6話 モンスター娘たちは開発未経験です
俺と魔王は他のメンバーがいる部屋へと移動をすることにした。
火山を人工的に改造しているということもあり、広さだけはある。
ただ、ダンジョンとして致命的なのはほとんど一方通行であり、まるで侵入者を迷わせる気がないということ。
地熱から噴き出す蒸気で少し歩くだけで汗だくになる。
奥に進むほど、その暑さは増していく。
「なぁ、ここ暑すぎないか。いったい何℃あるんだよ……」
慣れない土地で、慣れないイベントが続いて、正直ヘトヘトだ。
そして、やたら暑苦しい格好に変えさせられてしまったので、ただただ暑い。
ラッキーなのは変身させられたときに、この杖を一緒にゲットできたことだ。
俺は足がガクガクとしながらも、この杖に体重を乗せてなんとか歩みを進めていく。
「まったく軟弱ものね。こんなの気合いでどうにでもなるのよ」
そういって俺の隣を歩く本人も汗でびしょびしょなのである。
つまり、強がりでしかない。
魔王のうなじに汗に濡れた後れ毛がまとわりつく。
彼女はよくよく見ると、背は低いが出るところは出ており、いい身体をしている。
着てる服もやけに肌に吸いつくようにぴちぴちだ。
露わになっている白肌が汗で瑞々しく光る。
「ちょっと! アナタ!じろじろとどこ見てんのよ!」
「ああ、いいもん持ってると思ってな」
「はぁ!? 何言ってんのよ!」
右腕で胸を隠しながら、ローゼリアは頬を赤らめる。
こういったところは、年相応の女子なのか。よし、少しからかってみるか。
「いや、そのちんまりとした翼。それで扇いだら涼しくならないかなって」
「っ……! ふざけないで!」
この後、尻尾でめちゃくちゃ叩かれた。
ただでさえ暑苦しいというのに、俺の頬は腫れあがり、熱を帯びてじんじんと疼く。
「なぁ、こんなところでダンジョン開発とか止めて、サウナの経営とかした方がいいんじゃないか。勇者のお休み処みたいなイメージでさ。あ、サウナってわかるか? 蒸し風呂みたいなやつなんだけど」
「とうとう脳みそが煮立ったのかしら。それに、サウナくらい知ってるわ。それにこんな魔界で勇者がわざわざサウナに入りに来るわけないでしょ?」
「たしかに、それもそうだな」
痛みと暑さで知能にデバフがかかる。
この環境下でダンジョンを建設するというのは相当、体力を持っていかれることだろう。
足場の悪い岩肌の道を進むと、ようやく目的の部屋が見えてきた。
部屋、といっても洞窟の中なので、岩壁をくり抜いた空間があるだけだ。
「ほら、あそこよ」
ローゼリアが指さすと、奥から声が聞こえてくる。
「わぁぁぁん! もうこの世の終わりだよぉぉぉ!」
「大丈夫だってば、リザっち。ロゼちんも許してくれるって」
「ひっくひっく……。まさか、発注の時に一桁間違えてたなんて。五百キロの人間なんかいないよぉ」
「まぁ、誰にでもミスくらいあるっしょ。だから落ち着きなって。おむすび食べる?」
「ありがとう。ハピちゃん。食べるうぅぅ……」
涙を流してはいるものの、おむすびをぱくぱくと食べている。
「リザ、ハピたす。どう?順調?」
「ぴゃあ! ロロロ、ロゼちゃん!?」
リザと呼ばれた少女は、先ほどローゼリアに報告をしていたリザードマン風のモンスター娘だ。
こちらに気づいて、慌てておむすびを隠そうとするが既に時は遅い。
口の周りに米粒がたくさんついており、どう考えても隠せるような状態ではない。
「ロゼちーん! ロゼちん、ロゼちーん! 会いたかったよー!」
そう言ってローゼリアの胸元まで飛んできたのは、ハピたすと呼ばれる暴風ギャルだ。
肩まで垂れたサイドテールのライムグリーンの髪色。
ピンポイントに入った、弾ける泡のようなソーダ色のインナーカラーが印象的だ。
目元には星型のカラーストーンが貼られており、グロスの入った艷やかななリップが健康的だ。
特徴的なのはオフショルダーのチュニックから覗く、二枚の大翼だ。
ミント色から淡雪色にグラデーションする何層にも連なった羽根はひとたび羽ばたけば、火山の熱風すら切り裂く。
右手首にはビタミンカラーのバングル、左手首にはシュシュが巻かれている。
クラッシュデニムのホットパンツから覗いた太ももから先は人のそれではなく、鳥脚のようになっている。
「ちょっとハピたす! 暑苦しいわ! 早く離れなさいよ。それに様をつけなさい!」
「ロゼちん様?」
「ちがうわ。ローゼリア様よ!」
「ん? あれれー? そこにいるのは誰? 新人くん?」
「もう! 話を聞きなさいよ!」
「俺はヨシヒロ。井ノ上ヨシヒロだ。ワケあってダンジョンの開発を手伝うことになった」
「ヨシヒロ……うん。ヨッシー! ウチはハピたすだよ~ よろしくよろしく!」
出会って5秒であだ名で、ハイタッチを求めてきた。距離感がバグってる。
これがオタクなら勘違いするぞ。
だが、俺はオタクじゃないから何も問題ない。
だいたい、ギャルがオタクに優しくするシチュエーションなんて、エンタメの世界でしか起きない超常事象だ。
「これから、がんばってウチといっしょに(ダンジョン)つくろーね?」
両手で俺の手を握りながら上目遣いで、語りかける。これは天然の魔性だ。
「あ。はい、お願いします」
俺は反射的に答える。
「ちょっと! アナタたちいつまでそうしてるつもり? ほら、リザも隠れてないで出てきなさい」
岩の陰に隠れたリザがこちらを見ている。
「ヨシヒロさん。改めまして、私はリザです。このダンジョンの企画を担当しています。よろしくお願いします」
そう言ってぺこりとお辞儀をした。
こっちの子の方は人見知りタイプらしい。
「リザっちわね~。ちょっとドジっ子なんだよね。さっきもありえんてぃーなミスしちゃってさ。でも、そこがマブいんだよね〜」
「は、恥ずかしいよ。ハピちゃん!」
「えっへっへ〜。リザっちは天使だねぇ~」
一体俺は何を見せられてるんだ、と思いつつ。
「そういえば、ハピたすは何をやってるんだ?」
「ふふ〜、ヨッシーも気になっちゃったか。じゃーん。ウチはね、天才アーティストだよん」
「自称ね」
「あー、ロゼちんひどーい!」
「えへへ。ハピちゃんとロゼちゃんは仲良しだね」
目を細めて二人を見守るリザ。しかし、俺は疑問を覚えた。
「ん? ロゼちゃん……?」
「もう! リザ! ハピたす! 人前だけでも、ちゃんと様づけしなさいって言ってるでしょ」
「あはは。もう手遅れだしいいんじゃなーい?」
見た目こそ、モンスター風の少女だが悪いやつらではなさそうだ。
「三人とも仲がいいみたいだな。まあ、そろそろ時間もないし、今後のダンジョンの開発について話を」
俺がこれからのダンジョンの立て直しの会議を始めようと思ったが、火山でもあるにも関わらず、急に寒気が襲ってくる。
「なんだ、なんかやけにヒヤッとしないか」
背筋にゾクっとした冷感が走る。
「あーら、何この汗臭い洞窟は? こんなのでダンジョンと言えるのかしら。ねぇ、ローゼリアさん?」
高飛車な物言いと、ハイヒールのカツカツとした音が洞窟内で反響する。
白銀色のロングヘアーにツリ目の深い蒼色の瞳。
ヒールを履いた背丈は俺よりも高く、そしてロングドレスからは白雪のような脚が覗いている。
「ローゼリア、あれはまた勇者か?」
「いや、氷獄帝フル・フローゼ・クロウセル。同じく大魔王を目指す、北の国の魔王よ」
「ふふ、ごきげんよう。あら、こんな薄汚いダンジョン。よくて来るのは勇者ではなく、コソ泥ではなくて?」
氷の女帝は、扇を顔の前でバッと広げると、徐ろに煽ぎ始めた。
人差し指にはめた指輪のアイスブルーの宝石が雪色に煌めくのが目に入る。
「フローゼ、わざわざ何をしにきたのよ」
「決まっていますわ、偵察ですわ、偵察。アナタのダンジョンがどれほど進んだのかってね。でも、まったくもって時間の無駄でしたわ。次の大魔王の座はわたくしのものよ」
「何よ、嫌味をいいにきたの?」
「嫌味じゃなくて、事実よ、事実。ま、わたくしが大魔王になったらアナタたちまとめてコマ使いにしてあげてもよくてよ」
「ふん、相変わらず減らず口ばかりね。大魔王になるのはこのわたくしよ」
「いいえ、もっと現実をみないとローゼリアさん。アナタは大魔王はおろか、このちっぽけなダンジョンひとつ作るのですら、無理に決まってるわ」
「そんなの……」
ローゼリアが言葉を発する前に、俺は間に割って入り、反論した。
「無理じゃない。そんなのはやってみないとわからないじゃないか」
「あら? はじめて見る顔ね。どこの誰かしら?」
氷の魔王はハイヒールの音を鳴らしながら俺の元に近づいてくる。
俺は顎をクイッと持ち上げられる。細くしなやかな指は冷ややかで思わず、鳥肌が立つ。
目の前の深い青色の瞳に自分の姿が映り込む。
この氷の魔王がこのまま俺を捻り潰すのは造作もないことだろう。
しかし、俺は引かずに目を逸らさなかった。
「ふぅん。まぁ、せいぜい足掻いてみるのがよろしくて」
そう言い捨てて、ふっと白い吐息をはき出すとあたりは白い霧に包まれ、その姿も眩ませるのであった。
「ヨシヒロ、珍しいわね。アナタも感情的になることもあるのね」
「ああ、高圧的な物言いを聞いたら、イヤなことを思い出してな」
先に仕事だけ振って帰った横暴な部長の顔が思い浮かぶ。
「決めたぞ。ローザリア、リザ、ハピたす。俺らでこのダンジョンを完成させるんだ」
どこの世界にでも、ああいう人っていますよね...。
もし、よければご評価いただけるとうれしいですー!