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変わってしまった幼なじみ

「もったいぶらずに言いましょう。ヴェラ、あなたにお願いしたいのはね、王太子の花嫁探しよ」


 ヴェラはベルベット張りの長椅子にかしこまって座っている。灰色の絹のドレスを着て、白の透き通った手袋をはめている貴婦人の大きな肖像画。マホガニー製のテーブルには銀の器に盛り付けられたアイスクリームと癒しの紅茶。

 テラスへと続くガラス張りの窓。窓からは緑豊かな庭園が見える。尻尾に赤いリボンをつけた小さな猿が悠々と木々を渡り歩いていた。王妃のペットなのだろうか。


 王太子の花嫁探しなんて夢の仕事だ。ヴェラは自分が誇らしくなった。責任のある役目だけど……


「もちろん、お礼はたっぷりします。ところで、あなた結婚してらっしゃらないのね。未婚でここまで活躍なさってるなんて、たいしたものね」


 そんなことありませんわ、とヴェラ。ええ、楽な仕事ではありませんけれど……


 王妃は変わらず美人だ。亜麻色の髪に涼しげな灰色の瞳。ウエストなんて針のように細くて、コルセットを使ったドレスがよく似合う。華奢きゃしゃな体は陶器でできているかのよう……


「お喋りはやめてアラスターに会うといいでしょう。結婚するのはあの子ですからね。私は今から国王にお会いするから、二人で話し合ってちょうだい」


 王子と二人きりで会うことになるとは意外だった。アラスターとは以前にも会ったことがある。でも、それは何年も前のこと。


 まだ子どもだった。ヴェラの兄ダニエルが王太子の遊び相手だったのだ。アラスターの代わりにお仕置きの鞭を受けるのもダニエルの役割。そう、覚えている。兄やアリー(アラスター)と一緒に森の中を走り回ったこと。彼が危険を冒して図書室に連れて行ってくれたこと。あの後、アリーはこっぴどく叱られて外出禁止、ダニエルに会うことも禁じられたんだっけ。


 アリーは優しかった。花冠を作ってくれたものだ。まるでヴェラがお姫様かなんかのように……



 ほどなくして王太子その人が現れた。彼はやわな温室育ちの王子というよりは、威厳をも備えた偉丈夫だ。澄んだ灰色の冷たい目が刺すようにヴェラに見ている。眉は太くて濃い。眉間みけんにはしわが寄っていた。紅葉こうようを思わせるような暗い赤毛はカールしていて肩のあたりまで伸びていた。


 会わなくなって十年以上経っているが、ずいぶんと背が伸びている。肩幅だって広くなっていた。神話に出てくる英雄のようだ……


「王太子殿下」

 ヴェラがさっと立ち上がってお辞儀をする。


「君が縁組み人だね。将来の王妃を見つけてくれるらしい」

 アラスターはヴェラをちらりとも見ようとしない。


「はい。殿下のお役に立てればと考えおります」

 ヴェラが敬意をこめて言う。


「そのはずだよ。それどころか王国に貢献してくれるはずだ。さあ、かけて。花嫁の満たすべき条件を言おう……」


 アラスターは背を向けると背後で手を組んだ。ヴェラは条件を手帳に書き留める。容姿、家柄、教養に加えて、歌、ハープが弾けること。金髪であること。従順で秀でた知性を持っていること。お喋りではないこと。まったく、お喋りで口やかましい女には我慢がならない。頭痛の種だ……!


 王子は不意に縁組み人のほうを振り向いた。ちょっと驚いたような顔をして、言葉をとめる。手帳に何やら大急ぎで書き留めているこの女は、昔一緒に遊んだ仲なのだ。


「ヴェラ!」

 

「まあアリー、いえ、殿下」

 今度がヴェラが驚いて叫ぶ。


 お互いに見つめ合ったまま、かたまってしまった。まさか王太子が私のことを覚えているなんて!まさかヴェラが王城に来ているなんて!もう何年も前に会ったきりじゃないか。


 運良く王子の従者が入ってきて、沈黙を破った。王子と従者が隣室に行く。


「何事だ、ジャイルズ?」

 扉の隙間から声が聞こえてくる。


「戦争が近いんです、殿下。王国から食糧を調達し、兵を募らなければなりません……」


「父上が言ったのか?しかし、兵など……。いいかジャイルズ、半年前に戦争をしたばかりなんだぞ。それで我々は鉱山を手に入れたが、……血塗られた金貨を手に入れたが、兵士は減るばかりだ」


「農民を訓練するべきでしょう。傭兵を雇うこともできますが、国王は賛成していません。私も父君に同感です」


 アラスターの深いため息が聴こえた。


「他には?」


「あの女性は?愛人を見つけたんですか?」

 さっきまでの真剣な口調とは打って変わって、からかうような調子。


「いや、縁組み人のヴェラだ。昔一緒に遊んでいた。驚いたな」


「なかなか美人ですね。愛人にして花嫁を見つけたらお別れすればいい」


 ヴェラが空咳をした。


「ヴェラを美人とは思わない。肌の白さときたら幽霊みたいだよ。老けたしな。あれは行き遅れだよ。縁組み人なんて、ちゃんとした女がやるものじゃない。農民の出だから仕方ないが……」


 聞こえていないと思って言いたい放題だ。


 腹立たしいと同時に悲しい気持ちになった。ヒナギクの花を差し出してくれた、心優しい男の子はどこに行ってしまったのだろうか。騎士さながら雷の中、ヴェラを抱き上げて城に連れ帰ってくれた子は?


 みんなが変わってしまう。ええ、私だって昔のようではなくて、行き遅れの女だということ。

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