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エスカテル村

 エスカテル村の川向こうの家に暮らすヴェラはとっても美人なのよ。明るいブルーグリーンの瞳に黒い豊かな髪。色白で雪のような肌の色。手足が長く、背が高い。ちょっと猫背ぎみだけど。でも明るくて社交的だし、賢い。彼女にかかれば、どんな悩み事だって打ち明けてしまいそう。

 

 たとえば末娘が結婚もしていないのに妊娠してしまったとか(でも娘は生娘なのに、わけがわからないわ。娘がそう言ったのよ。あの子が嘘をつくわけもないし。処女懐胎の奇跡がこの屋根の下で起こったのかもしれない。なんて名誉なことだろう)、うちの主人が真夜中に突然起き上がって裸のスッポンポンで踊り出すとか。

 ヴェラは澄んだ理知的な瞳で私たちの秘密を聞いてくれる……


 それにね、あのお嬢さんはたいした財産家なんですよ。農民の娘が金貨や銀貨をたくわえるなんて変なことですよね。金貨を守ってもらうために「ギンコウ」という街にもよく出かけるんだとか。


 ええ、たしかにあの子は美人ですよ。申し分のない美人。文字だって読めるし。二頭立ての馬車だって持ってる。それに優しいしね。やっぱり、女の子って気立てがいいのが一番じゃないかしら……


 ただお嫁に行くとなるとね。ちょっと歳を取りすぎてるよ。もう25歳。結婚できないってわけじゃないわ。美人だもの。でも行き遅れって言うんじゃないかしら、あの子は。

 ヴェラが十五の時には村一番の美人で、男の子たちは一緒に踊ろうと躍起になったものよ。でも今一番人気なのは、あの子の妹のエマ……。ヴェラにそっくりよ。ええ、年齢以外はね!



 ナンシーは可哀想なヴェラを思ってため息をつくと、よっこら腰を上げて、台所で掃き掃除を始めた。

 おや、窓の向こうに若者が走ってくるのが見える。なだらかな緑の丘。軽い足取り、晴れやかな顔つきだ。

 鮮やかな若葉色の洋服なんて着て、腰には皮づくりの巾着を下げている。


 血色のいい、いかにも健康そうな青年は外から母親に気づくと笑顔を向けた。


「まあジャック、どうしたの」

 ナンシーがいそいそと薄切りのジャガイモのバター炒めとワインを出してやりながら訊ねる。


「ヴェラの用事でちょっと通りかかったから寄ろうと思ったんだ。あと母さんに伝言もあるんだよ。明日村長と息子のヴィクターと一緒に話しあうんだって」


 ジャックは赤ワインを一口飲み、黄金色こがねいろのジャガイモをフォークで一つき。


「村長さんと?ヴィクターと?」

 ナンシーが目を丸くする。


「妹のことだよ。旦那さんを見つけてやらないと。お腹の赤ん坊には父親が必要だろ」


 母さんは時々人が良すぎる、とジャックは思った。ヴィクターがマーシーのお腹が大きくなった原因なのに。マーシーは顔にでっかいホクロがあるし、寝る時にはものすごいイビキをかくし、どう見たって聖女になるタイプじゃないだろ?夢にお告げに現れた天使も、妹のイビキにビビって逃げ出しちまうよ。



 ヴェラはちょっと難しい顔をしてから赤の帳簿に何やら書き込んだ。ずっしりと重い帳簿。開いたページには黒インクの小さな文字がびっしり。


 今日はこれでおしまい。伸びをして庭に出よう。可愛いピンクの薔薇の咲く庭へ。


 ヴェラは黄昏時、木のベンチに腰かけていた。上機嫌だ。暖かくて、自慢の庭もあるし仕事も順調。

 今朝は蜜月ハネムーン中の夫婦からお礼の手紙が届いた。自分たちがいかに幸せか、どれほど貴方あなたに感謝していることか。国内随一こくないずいいちの画家に夫婦の肖像画を描いてもらったのだが、あなたの分もお願いしようか。あなたは見目麗しい娘さんだし、仕事柄役立つはずだ……


 薔薇のアーチを大股で抜けてくる男が視界に入った。茶色の長靴ブーツ。土がついてる。手元には手紙……


「ジャック、また戻ってきたのね!」

 ヴェラは嬉しそうな声を出した。

「肖像画を描いてもらうのはどう思う?伯爵夫妻が有名な画家を紹介してくださるって言うのよ」


「いいかもね。でもそれって貴族みたいだ」

 ジャックがヴェラの隣に座る。

「それか金持ちの大商人みたい」


「あら私はお金持ちよ。少なくともこの村の中ではね」

 ヴェラはいたずらっぽく言った。


「知ってるさ」


 ジャックはヴェラの仕事の相棒で良き友人だ。花嫁候補や花婿候補の独身者に会いに、遠くに出かける時にはジャックがついていく。家の井戸が壊れた時に修理してくれるのはジャック。薪割りをしてくれるのもジャック。

 ヴェラは川を挟んで隣に住むジャックに料理を運んだり、破けた衣服をつくろったりする。お互いに助け合っているのだ。


 けれどナンシーは息子がヴェラに惚れ込んでいて、その内結婚するはずだと堅く信じ込んでいた。勘違いもはなはだしい。ナンセンスだ。ジャックと私の間には何もないのに。本当に気の合う友達ってこと。


「あの子だって、もう行き遅れだね。そろそろ結婚しなきゃ」

 村の女たちは顔を寄せ合って言う。腕をまくり、水に濡れた衣服をごしごし擦りながら。川や井戸の近くは噂話をするのにピッタリ。洗濯をしながら、野菜を洗いながらお喋りをする。


 でもヴェラは結婚する気なんてない。五年前のあの日に心が張り裂けて粉々になってしまったから……


「なんの手紙だい?」


 ジャックの持ってきた手紙はお香のいい匂いがした。ラベンダーの香りだ。紅色の封蝋がしてある。


「王妃様からよ。お城に行って直接お話をうかがうわ。なんの用件なのかしら。王様と離婚なんて相談されなければいいけれど!」

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