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明かされた秘密

 夜更けになった。家人全員が寝室に行って館の中は静まり返り、暗闇に包まれた。


 おばあさまは寝てしまっただろうか。

 アリスは薔薇もようのゴブラン織の長椅子で眠っているヴェラを揺り起こした。


「お見せしたいものがあります」


 蝋燭の黄金色きんいろのあかり。お嬢さまは手燭を手に持ち、薄い白のネグリジェの上にピンクのガウンを羽織っている。


 ヴェラはまどろみつつ起き上がり、怪訝けげんな面持ちでアリスを見つめた。


「昨日知りたがっていたでしょう?秘密を見せてあげます」


 アリスは本棚の裏からはしごを持ち出してきて壁に立てかけ、ローテーブルで固定する。ふわふわのスリッパを脱いで、軽々と一番上まで上がっていった。まるで木の幹をのぼるリスのようだ。すると魔法かなんかのように壁に扉が現れ、ゆっくりと開く。ヴェラはまあ、と息を呑んだ。アリスがヴェラの驚きようにクスクス笑い、壁の中に消えてゆく。


「さあ、登ってきてくださいな。怖いことありませんから」

 アリスが壁からひょっこりと小さな顔をのぞかせて言った。煙突の中にむ、家の妖精みたい。


 はしごをのぼると、手前に急な階段、その先に広い空間が広がっていた。天井は斜めって、向こうにランプの明かりが見える。クッションが二つ、人形用のテーブルをはさんで配置されていた。少しカビ臭くはあったけれどホコリは見当たらない。


「私だけの部屋よ。さあ、くつろいでくださいね。クッションがありますのよ」

 アリスはお屋敷の女主人になりきって、ごっこ遊びをしてみせた。


「屋根裏部屋の秘密基地ね。すごいわ……」

 ヴェラがにっこりして、テーブルの前に座る。


 テーブルの上にはラベンダーでとめた手紙の束がのっていた。アリスがうやうやしく手紙の束をとり、ラベンダーをはずす。急に真面目くさった顔になり、あらぬ方向をぼんやりと見た。


「これは全部、レオ(レオナルド)からの手紙です……」


「まあ」と一言。

「恋人同士なんですね。でもどうして……」


 だったらどうして、お互いの祖父母の前で、縁組み人の前で嫌い合うふりなんてしたのだろう。


 アリスは悲しげな顔をして、ゆっくりと、繰り返し首を横に振った。

「ボートの上で言ったこと、本当はあんなことするつもりなかったんです。あんな大勢の前で彼を侮辱するなんて……。だって彼を本当に愛していますから」


 令嬢は目を伏せて顔を赤くする。


「レオナルド様は優しい方ですものね。不思議はありませんわ……」

 ヴェラは二人の間で何が起こったのか、話してくれるように頼んだ。



 ある寒い冬の夜のこと、レオナルド・カールソンは、吹雪に馬車が立ち往生してしまった。馬車をおりて歩いて家に帰るには、距離がありすぎる。きちんとした外套を持ってこなかったので、既に凍えかかっていて馬車の中で待つのも妙案みょうあんとは思えなかった。


 途方にくれて外を見ると、ドッシリ頑丈そうな門と五階建ての建物が目についた。門の中をのぞきこむと、次々に馬車という馬車から、おめかしした人達が降り、談笑しながら屋敷の中に入ってゆく。窓からは明かりがもれ、奥の広間からヴァイオリンの美しい音色が響いてきた……


 もちろんレオナルドは招待状など持っていなかった。一かばちだ。屋敷で暖炉に、温かいスープに、シャンパンにありつけるかもしれない。


 さりげない顔をして屋敷の中に入ろうとすると、派手な口髭の使用人の男が呼び止めた。


「招待状はお持ちですか?」


 持っていないと答えると、使用人は「誠に恐縮ですが、招待客しか入れない決まりで……」と答える。


「お嬢さまが目当てですかね。大変魅力的で……」

 レオナルドが黙っていると、使用人は馴れ馴れしい態度で言った。


「ああ、そうだ、そうだ」


 果たしてお嬢さまって誰なのか。そんなことは知らない。でも、みすみす暖かい屋敷から閉め出されるつもりもなかった。てきとうに話を合わせ、使用人に銀貨を二、三枚握らせた。


 招待客たちがワルツを踊っている。ボーイたちがボンボンやサーモンの燻製、シャンパンやらを銀のお盆にのせて、客たちに配っている。


 女主人はしみを厚化粧で隠した老婆で、深紫のドレスを着ていた。胸も唇も垂れ下がり、頭には銀色のかつらをかぶっている。

 シャンパングラスを黒のグランドピアノの前で振り回し、男性客とさる政治活動について議論をたたかわせていた。


 婆さんの隣には亜麻色の髪の、色白の少女が座っている。ほっそりとした体つきの、寂しげな顔の少女だ。

 貴婦人風に髪を高く結い上げ、クリスタルの髪飾りをつけている。少女がうなずいたり、踊ったりするたびにその髪飾りがチラチラと揺れた。ドレスはシンプルで、清楚な白のシフォンの生地を使ったものだ。


 魅力的というほどだろうか。

 そんなことを思いながらも、レオナルドは令嬢から目を離せないでいた。あのには何かが足りない。でも何が足りないのか……


 令嬢は何度かダンスを踊った。まるで踊らされているみたいだ。女主人の隣にいても、踊っていても、楽しんでいる気配がない。


 レオナルドはちょっと空想をめぐらした。あの婆さんは森の中にひそむ小鬼ゴブリンで、あの少女は囚われの姫……

 では、白馬の王子は誰なのか。


 老婆が姿を消してしばらくすると、少女がピアノ椅子に座って、演奏を始めた。ギャロップの軽快な演奏だ。皆が愉快に踊り出し、笑い出す。

 少女は体を揺らし、半ば目を閉じながら、口元に笑みを浮かべた。


 レオナルドは少女に魅せられて、ピアノに近寄っていく。ほっそりと優雅な腰、切なそうな小さな顎、内気さと大胆さが奇妙に混じり合った微笑。

 夢中になって演奏したために、ドレスの袖がずり落ちて肩が露わになった。


 ギャロップが終わり、少女が鍵盤から青年へと視線をあげる。アリスは唇をわずかに開き、驚いたように青年を見上げていた……



 問題は後見人の老人たちなのだ。婆さんは孫娘に近づく男たちをことごとく威嚇してまわる。へそ曲がりの爺さんはレオナルドの選択をことごとく否定する。

 二人は一目で恋に落ちたけれど、慎重にならなければいけなかった。二人きりで会うこともできない。話すことも、互いの手を握ることも。


 白い鳩を枝豆やひまわりの種で餌付けして、伝書鳩がわりにする。恋人たちは窓辺で恋焦がれながら手紙を待った。


 カールソン家の当主が孫息子の結婚を考え出した時、二人は恐れながらも期待に胸を震わせた。

 恋人たちは絶対にお互いと結婚しなければならない。そうしないと死んでしまう、とアリスは書き送った。レオナルドだってアリスと結婚できなければ一生幸福になれないだろう。


 アリスは大きな賭けを考え出した。老人たちの性格を逆手にとって利用しよう。孫たちが嫌い合えば意地になって結婚させようとするはずだ。


「昨日まではそれで上手くいっていました」

 アリスがクッションを膝の上にのせて言う。

「気の毒な老人たちを混乱させて、あなたを振り回してしまったけれど、それでも……」


 ランプの明かりをうけて、壁に巨大な影帽子がうつった。影帽子は膝をかかえ、ゆっくり頼りなげに揺れている。


「レオに、私の愛する人に手紙を書かなければなりません。確認しないといけないことがあるんです。鳩を待っている余裕はありません……」


 ヴェラは自分が手紙を届けるとけ合った。まだ納得できないことがあるけれど、この子たちの力になってあげたい。


 アリスは涙ながら礼をのべ、あなただけが私たちの希望なのだ、と言いさえした。


 けれど船の上で起こった、あのとんでもない事件はなんなんだろう?

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