」
ボブがちょっと表情をゆるめた。
「犬も吠える。王には会ったことあるか?」
「ないね。ヴェラは会ったことあるだろう?」
「小さい頃に何回か……。兄がアラスター王太子に仕えていたの」
記憶の糸を手繰り寄せようとする。厳めしい顔をした人だった。父親の前ではアリー(アラスター)も緊張していたっけ。
ボブは、犬をニコニコしながら撫でているヴェラの横顔をこっそりと観察した。
初々しい若さはないが、かなりの美人だ。雪のように白い肌に、春の海のようなブルーグリーンの美しい瞳。背が高く、やや猫背ぎみなところも彼女に独特の魅力を与えている。
たとえばヴェラと道ですれ違った男は、背が高く、猫背ぎみだということのために、彼女を忘れずにいることだろう。
だが、ジャックはヴェラのことをどう思っているのか?ヴェラは独身だ。ジャックも見る者の心に何か気持ちのいい、明るい印象を起こすような容姿の青年だ……。
「ところでジェニーのことで来たんだって?ジェニーは元気かい?」
可愛いジェニー、笑顔の魅力的なジェニー、思い出すと恋しくなってしまうのだが……!




