スシバーモノノアワレ
イギリスでカツカレーといえば日式のカレーのことを指す。
その範囲は広く自由でイギリス紳士の懐の深さを思い知らされる。
カレーうどんがカツカレーと呼ばれているのはまだましな方で、スパイシーでトロトロだったら、それすなわちカツカレーなのだ。
あんまり日本人もよそ様のこと言えないので、これは納得するしかない。
何がジェントルマンの琴線に触れたのかわからないのだが、これが近頃すごい人気なのだ。
良いことだと思うが、新興勢力に割を食ってしまう旧来勢力というものは、いつの世も存在する。
わしの店「スシバーモノノアワレ」も割を食っていた。
昔は良かった。
イギリス人の味覚は「甘い」「辛い」「しかたない」の3つしかない、とか言われるが、実は結構おいしいものも多い。
中でもフィッシュ&チップスが名物なだけあって魚介類の品質はいい。おそらく流通がしっかりしているのだろう。
本格的な寿司も出せると気付いたわしは一番乗りではなかったものの、早い段階でこのスシバーモノノアワレを開店した。
当時、スシバーは寡占状態だった。
ぼったくりで訴えられそうな価格設定でも、飛ぶように売れた。
売れたのだ。
儲かるとわかれば、雨後の筍のようにスシバーが生えてきた。
売り上げが半分になっても十分やっていけるくらい。
やっていけたのだ。
だが今回はちょっとまずい。
さらに半分、損益分岐点を割る。
本当に困った。
「で、この新メニュー会議っすか」
「そう、私たちはしんしに寄り添っていなかった」
(あ、これ真摯と紳士にかけてたんだけど、多分気付いてもらえなかった。)
「そっすね。こっちは巻物メインっすもんね。握りは主流じゃないっすからね」
そうスシバーモノノアワレは握りをメインとした本格派なのだ。
「巻物だったら定番のカルフォルニアロールとか?」
「いや、今さらだろう。もっと何か新しいことを……」
「そういうのが首絞めてるんじゃないっすか?何か案はあるんすか」
ちょっとこのアルバイト君、偉そうじゃない?
結構な時給払ってるよ、わし。
「うーん、やっぱりイギリスの伝統によりそったようなもので、それでいて新しく、かつ利益率が高いような……」
「金っすか、守銭奴じゃないっすか」
「いや、金は後に回そう。イギリスの伝統料理、この線でいこう」
「俺がこっちに留学来てから食べた伝統料理って、やっぱフィッシュ&チップスくらいっすよ。あ、あとうなぎのゼリー寄せ。あれ、やります?」
「うなぎはかば焼きがいいかな」
「っすよね。……じゃあ、お茶の時間に出てくるあれ、どうすか?」
「それだ!」
薄ければ薄いほど上品だという。
だったら細巻きに仕立てて、サワークリームはワサビに……
早速試作品を作ってみよう。
(……作ってる最中に気づいちゃったんだけどコレ)
「かっぱ巻きっすね」