美園の好きな人
フローライト第七十九話
「美園ちゃん、お久しぶり」
そう声をかけてくれたのは奏空のアイドルグループの一人の飯島晴翔だった。
「こんばんは」と美園は挨拶をした。家に奏空のグループのメンバーが来るのは珍しい。過去に一回か二回あったかなと言う程度だ。その頃は美園はまだ小学生だった。今は中学三年になった。
最近では、晴翔とは利成と一緒にテレビ局に行った時に会ったことがある。気さくな性格で利成がいても動じず、美園に声をかけてくれた。
(あー晴翔さんも素敵だな・・・)と美園は思った。
(でも利成さんには負けるかな・・・)
美園は家のリビングに集まったメンバーの顔を見た。キッチンでは奏空と咲良が何か言いながら料理や飲み物を運んでいた。
「私も手伝おうか?」と美園はキッチンに顔を出した。そこへ後ろから晴翔が来て「奏空、俺も手伝うよ」と言った。
結局他のメンバーの人たちも手伝ってくれて、大きめのテーブルには料理や飲みものが揃った。
「じゃあ、乾杯しよ」と晴翔がみんなを見回してから「あ、咲良さんも」とキッチンの方にいる咲良にも気を使っている。
咲良が「私はいいのに」と言いながらキッチンから出てきた。
「いや、咲良さんにはデビューの頃お世話になったじゃないですか」と晴翔が言う。他のメンバーも「そうだね」とうなずいていた。
お世話というのは、奏空のグループがデビュー当時に作ったMVに咲良が出演したことがあるのだ。そのことが縁で咲良は奏空と出会った。
「あ、美園ちゃんも」と晴翔が言う。
美園はジュースを持ち上げた。
「じゃあ、今年もツアーの成功を祝って乾杯!」と晴翔が言った。
奏空や他のメンバーも「乾杯!」と言ってグラスをかかげた。
お酒がすすむにつれて、咲良も打ち解けてメンバーと話していた。奏空はさっきからメンバーの一人の松野龍生と話し込んでいる。
美園はだんだん退屈になって欠伸をした。
「眠い?」とダイニングテーブルの椅子に座っていた美園の隣に晴翔が来た。
「いいえ・・・」と美園は笑顔を作った。
「美園ちゃん、受験生でしょ?勉強はいいの?」
「やだな、晴翔さんまで咲良みたいなこと言わないでよ」と美園は言った。
すると晴翔はきょとんとした顔をしてから「アハハ」と声をだして笑った。
「ごめんごめん、言われてるんだ?」
「うん、咲良が一番うるさい。奏空はまったく言わないけど」
「そうか、奏空はもうアイドルになる気だったから受験勉強しなかったって聞いたよ」
「そうでしょ?奏空ならあり得る」
「じゃあ、美園ちゃんもアイドルになる?」
「アイドルはならない。私アイドル顔じゃないでしょ?」
その言葉にまた晴翔が笑った。
「そんなことないよ。美園ちゃんもアイドル顔だよ。そもそもどういう顔がアイドル顔なの?」
「んー・・・何か、目がぱっちりして明るく清い感じかな?私は利成さんに似て、アイドルみたいな太陽じゃないんだ」
「天城さんに?そうか、美園ちゃんは天城さんが好きなんだよね?」
「うん、一番好き」
「そうか」と晴翔が笑顔になってから「天城さんはすごいからね」
「うん」と美園は答えた。それから「晴翔さんは恋人いるの?」と聞いた。メンバーの中で奏空しか結婚していない。でも他のメンバーにもそれぞれ彼女はいると聞いた。
「まあ、いると言えばいるけどね」と曖昧に晴翔が言う。
「なんだ、いるんだ」と美園は言った。
「なんだって?どういう意味?」
「うん、ちょっとがっかり。晴翔さんは利成さんの次に素敵だから」とシビアな表情で美園は言った。美園は男に対していちいち媚びるような笑顔を作るのが嫌いだった。
「ハハ・・・そう?」と晴翔が笑っているが、別段嬉しそうでもない。
「何二人で話してるの>」とそばに移動してきたのはメンバーの中で一番年上の相川黎斗だ。
「アイドルの顔について」と晴翔が答えている。
「アイドルの顔?」
「美園ちゃんが自分のことアイドル顔じゃないっていうから、そんなことないよって言ってたの」と晴翔が説明してる。
「そうなんだ。そうだね、美園ちゃんは可愛いよ」と黎斗が笑顔を作る。
「まあ、面と向かってあなたは可愛くないとは言わないよね」と美園が言うと、黎斗がきょとんとした顔をした後「アハハ、そうだね。何か美園ちゃんって天城さんに似てるね」と言った。
「そうですか?」と美園が聞くと「うん」と答える黎斗。
利成に似てるというのたまに言われる。顔も性格も確かに美園は利成に似てるのかもしれない。
(まあ、親子だしね)と一人心の中で美園は思う。
奏空が本当の父親じゃないと知った時は、特にショックを感じなかった。昔から奏空は父親というより、兄のような友達のような感覚が強かった。
「晴翔!」と奏空が晴翔を呼んでリビングのソファの方に行った。それと入れ違いのように松野龍生が美園のそばにきた。
「美園ちゃん、大きくなったね」と言われる。龍生は三十になったばかりで、メンバーの中では一番年下だった。
「身長、あまり伸びなかったよ」と美園は答えた。確かに身長は思ったより伸びなかった。
「そう?・・・ユーチューブは最近どう?アップしてるの?」
「してるよ」
「天城さんと?」
「うん、そう」
ユーチューブは相変わらず続けていた。ただ最近は利成はあまり前面に出てくれなく、美園がもっぱら表舞台に立ってやっている。
「あれはレベル高いよね」と今まで聞いていた黎斗が言った。
「そうだね、美園ちゃん格好いいし」と龍生が言う。
「見てくれてるの?」と美園は聞いた。
「うん、たまに見てるよ。色々天城さんのアレンジとかすごいなって思うし・・・」と黎斗が答えた。
「アレンジ、私だよ」とシビアにまた答える。曲は全部利成がやっていると思っている人が多いが、美園が作っている方がわりと多いのだ。
「えっ?ほんと?」と黎斗と龍生が驚いている。
「うん、ほんと。あ、もちろん利成さんから色々アドバイスはもらうけど」
「そうなんだ。すごいね」と二人は本気で感心している様子だ。
「美園、そろそろ部屋に戻りな」と咲良が来ていきなり言う。
「何で?」
「やることあるでしょ?」
「やることって?」
「明日も学校でしょ?宿題とかは?」
「やったよ」
「そう。じゃあ、もう寝なさい」
咲良の命令口調にカチンとくる。
「咲良こそ寝たら?」
そう言ったらそばにいた黎斗と龍生が少し驚いた表情をした。美園はどうしても言い方がきつくなってしまう。いや、自分ではそんなにキツイとも思っていないのだけど・・・。
「わかった。じゃあ、起きてれば?」と咲良も負けす劣らず言い方がきつい。
美園は黙ったまま咲良がリビングに戻って行くのを見た。その場がちょっと悪い雰囲気になって沈黙になってしまった。
(やれやれ・・・)と美園は咲良のことを思う。
咲良だけが”全体を見る”ということも知らないし、人のエネルギーも読めない。そうしておまけに”空気も読めない”のだから最悪だ。
(女優で売れなかったのもわかるな・・・)と美園は思う。
「美園、また何か言った?」とそこに奏空が登場する。黎斗と龍生はホッとしたような顔をしてリビングに戻っていった。
「何のこと?」
「咲良にだよ」
「あー寝れっていうから咲良こそ寝たらって言っただけだよ」
「そういう言い方、もう少し咲良には柔らかく言ってあげてよ」と奏空は咲良の味方だ。
「柔らかく言ってるんだけどね」
「そう?ならいいけど」とチラッと顔を見られる。奏空は何もかもお見通しで奏空に対しては嘘をつけない。ただ弱点としては、争っているときの空気感や、ひねくれた雰囲気が苦手で、窒息しそうなくらい苦しくなるらしい。
(それでよく芸能界にいれるな)と美園は思う。
「ねえ、晴翔さんの彼女ってどんな人?」と美園は話題を変えた。
「晴翔?さあ?」
「知らないの?」
「知らないよ」
「えー何十年も一緒にやってるのに?」
「何十年やってようと、プライベートはよく知らないよ」
「ふうん・・・じゃあ、本人に聞こう」と立ち上がったら奏空に腕をつかまれる。
「それ聞いてどうするの?」
「え?だって私、晴翔さんが好きだから」
「好きだから?」
「彼女がいないとか、もしくは別れそうだとか何かあるならつきあってもらおうかなって・・・」
「やめて、そういうの」
「何で?」
「またややこしくなる」
「ならないよ」
「なるの!美園はよくわかってないかもしれないけど、男女関係はせっかく単純なことをややこしくする天才なの」
「・・・そうだね、昔、奏空まで陶酔した歌作ってたものね」
「・・・・・・」
「やだな、そんな顔しないでよ。大丈夫、今の咲良は奏空が好きだと思うよ」
「何でわかるのさ?」
「わかるでしょ?奏空だって相手の気持ち読めるでしょ?」
「読めません。俺の読めるのはエネルギー」
「それが心でしょ?」
「微妙に違うよ」
「そうなの?じゃあ、何で私はわかるのよ?」
「それは美園は俺と違うからだよ。心を読むのが得意なのは利成さんだからね」
「えーそうか。なるほど。これは利成さんの能力か・・・」
「能力ってほどじゃないよ。人の思考がパターンだからそれを利成さんは読んでるだけだよ」
「ふうん・・・そうか・・・でも、咲良は奏空が今は好きみたいだよ。もっと攻めでいきなよ」
「攻めとは?」
「夜の方」
「・・・・・・」
「あーあ、やっぱり寝るか」と美園は立ち上がった。ほんとに眠くなってきたのだ。
奏空がリビングに戻る後ろからついて行って、みんなに「おやすみなさい」と頭を下げた。
「おやすみー美園ちゃん」と真っ先に晴翔が答えてくれて少し嬉しい。
咲良が知らんふりでお酒を飲んでる姿が見えてちょっとカチンとくる。
「咲良、おやすみ」とわざと大声で言うと「おやすみ」と冷めた言い方で答えてきたのが憎らしいので美園は言った。
「あ、咲良。今日は奏空は攻めでいくって」
そう言ったら奏空がこっちを呆れ顔で見た。
「は?何のこと?」と咲良が奏空の方を見た。
「何でもないよ」と奏空が答える。
「咲良も最近少しお色気から遠のいてるから頑張って」としらっと言ってやると咲良が顔色を変えた。慌てて奏空が「美園、寝るんでしょ」と目配せしてきた。
美園はそのまま何も言わずにリビングを出た。何だか退屈だった。もう少しみんな面白く盛り上がってくれたらいいのに。
(はぁ~・・・)
何だか利成に会いたくなる。利成といるとこういう退屈な感じを感じないで済むのだ。
部屋に戻る前に洗面所に行って歯を磨いていたらトイレにでも行くのか晴翔が通った。
「あ、美園ちゃん。聞いたけどユーチューブのって美園ちゃんがほとんど曲作ってるんだって?」
晴翔が聞いてくる。
「うん、そうだよ」と歯を磨きながら美園は答えた。
「すごいね。俺もさっき聴いたよ」
「え?」と美園はコップを手に取り急いで口をゆすいだ。
「聴いてくれたの?」
「うん、すごく楽しそうな美園ちゃんが良かったよ」
「ありがとう」と嬉しくなって美園は笑顔になった。すると晴翔がハッとしたような顔をしてから微笑んだ。
「美園ちゃんもアイドルになれるよ。笑顔がすごく可愛いから」
面と向かってそう言われて美園は少し頬を赤らめた。
「うん、ありがと」と美園は答えた。
晴翔が親指をバシッと立ててからトイレの方へ行った。
(あーやばい・・・やっぱり晴翔さんは良いな・・・)と美園は思いつつ部屋に戻った。
「もう私、あの子育てるの無理!」と咲良は寝室に入ると奏空に言った。
「もう育ってるから育てる必要ないじゃない?」奏空が言うと咲良が「そういうことじゃない!」と余計に怒ってしまった。
中学生になってから美園がますます咲良をバカにするようになってしまった。奏空は気になっていたがどうしようもできない。美園は最初から利成側なのだ。奏空には手が出せない範囲でもあった。
「咲良、寝よ」と奏空は言った。何を言っても咲良と美園は水と油だ。けして交じり合えない。奏空にはそれがよくわかっていた。
ベッドに入ってくる咲良に口づけると、咲良は「攻めってどういうこと?」と聞いてきた。
「え、攻めっていうのは・・・何だろうね?」
「奏空が言ったんでしょ?」
「違うよ、美園が言ってきたの」
「ふうん・・・」と咲良が奏空に背を向けた。
奏空は咲良の背中を抱きしめながら「こっちむいてよ」と言った。
「何で?もう寝るんでしょ?」と咲良は素っ気ない。
「寝るけど、咲良の顔見て寝たいの」
そう言ったら咲良がこっちを向いた。
「奏空は変だね」と咲良が言う。
「どう変?」
「だって私なんかを好きだって言うから」
「それは咲良が変だよ。”私なんか”って言う方が変なんだよ」
「・・・・・・」
「咲良は素敵なんだから」
奏空がそういうと、咲良が少し布団の中に顔をうずめた。
「もう、年取っちゃって・・・太っちゃったし・・・」
「大丈夫、どんな咲良も俺は好きだから」
「・・・浮気してないの?」
咲良がいきなり突拍子もないことを言ってきたので奏空は少し驚いた。
「してないよ?何よ?急に」
今まで咲良がそういうことを聞いてきたことはなかった。
「だって・・・最近ないし・・・」
咲良がそう言ってさらに顔を布団の中にうずめた。
(何か今日の咲良、可愛いな)と奏空は思う。
「もしかしてセックスないから浮気してるって発想?」
「・・・そう・・・」
「わかった。じゃあ、今日はしよう」と奏空は咲良に口づけた。それから咲良の咲良のパジャマのボタンを外す・・・。
本当は今まで女の子に誘われたことは何回かあった。飲み会でそういう雰囲気になったこともあった。
「そんなに早くに結婚して、他の女知らないんだろ?」と先輩に言われて、他の女性とくっつけられそうになったりしたこともあった。
お酒を飲みすぎて意識がはっきりしなくてやばいことになりそうになったことも・・・。
だけど奏空は今世は咲良だけだと決めていた。これが自分の利成からの結界だ。そうすることで利成とは波動を合わせないようにしている。
(早くこのゲームを終わらせたいしね・・・)
そうなんだけど、最近咲良を好きすぎてダメだな・・・と思う時がある。
利成は実は咲良にいまだこだわっている。年齢もだいぶいったけれど、それはあくまでも時間軸に縛られた肉体での話だ。利成の本質はそこにない。
咲良が「あっ」と声を上げた。咲良の感じる部分はわかっているのでそこを攻めていく。ついでに咲良のエネルギーを整えておく。咲良は周りに影響を受けやすいのだ。本人はあまり気がついてないけれど・・・。
心は読めないけどエネルギーは読める。なので咲良の体調もおおよそわかった。
セックスが終ると咲良が抱き着いてきた。
(やっぱり最近可愛い・・・)
こんな風に甘えてくれるとたまらなくなる。奏空はまた愛しさがこみあげてきた。するとまた周りが真っ白になってきた。
(あーヤバイ・・・)
咲良の顔を見ていたいのに、またもや意識が飛んでいきそうになった。
グラウンディングが必要かな・・・。近頃疲れが溜まっている気がする。
(咲良、愛してるよ)と奏空は愛しさに身を任せたまま目を閉じた。




