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余命半年と勘違いした令嬢、もうすぐ死ぬんなら!と奥手な婚約者を押し倒そうとした。

 



「あの子がまさか……」

「しかし、医師がそうだと言うんだ」

「あんなに元気なのに……半年後には死んでしまうなんて」


 ――――え?


 婚約者であるエルネスト様とのデートに向かっている途中だった。

 お父様の執務室の前をルンルンと通り過ぎようとしていたところで、両親の話し声が漏れ聞こえた。二人とも鼻声で、お母様なんて泣いているっぽい。


 半年後には死ぬって、誰が?

 この家には健康な人しかいないし、親族の誰かだろうかと思っていたら、お母様が「あの子はまだ一九歳なのよ!? 結婚もまだなのにっ……」という泣き叫ぶ声が廊下に響き渡った。

 この家に一九歳で未婚なんて、私しかいないじゃないの。どういうこと?


「アンナ、声を落とすんだ! リリアーナに聞かれたらどうする」


 お父様、しっかりと聞いてしまいましたよ、なんて気軽に言えないほどにヘビーな内容だった。

 それから二人の会話をぼーっと聞いていたものの、エルネスト様との待ち合わせに遅れてしまうと気付いて、慌てて家を出た。


 馬車の中で両親の会話を思い出しては、悶々と考え込む。いったい何の病気なんだろうか。

 先月、喉風邪を引いて医師の診察を受けた。ついでにと健康診断もどうかと言われて風邪が治ってから受けていたのだけど、その結果に何か書いてあったようだった。

 半年後って年明け頃ってことなのよね?


 お母様が嘆いていたように、私はまだ結婚していない。早い子だと一六歳には既に結婚していたりするのに。いまだにプロポーズをしてもらっていない。

 エルネスト様とは仲はいい。そもそも婚約者だし、毎週のようにデートもしている。だけどそれだけ。キスも何もなし。手を繋いだのさえ数回だけ。

 エルネスト様は騎士だから高潔なんだと思うことにしているものの、流石に奥手すぎるんじゃなんじゃないかなんて友人たちに言われている。実は私もそう思っている。




 悶々とした気分のまま城下町の広場に到着した。エルネスト様とはこの広場の噴水近くで待ち合わせをしている。この広場には馬車を置くスペースが沢山用意されているので、恋人たちが待ち合わせをする定番の場所となっている。

 もちろんそれ以外にも、この広場を利用する人は多い。散歩や出店での買いもの、友人たちとの待ち合わせなど、さまざまな目的で訪れている人で溢れている。

 

 馬車から下りて、約束の場所へと向かう。

 白いハイドランジアの花束を抱えたエルネスト様が、噴水の側に立っていた。

 サイドを刈り上げたサラサラな金色の髪を横に流して見た目は爽やかだけど、待ち合わせの際に遠くから見ていると、氷のように冷たい『近寄るなオーラ』が出ているのがよく分かる。

 気軽に話しかけてはいけないような、話しかけても睥睨されてしまうような雰囲気なのだ。


 エルネスト様は、人当たりがいい。それは騎士様をしているからというのもあるのだろうが、たぶん元来からの人の良さ、みたいなものを感じる。

 そのせいなのか、こういった恋人たちの待ち合わせ場所でも、積極的な女性に声をかけられてしまうことが多かった。そして、いつのころからかエルネスト様は氷のような『近寄るなオーラ』を出すようになっていた。

 でも、私を見つけた瞬間にエメラルドグリーンの瞳を柔らかく細め、春が訪れたような微笑みで迎えてくれる。

 こういうとき、私って愛されているんだなぁと実感する。


「今日は植物園に行くと約束していたのに、つい花束を持ってきてしまったよ」

「ありがとうございます」


 ハイドランジアを受け取りゆっくりと息を吸い込む。胸いっぱいにハイドランジア特有の瑞々しさと愛が広がっていく。手荷物になるからと言われて馬車に預けていたら、エルネスト様がそっと頭を撫でてくれた。


「なくなりはしないから、そんな悲しい顔をしないでくれ」

「っ、はい!」


 さっき聞いてしまった言葉で頭の中がどんよりとしていた。それが表情に出ていたらしい。

 エルネスト様に心配かけてはいけないと、急いで笑顔を貼り付けた。


 植物園を見て回り、カフェに立ち寄った。いつもならここでスイーツを四個頼んでエルネスト様と分けっこするのだけど、今日は食べられそうにない。


「えっ、一個で良いのかい?」


 いつも全部ぺろりと食べるのに、どうしたんだいと聞かれて、いや分けっこしてるしと答えると、エルネスト様がクスクスと笑いながら、ごめんねと謝ってくれた。たとえエルネスト様がそれぞれ一口くらいしか食べてなくても分けっこしているのだ。全部は食べてない。

 あまり食欲はなかったけど、心配させてはいけないと食べたレモンパイは物凄く美味しかった。


「さて、そろそろ帰ろうか?」

「っ…………!」


 気がついたら、いつもならもう帰る時間。

 騎士団でお仕事が忙しいエルネスト様のお時間を無駄にしたくないからと、いつも三時過ぎには家に帰りたいと数年前から言い続けていたので、最近は何も言わなくてもそのくらいが解散の時間になっていた。

 でも……今日は…………まだ一緒にいたい。


「あのっ――――」


 エルネスト様にまだ一緒にいたいと言ったら、天を仰ぎ見て顔面を両手で押さえていた。そして、何ごともなかったかのように、いつもの笑顔でもちろんだよ、どこか行きたい場所はあるかい? と聞かれた。

 行くのなら、人がいない場所がいい。


 郊外にある湖に行きたいと言うと、あそこはあまり日陰がないからこの時期は暑いけどいいのかと聞かれた。だからこそ湖がいいのだ。人がいないから。

 湖の周りには数本だけ大木が生えているので、そこの木陰で二人きりになりたいと言うと、エルネスト様がまた天を仰いでいた。なぜに?




 そんなこんなで湖に到着し、馬車に積んであるピクニックセットからブランケットを取り出した。

 途中で買った飲み物や焼き菓子も持ち、木陰に移動する。各々の従者たちには離れているよう言い含めておいた。こういった開けた場所は、そこまでしっかりと監視はされないだろうと踏んで。


「リリアーナ、今日はずっと元気がなかったが、何かあったのかい?」


 エルネスト様と並んで座った瞬間に、首を傾げつつ顔を覗き込まれた。眉をへにょんと下げ、本当に心配そうな顔で。

 あと半年で、こんなにも優しくて大好きなエルネスト様とお別れしなければならないのかと思うと、心臓が潰れそうなほど痛い。

 大好きも、愛してますもまだちゃんと伝えていない。唇を重ねるキスなんて夢の夢で、恋人みたいに指を絡めて手を繋いだのは数回。それも一瞬だけ。


「……キスしてください」


 だから、つい言ってしまった。

 なのにエルネスト様は困ったように微笑んで、誰から何か吹き込まれたのかと聞いてきた。それだけならまだ良かった。


「こんなところで大切な唇は奪わないよ。初めては、結婚式で誓いのキスにしようと約束しただろう?」


 そこで私の感情が爆発してしまった。


 確かに約束した。夢見がちだった、とっても幼いころに。

 私にはもう時間がないのに、いつ挙げるのか分からない結婚式での誓いのキスなんて待っていられない。


「嫌です! いましたいんです!」

「今日のリリアーナは、わがままな子どもみたいだね。そんなリリアーナも可愛くて好きだよ」


 仕方なさそうに笑いながらしてもらったキスは、おでこへ触れるだけのもの。


「リリアーナ、ちゃんと考えてね。一時的な感情で後から後悔するかもしれないよ?」


 愛されて大切にされているのは分かるものの、いつまでも幼い子どものように扱われていて、モヤモヤが堪えられなくなった。

 もう時間がないのに。お互いに結婚していい年齢なのに。エルネスト様が奥手すぎるせいでこんなことになっているのに!


 両肩に置かれていたエルネスト様の手を、乱暴に振り払った。エルネスト様の目が見開かれ、エメラルドグリーンの瞳が困惑していることに気付いたけど、見なかったことにする。

 エルネスト様の胸をドンと力いっぱい押して、ブランケットに押し倒す。間髪入れずにシュバッと動いて、仰向けで倒れているエルネスト様の腹部に馬乗りになり、胸ぐらを掴んだ。

 本当はロマンチックなキスをしたかった。だけどエルネスト様の城壁がごとき節度は崩せそうもない。

 それなら奪ってしまえばいいのだ。


「――――リリ、駄目だよ」


 エルネスト様の優しい声と、少しだけ悲しそうな顔で、ちょこっとだけ現実に引き戻されてしまった。


 ………………あ、え……ここからどうしたらいいんだっけ? キキキキキスって、していいのよね? だってみんなこっそりしてるって言ってたし。唇をチョンッて触れさせたらいいの? あれっ? 唇って、アヒルみたいに尖らせた方がいいの? でもなんだかマヌケよね? あっ、押し倒したんだから、とりあえず服脱がせないとよね? 


 頭の中が完全にパニックだ。

 それでも押し倒したからには……と、エルネスト様のシャツのボタンをプチプチと外したら、思いのほか逞しい胸筋が出てきて、顔から火が出そうになった。


「ふ、ぁ…………」


 全身に巡っている血液が沸騰しているんじゃ? というくらいに体が熱い。息が苦しい。え、もしかしてもう死んじゃうの?


「リリ、聞いてる? 駄目だよ?」

「っ、止めないでよ!」


 感情の昂りが限界に達した。

 喉がギュッと締まって、声が出ない。代わりに涙がボタボタと落ち続け、エルネスト様の胸を濡らしていく。

 エルネスト様の仕方のない子だというような表情にモヤモヤする。

 いつだってそうだ。エルネスト様は私を幼い子どもとしか見ていないのだ。


「だって、あと半年しかないんだもん! エルネスト様のばかぁぁぁぁ!」


 気付けば、爆発した感情に任せて沢山の文句を言ってしまっていた。

 エルネスト様がスンとした顔になったのを見て、やらかしてしまったと気付いたが、手遅れそうだった。


「…………リリ、とりあえずソコから下りて」

「キスは?」

「今は我慢して!」

「…………はひ」


 思ったよりも真剣な声で怒られてしまった。

 

 のそのそと動いてエルネスト様の上から退くと、エルネスト様にスカートの裾をササッと整えられた。

 そして、あれよあれという間にエルネスト様の膝の間に座らされ、後ろ向きでギチギチに抱きしめられてしまった。

 木陰とはいえ、ちょっと暑い。

 

「リリ……君がこんなことをするなんて。いったい誰に何を吹き込まれた」


 エルネスト様の声が妙に剣呑で、ヤバい空気が流れている気がした。正直に話しなさいと言われて、流石にもう誤魔化せないかと諦めた。

 

 お腹の前で組まれているエルネスト様の手をタップして緩めてもらい、くるりと体を反転させた。

 エルネスト様のエメラルドグリーンの瞳をジッと見つめ、意を決して伝える。


 両親が話していた内容が、いつまでたっても手を出してもらえない不安を増強させた。あと半年しかないのに、と。


「本当に? ちゃんとご両親に聞いた?」

「……まだ、です」

「ハァ」


 エルネスト様の大きなため息に体がビクリと震えてしまった。そんな私を見て、エルネスト様が怖がらせるつもりはなかったと謝ってくれた。


「リリ、すべてを奪っていいなら、今すぐにでも連れ去るよ? でも、それで得られるのは君の悲しむ顔だけだ」


 エルネスト様の真剣な表情に、さっきとは違う苦しさが胸を襲った。

 両頬を包まれ、鼻の頭にキスをされた。


「ちゃんとご両親に話を聞こう? それからでも遅くないはずだ」

「…………はい」

「うん。怖かったよね、ちゃんと話してくれてありがとう、リリ。私は、リリを心から愛しているんだよ。それだけは忘れないでいて」

「っ、ごめんなさい」


 エルネスト様に謝ると、困ったように笑って、違う言葉がほしいと言われた。


「愛してる、の返事は?」

「っ……! わわわわわわたっ、わたひも、愛してまひゅ」

「ふふっ。ん、ありがとう」

 

 甘い微笑みからの、頬へのキス。しかも唇に触れないギリギリの場所。脳みそが茹で上がるかと思った。

 エルネスト様は、これくらいで照れて本当に可愛い、と言いつつ私を強く抱きしめて、何度も何度も頬にキスをしてくれた。 

 結婚したら覚悟しておいてね、という言葉とともに。


 あれ? これ、もしかしてかなり愛されてない?

 奥手というより……ガッツリ我慢していた系?

 もしや、むっつり派!?




 エルネスト様に抱きしめられながら、馬車に乗り込み、我が家へ緊急帰宅。

 両親に漏れ聞こえたことを伝えると、泣きながら抱きしめられて、やはり本当なのかと落胆した。

 少し厳しい表情のエルネスト様が、両親に医師について聞きたい、診断結果も見せてほしいと、頼み込んでいた。


 サロンに移動して両親から話を聞きつつ、エルネスト様が書類を確認して、難しい顔をしていた。


「やっぱり、あと半年……」

「いや。何かが可怪しいんだ」


 エルネスト様が、診断書とは別に緩和ケアの契約書も入っていると見せてくれた。そこには、苦しさを紛らわせることの出来る薬があり、それを定期購入すると、自宅でゆっくり過ごせるのだとか。

 まぁ、優しい気遣いね、なんて私たち家族は感動していたけど、エルネスト様は「詐欺だな」と断言していた。

 聞けば、ここ最近妙に重篤な病だと診断されている人が多いのだとか。しかも下位の貴族ばかりが。


「医者の名前が違うが、文字が似通っている。コンテスティ伯爵、リリアーナを我が家専属の医師に診せても?」

「そうだね、そういった可能性にすがりたい気持ちもある。頼んでもいいかい?」




 そうして、エルネスト様に侯爵家のお医者様を呼んでもらったのだけど、その日の内に『健康優良児』という診断をされてしまった。しかも、ちょっとお菓子を食べ過ぎだから、そこは注意しなさいというお小言付きで。


「リリ、出ておいで」

「無理っ」


 私は現在、ベッドの中に籠城中である。

 そりゃ、死なないことが分かったんだから、よかったんだけど。それとこれとは別というか、つい数時間前にやらかした黒歴史が鮮明に脳内に残っているのだ。恥ずかしすぎて、ベッドから出られる気がしない。


「リーリ、喜びを二人で分かち合いたいんだ、顔を見せて? 君が健康で本当によかった。それに、結婚式の話もしたいんだけど?」

「結婚式?」

「うん、リリを不安にさせてたからね。話を進めようかってさっき伯爵と相談してたんだよ?」

「っ、ほんと?」

「あぁ」


 現金な私は、エルネスト様のその言葉に、ベッドから飛び出してエルネスト様に抱きついた。


「あはは。うん、リリアーナはこれくらい元気じゃないとね」


 余命半年と勘違いして、婚約者を押し倒して黒歴史は作ったけど、結果は最高の一日になった。

 

「いつ? いつ結婚式!?」

「ん? すぐにでも」


 エルネスト様の言った『すぐにでも』が本気ですぐだったことは、このときのふわふわとした私はまだ知らない――――。




 ―― fin ――




閲覧ありがとうございます!

ブクマや評価などしていただけますと、作者の励みになりますです!!そして喜びまくって小躍りしますですヽ(=´▽`=)ノ


なんだかんだで、ちょっと長編化に手を出そうかな……←

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― 新着の感想 ―
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