8話 予算がないので、大規模な工事ができません
「んー! んむぅー!」
「さぁ、リザ。本当のことを白状しなさい」
とても気の毒なことに、リザはいもむしのように、縄でぐるぐる巻きにされており、口は猿ぐつわで塞がれている。
俺もこのダンジョンに来た当初、磔にされていたがローゼリアというのはどうしてこうも捕縛スキルが高いのか。
「なぁ、なんでこんなことするんだ? こんな風に捕まえなくても」
「なんでって、この子が逃げるからよ」
「んむぅー! んんーっ!」
「逃げたのは何かやましいことがあるからじゃなくて、恥ずかしかったからだろ?」
「あら、そうなの?リザ」
「んんっー!!」
口が塞がっているので返事ができるわけがない。
俺はローゼリアに取ってやれといい、口元から器具を外した。
「はぁ、はぁ。この世の終わりかと思いました……ってひどいよ、ロゼちゃん!」
頬を紅潮させたリザは、荒げた呼吸を整えていく。
「それはアナタが逃げたからよ!」
「うぅ……だってハピちゃんがその筆をおろす、とか言うから」
「何をわけのわからないのことを言ってるのよ」
ローゼリアは胸元から小さい鞭を取り出して、お尻をペチンとひと叩きする。
「ぴゃあ!!」
「おいおい、パワハラじゃねーか!」
「それでさ、なーんの話だったっけ?」
ハピたすが頭の後ろで腕を組み、まるで他人事のようにぶらぶらとしている。
「ダンジョンのおサイフ事情の話だな。さっきもいったように、使えるアイデアを出すには正しい現状理解が必要なんだ。制約がわかってないと、実現性のないアイデアが出てきて時間がかかる」
「んー、ヨッシーはいちいちむずかしいんだよね〜」
「んん、そうだな。たとえばだけど。50ゴールド持って駄菓子屋にいくイメージを想像してくれ。駄菓子屋はわかるよな」
「うん。わかるよ。ウチは、みっちゃんイカめっちゃ好き〜」
「50ゴールドだと買えるものには限りがあるよな? 駄菓子を買うお金しかないのに、高級なスイーツは買おうとはならないだろ」
「うんうん」
「つまり、そういうことだ」
「え? ちょっと待って。ウチらのダンジョンはめっちゃビンボーってことなの?」
「どうなの?リザ」
「はい、もうこれしかないです」
といって、リザは帳簿のようなものをローゼリアとハピたすに見せる。
そこには、赤い文字で二万ゴールドと書かれていた。
「なんでこれっぽっちしかないのよ!」
「俺もまだ詳しくみてないから、リザ見せてくれ」
どうぞ、とリザは両手で俺に帳簿を差し出してくれた。
「このカマドピザ ・ブレイズ火山北口店ってのはなんだ」
「それは……夜にお腹が空いちゃって……その。つい」
ペロッと舌を出し、コツンと上目遣いで見てくる。
「つい、じゃねーだろ! 経費の横領じゃねーか」
「ロゼちんは食いしん坊だよねぇ。その栄養はどこにいくのやら」
とハピたすの視線はローゼリアの胸元へと注がれる。
「まったく、次のこの『マグマ床』の罠工房ってのはなんだ」
「読んで字の如く、マグマの床よ!ダンジョンのトラップで使うのよ」
「それはわかるんだが。この一点二百万ゴールドってのは高くない……か。あのマグマの床だよな」
「そうね。防犯めだまのリプレイにもあった、あのマグマ床よ。高いかどうかはわからないわ」
「わからない……と言いますと」
「だって、作ったことないんだから。マグマ床がいくらなのかはわかるわけないでしょう」
「おいおいおい。わからないなりにもっと方法あるだろ?たとえば、相見積とるとか」
「そのアイミツってのは何? アイカツみたいなもの?」
ハピたすがあっけらかんと喋る。
「なんでアイ活は知ってて、相見積は知らないんだよ! いっぺんに見積もり出して金額を比べるやつだよ!」
「はぁ、どうしてわざわざいっぺんにやるの? そんなの面倒じゃない?」
ローゼリアもさも当然のように言葉を続ける。
「あーっ! もう! だから足元見られるんだろうがぁぁぁ!」
「というか、火山なんだからマグマなんてそのへんを掘ったら出てくるんじゃないのか?」
たしかに、といわんばかりに目を丸くし、口をあんぐりするローゼリア。
ああ〜とポンと手を打つハピたす。
どうか頼むから、気づいておくれ。
「どうだ、このダンジョンのヤバさがそろそろわかってきたか」
プロジェクトを推進する上でのコツは関係者の認識を揃えることだ。
一番マズイのは、課題がそもそも課題として認識されないこと。
そこを揃えないと、当事者意識が芽生えず、周囲からの協力を得られない。
そして、この認識のズレというのは情報量の格差によって生まれる。
だからこそ、情報を正しくインプットできれば上手くいくことも多い。
ということで、ここはまずはクリアできただろうか。
「ええ。とりあえずは理解できたわ」
「理解が早くて助かる。ということで、このダンジョンを魔王城化するのは諦めてくれ」
「それはお断りよ!」
「んでだよ! 今の話を聞いてなかったのか!」
「だって、フローゼにバカにされたくないもの」
「かーっ! この見栄っ張りのポンコツ魔王め!」
「なによ! そっちこそ、小難しい単語ばかり並べてかしこいアピール?」
「俺はお前がダンジョンを完成させたいから手伝ってんだろうが!」
「ふん、じゃあ今すぐここを出ていけば?この魔界で暮らせるのかしら」
「んだと?」
「何よ?」
やるのか、と言わんばかりに顔を近づけてメンチ切ってくるちいさな魔王。
「わわー! ちょっとストップ! ストーップ! 二人ともいったん落ち着こ?」
ハピたすが声を張って仲裁する。
「ほ、ほら? いまここで揉めてもビミョーじゃん?」
俺は深く息を吸い込み、そしてふぅーっとゆっくり吐き出す。
「そうだな。まあ、ローゼリアが城にしたいという気持ちはわかる。これでも魔王だしな。だからこそ、身より実を取りに行きたい。あくまでゴールは大魔王だろ?」
「そうよ、私は大魔王になるのよ!」
「だから、いまは手堅く戦果を上げたい。そこで、コンセプトだ。たしかに、いまはカネも時間も人手も少ない。けど、ローゼリアなら”できるはず”だ」
できるはず、という言葉を聞いてローゼリアは自信ありげに振る舞う。
「じゃあ、コンセプト会議を再開しよう。ローゼリアの腕の見せ所だな」
ということで、再び俺たちは制約のもと、ダンジョンのコンセプトを練り直すことになった。