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愛と憎しみは紙一重

 ヴェラにはなぜ戦争が起ころうとしているのか理解できない。どこの国と?どんな目的で……?



 再び兵士たちがエスカテル村にやってきた。徴兵令のお触れを出して。

 若者たちが連れ去られてゆく。誰も抵抗しなかった。母親たちさえも涙一つ見せなかった。村長と同じ運命をたどりたくなかったのだ。


 恐怖と悲しみが村を覆っていた。陽気な音楽が流れていようとも、もはや若い娘たちは踊ろうとしない。恋人や夫が無慈悲な兵隊たちに連れていかれてしまったから。そのうち村人たちは音楽を演奏することさえ止めてしまった。


 ヴェラは何が起こっているのか突き止めようとする。手紙を方々(ほうぼう)に出して……


 ところでヴェラとエマの姉妹にはニールという十三歳になる従弟がいた。父親は数年前に死に、母親はその何年か前に男と出奔してしまっている。というわけで少年には従姉妹以外に身寄りもないのだった。

 そのニールが徴兵されてしまったのだ。



 ヴェラが会いにきたのだというので、一瞬気持ちが高揚した。なんのために会いにきたのだろう?次の花嫁候補のことだろうか?それとももっと個人的なことだろうか?


 王太子はヴェラを私室に通さないように指示した。ちょっとしたら自分のほうから行くから、と。


 が、ヴェラは待とうとせずに寝室に乗り込んできた。アラスターは外行きの服に着替えている最中さいちゅうである。

 ヴェラは着替えの途中の王太子を見ても、ためらわなかった。狼狽ろうばいさえしなかった。


「十三歳の子どもを徴兵するのね」


 冷ややかな声。明るいブルーグリーンの瞳がこちらを見透かすように睨んでいる。


 ヴェラは必死に感情を抑えようとしているものの、怒っていた。激怒していた。アラスターを襲いかねない勢いだった。


 衛兵が何やら怒鳴りながら飛び込んできて、ヴェラを引きずり出そうとする。


「いい、彼女を放してやれ。二人で話す」

 アラスターが衛兵に断固とした口調で命令した。


 二人きりになった部屋で、ヴェラは王太子に背を向けてベッドのそばに立っている。アラスターは服を着ると、しばらくヴェラの後ろ姿を眺めていた。


 その立ち姿は美しかった。乳白色のうなじに、影のように黒い後毛おくれげがかかっている。細いくびれはコルセットで強調され、絵画の中の貴婦人のようだ。白い半袖のシンプルなドレス。むき出しの腕を太陽から守ろうと、薄い朱色のスカーフをかけている。身じろぎ一つせずとも、床の近くでスカーフはユラユラとひるがえっていた。


「どうして来た?」


 ヴェラが振り向く。怒りは消えていた。物腰はしっかりしている。けれど、ここに乗り込んできたのを後悔しているような、二人っきりになったのに驚いているような……。


「従弟のニールが国王の命令で徴兵されました。あの子はまだ十三歳なのに……。これがあなたのやり方なのね。戦争娯楽のために年端としはもいかない子を戦場につれていって。

ニールはまだ子どもなのよ。この前きつね取りを改良して何を作り出そうとしたのか……!スカートめくり機よ」


 その後、ニールは奇妙な発明品が村人に見つかってしまって袋叩きに遭ったのだが。


「君にはわからない。私がそんな事態を望んでいると思うのか?私が戦争を決断したと?君は私を目のかたきにしたいんだ」

 アラスターがヴェラににじり寄る。


「あなたは傲慢よ。吸血鬼よ!」

 憎しみをこめて叫んだ。


 アラスターは苦笑すると、少しだけ彼女から離れた。

「父上が死にかけている。父上は焦っているんだ。もう周りの国にはノヴァ国王の体調は知れている。敵はこの王国を虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのさ。君には戦争のことも、私の立場もわからない……」


「アリー、あなただってわかっていないわ。ちっともわかっていないわ……」


 アラスターは一瞬、ヴェラの瞳に涙が光るのを見たような気がした。だが目の錯覚だったのだろう。ヴェラは背筋をシャンと伸ばし、疲れたような、悲哀の色の浮かぶ瞳で遠くを見ている。


「私たちを戦争に巻き込むのはやめて。ひょっとしたら、あなたやあなたのお父様が言うことは本当なのかもしれない。でも、あなた達は横暴だわ。これは本当なの。

戦争が起こったら私たち農民には逃げ場がない。若者たちが戦場に連れて行かれて殺されてしまう。乱暴者の兵隊が村に入ってくるので、畑地は荒らされ、ひどい時には家も全部焼かれてしまう。そんなのは嫌よ。こんなのは嫌……」


 あの人は、フレッドの遺体は遂に家に帰ってこなかった……


「ヴェラ、君を守りたいんだ。君たちを守るための戦争なんだ。わからないかもしれないけれど、理解してくれ」


 アラスターが優しい口調で言う。奇妙なことにヴェラは、結局は戦場に立たなければならないこの青年に同情していた。優しい、いたわるような気持ちさえ感じていた。


「いいえ、いいえ、あなたは破壊することしか知らないの。そうやって五年前にも、あなた達は私の婚約者を、私の愛する人を殺してしまった……」


 ヴェラは唇を薄く開けて、宙を見つめている。蒼ざめ、震えながら。


 アラスターはヴェラの頬をなでると、ゆっくりとキスした。ヴェラは拒絶せずに受け入れた。


 が、不意にアラスターを押し退けると、平手で殴った。憎しみを、激しいばかりの悲しみをたぎらせながら。


「ヴェラ、怒らないでくれ」

 アラスターが静かに言う。


 果たしてこの人を憎んでいるのか、愛しているのか。あの人を、フレッドを恋しく想うあまり、気持ちを取り違えてしまったのか。


「君の従弟を家に帰そうか?」


 いいえ、とヴェラは答えた。弱々しい笑顔を浮かべて。

「あの子は戦場に行きたくてたまらないの。救いようのないバカでしょう?」

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