5話 ダンジョンという手段の目的化
「ねー聞いて? あそこのダンジョンには人間のフリをした魔族がいるらしいよ」
俺は悲しいことに、意図せずとも勇者を騙し討ちすることになった。
これがブロンズ級の勇者であるとしても、このダンジョンはきっと噂になるだろう。
「人間のフリ? やーだー、こわーい」
「しかも、魔王とグルで騙し討ちをしてくるだとか」
「えー、そんなのズルいじゃない。卑怯者がすることよ」
「そうなの、ズルで臆病なせせこましいやつがすることよ。きっと前世もみっともなく引きこもってたに違いないわ。まったく同じ生き物として恥ずかしいわ」
「ねー。同じ空気を吸うのも無理むりぃ」
悪い想像が頭の中を駆け巡る。
想像だけで済むならいいが、現状はどうしてもポジティブとは言えない。
この哀れな開発者の現状を改めて整理すると、魔王に召喚された時に、見た目が魔族になった。
魔王は召喚する側だから、俺の居場所は筒抜けになり、逃げることはできない。
勇者を騙し討ちにすることになったので、人間側につくのも難しい。
なんやこれ。もしかして、詰んでる疑惑?
どうするのが、この世界で最も生存しやすく、有利なポジションを取れるか。
この問いに対する答えが出ようとしていた。
これは残酷な真実でもあるのだが、実は実力だけが重要なのではない。
大切なのはポジショニング戦略だ。
実力はしょぼいが、プロデューサーという称号を一度手に入れたことで、それによって焼畑して短期間でプロジェクトを渡り歩く、くだらないが、高給取りのゲーム開発者もいる。そう錯覚資産ってやつだ。
だったら、俺だって炎上を立て直したPMとしての職務実績をつくって、こんなヤバそうなところから早くとんずらこきたい。
「はぁ……。ここで何とかやっていくしかないのか」
「そうよ。アナタはここでなんとかするしかないのよ。いい加減、現実を見なさい」
この間が悪いポンコツ魔王に言われると腹が立つが、もはや怒る気にもなれない。
「さっき、ブロンズ級って言っていたけど、つまり、他にもいるってことなんだよな」
「ええ。前に勇者は星の屑ほどいるって言ったわね」
星の数だよな、と思いつつ、情報は多いに越したことはない。
少なくとも、この世界の理をまだほとんど知らないのだから。
「どういうことか、教えてくれ」
「いい?よく聞きなさい。人間界の勇者にはランクがあるの。身分の証明として首元にプレートをつけているから、よく見たらわかるはずよ」
たしかに、勇者ローランもブロンズ色のプレートをつけていた。
ローゼリアの話を聞くところによると、この世界の勇者にはどうやら格付けがあるらしい。
ランクは全部で6つ。
ブロンズ級、シルバー級、ゴールド級、プラチナ級、ミスリル級、クリスタル級とのこと。
言ってしまえば、ソシャゲのカードのレアリティみたいなものだ。
上にいくほど実力が高く、人数は少なくなっていくピラミッド構造。
これも運営側、つまり冒険者ギルドのようなものの都合なのだろう。
明確に区別することで、下位から上位への上昇を促す。
いつどこの世界にいってもそれは変わらない。競争の原理だ。
魔王側も人間側もやっていることは同じだ。
「さっき来ていたのはブロンズ級ね。どこにでもいるような野生の勇者よ」
勇者が野生にいてたまるか。
「勇者にランクがあるのはわかった。来るのって、何か事前にわかったりしないのか。今回はブロンズ級って言っていたけど、より強いランクの勇者が来たらここもタダじゃすまないんだろう?」
「そうね、前に話した”ゲート”は覚えてるかしら」
「あぁ、たしか魔界と人間界をつなぐ門みたいなやつだったか」
「ご名答。”ゲート”は定期的に開くと言われているけれど、詳しい時期まではわからないの。それに不安定だから、たまにああいった輩が戦果を挙げようと迷い込んでくるわけ」
「なるほどな。でもそこまでわかってるんだったら、事前に何かそれを検知できるものを仕掛けておけばいいんじゃないか」
「ふふ。こんなこともあろうかと、もう対策済みよ。私は魔王だもの」
おお、意外と頼りになるじゃないか。
ちょっとおバカな小娘に見えるけれど、そのあたりはやはり魔王なのか。
「このダンジョンには『防犯めだま』をつけてるのよ」
「防犯めだま? なんだそのふざけた名前は。というか、侵入されてるんだから、まるで防犯にはなってないだろ」
少し期待した自分にがっかりした。
「う、うるさいわね。ほら、あそこにいる天井にくっついているモンスターよ。このダンジョンにも何匹かいて、それぞれ連携しあって映像を録っているの」
防犯めだまと呼ばれるモンスターは、目玉の上部から根っこが生えており、天井からぶら下がっている。ゲームの世界でこんなかたちのキャラを見たことがある気がするが、本当にいたのか。でも、少し違うのはなぜかまつ毛が長い。こっちが眺めていると視線に気づいたのか目が合い、ウインクしてくれた。ちょっとチャーミングなやつだ。
「よくわからんが、こっちの世界でいう監視カメラ的なやつだな。映像が見返せるんだったら今回、どこから侵入されたかわかる方が今後の役に立つんじゃないか」
「それもそうね。たまにはいいことをいうのね」
「俺はいつもいいことしか言ってないつもりだけどな。まあ観てみよう」
「ええ、じゃあ、防犯めだま映像をお願い」
防犯めだまは、ぱちりと瞼を閉じた後、まるでプロジェクターのように映像を壁に投影する。映像は少し粗いが、何が起きているかは十分理解できそうだ。
まあ、期待せずに映像を見るかと思いつつ。
「お、さっきの勇者が来たぞ。正面入口から堂々と入ってきてるな」
「あら、入口は結界で塞いでいたはずだったのに」
「ったく。どんだけガバガバなセキュリティなんだよ。奥に入っていくぞ。あのギラギラしている床はなんだ?」
「あれはマグマ床よ。あの上を通ると、ダメージを受けるの」
RPGの火山とかのダンジョンで出てくるダメージ床トラップか。実在するんだな。
「勇者が通るぞ。ん? 全然ダメージ受けてるようには見えないんだけど」
「あれは……前に発注した古い方のマグマ床ね。作成する時に発動条件を一桁まちがえて、体重500キロ以上じゃないと罠が発動しないの」
500キロの人間がいてたまるか。
「つまり……あれは、ただの赤くギラギラしている床ってことだな」
「ええ、残念ながら、ただの赤くギラギラしている床よ」
「意味ないな」
「……意味ないわね」
二人の間に沈黙が流れる。
「仕方ない。続きを見ていくか。お、勇者が宝箱の部屋に来たな。でもなんで宝箱の前がガラ空きなんだ」
というのも、宝箱を餌に勇者を弱らせることが目的なのであれば、配置は次のようにすべきだ。
罠
宝罠 ←入口
罠
それなのに、
罠罠罠罠罠罠
宝 ←入口
罠罠罠罠罠罠
になっている。宝箱までスイスイまっしぐら。
むしろ、おいでやす宝箱状態。もってけドロボー。
「ぜんぜん目的達成できてねーじゃねーか!」
あまりにもダメダメすぎて頭が痛い。
「発注ミスというのは百歩譲ってわかるけどさ、あんな配置じゃ罠の目的を見失ってるじゃねーか。あそこで獲物を待ち構えて、一生発動せずにその生涯を終える罠に謝れよ!」
「……ごめんなさい」
「本当に謝ってどうする。はぁ……ため息しか出てこない。映像はもういい。これ以上見ても、ツッコミしか起きないだろうしな。というか、そもそもの目的がきちんと、つくってるやつらに伝わってないんじゃないか。現場はダンジョンを作る目的は伝わってるのか」
「トーゼンでしょ。目的はこのダンジョンを完成させることよ」
「違う、勇者を倒すことだろうが」
「えっ!?」
「ええっ?」
驚いたローゼリアは目を丸くする。
「もう一度、ちゃんと現場とコミュニケーションをとった方が良さそうだな。他のメンバーはいるのか」
「ええ、三人ともそれぞれ現場で仕事をしているわ」
「わかった。そいつらを集めてくれ。一度話しをしておきたい」
「待って。その薄汚い格好じゃ示しがつかないわ」
ローゼリアが指先に力を込めると、八方から迫る炎が瞬く間に俺を包み込む。
「うお、なにをする!?」
まるで繭の糸のように、炎の一糸が身体にぐるぐると巻き付いていく。
かと思うと、その繭は灰のようになりパラパラと崩れ落ちていった。
すると、まるで悪魔の貴族を思わせるような漆黒のロングコートと、スーツパンツ姿へと転身した。
なぜだか、使いどころのわからないステッキのようなものも持たされている。
「ふふ。これで、どこからどう見ても、もう上級の魔族にしか見えないわね。さぁ、行きましょう」