1話 魔界のプロジェクトは大炎上!
マグマから発せられる地熱で、少しの先も見えないほど曇った蒸気が喉を灼く。
せっせとダンジョンを掘り続けるのは、何人もの幼き少女たち。
首に巻いたタオルは汗と泥が染み込み、黒ずんでいる。
薄汚れた岩壁には「ダンジョンリリースまで、あと90日」という煤まみれの紙が貼られている。
仄暗い灯が照らす狭い洞窟の中の一室で、美少女が机の前で頭を抱えていた。
耳の少し上で結ばれた肩の長さほどの赤髪ツインテールは幼さを強調している一方、黒のレオタードが豊満なボディラインを強調している。
谷間部分がレース状になっており、汗で肌にぴったりと貼りつき、机の上に乗っている。
鼠径部から露わになっている太ももは、膝上のニーハイソックスの上で柔らかな肉がたゆんと溢れている。
整った少女の外見とは裏腹に、机の上には散らかった書類の数々。
どうやら、事態は只事ではないことを物語っている。
「企画書_コピー_コピー_最新版」と印字された最新バージョンと思わしき設計図。
まるで、最高レア度のガチャ並みの確率でしか動作しないトラップの不具合報告書。
魔界労働基準監督署からの、魔界36協定違反疑いの通知書。
そして、開発担当部門モンスター娘からの退職届。
「次から次へと困ったわね……」
書類の山のどれから手をつけようかと迷っていると、ドタドタという足音が近づいてくる。
「魔王様! 最新版の仕様書に決定事項の記載漏れが発覚して、プランナーとエンジニアが揉めています!」
「魔王様、会議後に発注するはずだったトラップ資材がまだ届いていません」
「魔王様! マネージャーがメンタルダウンして、休職希望が出ています」
魔王の少女に意見を求めて、次々と押し寄せてくるモンスター娘たち。
人差し指で落ち着きなく机をトントンと叩いたところで、少女はふぅ、と大きなため息を吐き出す。
そうね、と言いかけたところで、ジリジリジリと、けたたましい魔導通信のベルが鳴り響く。
「はい、もしもし! ちょっと取り込んでるので、また後」
「ローゼリアよ。ダンジョン開発の首尾はどうだ?」
「はっ……! その声は大魔王ハーラス・メメント様」
大魔王の名を口にすると、これまで騒がしくしていたモンスター娘たちも目を見合わせて急に口元を結んだ。地の底から這い出る声は低く、そしておぞましい。
「その慌てぶりは何だ? ダンジョンは本当にあと1ヶ月でリリースできるのか? 勇者の侵攻は差し迫っておるぞ?」
「1ヶ月後……!? 以前にお聞きしたときにはあと3ヶ月と聞いてましたが」
「ん? あぁ、どうやら”ゲート”が開くタイミングが早まったようなのだ。前回の定例で言ってなかったか」
急なスケジュールの変更に、頭の中が白くなる。
「……初耳です。追加の人員や予算については可能なのでしょうか」
「それは、無理な申し出だ」
「無理だ、と言いますと?」
「どこのダンジョンもギリギリの中でやっておる。おぬしだけ特別扱いはできぬ」
「つまり、人も時間もない中で、スケジュールだけ早まると。せめて、もう少し早めにおっしゃってもらえれば……」
大魔王は、はぁ、と声を交えながら深くため息をつくと、勢いよく言葉を吐き出す。
「果たして勇者が待ってくれると思っているのか? どうなんだ? おぬしは気概が足りてないんじゃないのか? まったく。これだから最近の若い魔王は。口を動かすばかりでなく、わかったらさっさと早く手を動かさんか」
通信ごしでも耳をつんざくような容赦のない詰め。
資源も納期も短いのは誰のせいで、と喉元まで言葉が出かかるが、それを呑み込む。
ここで上司を敵に回すのは得策ではないからだ。
「わかっているな。このプロジェクトに失敗すれば、おぬしは降格。魔王職は解任じゃ。その魔王の証たる『指輪』も返してもらおう。だがしかし、また作業員として重労働に与したい、というのはそれも一興。では、期待しているぞ。”焔魔王”ローゼリアよ」
有無も言わさず一方的にぶつり、と切れた受話器を台に戻すと、もう片方の手でぐしゃりと書類を握りつぶす。
ローゼリアは自分の人差し指にはめた、魔王の証たる真紅に燃えるルビー色の指輪にちらりと目をやる。
「なんでこっちが悪者みたいになってるのよ……。こっちだってギリギリでやっているのに、追加予算もないなんて」
苛立ちが募るなか、追い打ちをかけるように部下のリザードマン娘が進言する。
「ロゼちゃん、じゃなかった。ローゼリア様。お取り込み中、申し訳ありません」
「リザ、どうしたっていうの?」
リザは気まずそうに、目線を落としつつも、申し訳なさそうにローゼリアを見つめる。
「先ほどスケジュールを再確認したところ、工程に漏れがありました。このままだと、追加でさらに20日必要です」
「20日!? ただでさえもう時間がないのに、さらに20日なんて待てるわけないじゃない……どうにかできないの」
「大変申し訳ないのですが、このままではどうにも」
赤髪の少女は無言のまま小刻みに、わなわなと震えると、大きく息を吸い込んで。
「ああ、もう! どうしていつまで経ってもダンジョンが完成しないのよーーー!!」
少女の渇いた叫びが、洞窟の中でやまびこする。
もうどうにでもなれ、と机の書類をバサリと中に舞いあげる。
そうかと思えば、当人は地面にごろんごろんと転がり、わんわんと泣き言を漏らし始める。
「もう無理よ無理無理。なんで私ばっかりこんな目に遭うのよ、やだやだ、や~だ~~!! 早くおうちに帰りたい~~~ ばぶばぶ! おぎゃああ!!」
追いつめられた影響か、もはや、すべてがどうでも良くなり幼児退行した。
「どうにかがんばってみるので、もうちょっと待っててください!」
慌てふためいたリザは、幼児退行したロリをどうにか鎮めようと言葉をかける。
「どうにかってどうするつもりなの?」
「……それはなる早で考えてみます」
「やっぱり無理じゃないーーーーっ!!」
ごろんごろんと、身体中が砂まみれになるまで、転げ回る。
「あのローゼリア様、こんな状況でとても申し上げにくいのですが」
今度は、申し訳無さそうな顔をしたスライム娘が、寝転がった魔王に白い封筒を差し出す。
「あなた、退職願ってどういうこと?」
予想していなかった出来事に目が点になる。我に返ったローゼリアは無言で起き上がって体についた砂を払った。
「申し訳ありません。なんとか完成までご一緒したかったのですが、これ以上は無理です。その。最近、残業続きで眠れない日が多くて」
「そう……大変だったわね。これまでよくがんばってくれたわね」
スライム娘は無言で一礼すると、小走りで部屋を出ていった。
別のゴブリン娘が会話の区切りを見計らって、気まずそうに話しかける。
「あの、ローゼリア様、取り込み中にすみません。いまお時間よろしいでしょうか」
「ええ、どうしたの?」
「実は一身上の都合で、退職させていただきたいです」
ローゼリアは言葉を失って、ゴブリン娘の方を見やる。
「聞こえてしまったのですが、スケジュールが短くなるみたいですね。ただ、私にはこのはたらき方はもう無理です」
繰り上げられたスケジュール。ただし、そこに追加のリソースはゼロ。
捧げられるのは各自の労働時間だけ。
大魔王の発した一言は開発人員の士気を大きく下げた。
ダンジョンを掘るツルハシの音がひとつ、またひとつと止んでいく。
やがて、その日のうちに大半のダンジョン開発人員ーーモンスター娘たちが職場を去った。
「ロゼちゃん、みんないなくなっちゃったね」
「ローゼリア様よ。様をつけなさい!」
慕う部下は去っていったが、面子のために敬称だけでも取り繕おうとする。
思うように物事がいかないローゼリアは、八つ当たりでダンジョンの壁面を蹴り飛ばす。
「あっ!そこの場所はまだダメで」
作成中という注意の紙が貼られた壁から、マグマがブシャァァァァァ!と魔王のお尻を目掛けて噴き出す。
「あっつーー! ここもできてないままじゃないのよーーっ!!」
火傷したお尻を押さえて、涙を浮かべる。
「もうこうなったら、あの召喚魔法をやるしかないわ!!」」
「でもあれは禁忌の魔法なんじゃ」
「いいのよ、もうここまで来たら怖いものなんかないわ!」
少女は地面に魔法陣を描くと、詠唱を始めた。赤いツインテールが魔力の放出とともに、バタバタとたなびく。
「大いなる叡知を司る魂よ。焔魔王ローゼリアの名において命ずる。異界より出て我にその力を与えよ」
魔法陣から鮮烈な金色の光が発せられ、視界が閃光で包み込まれる。
瞼を開けると、もくもくと煙とともに人影が見える。
「はぁはぁ。やったわ! これで召喚成功ね。さあ、異世界の賢者よ。私たちに導きを」
「ロゼちゃん、すごい!」
煙がだんだんと捌けると、咳払いと共に声が聞こえる。
「げほっ、げほっ。なんなんだここは?」
これが魔王と、賢者の出会いだった。
ダンジョンって天然にできたわけではないんですよね。そこにはモンスター娘の血と汗と涙が……!!
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