邂逅③
「ノエルー?
先輩とシフトかわることになって、早く来れた。
鍵開けっぱ…。」
香太は言葉を切った。
目前には、廊下に座り込むノエルと、その服を脱がそうとしている女子高生がいた。
え、なに、誰⁉︎
え、俺まずいとこ来た⁉︎
「ご、ごめんなさい!」
香太は思わず、叫びながら玄関扉を閉じた。
しかし、少女も全く同じタイミングで「ごめんなさい!」と言っていたことに気づいた香太は、そろーっと扉を開けた。
すると、少女がこちらに慌てた様子で駆け寄って来る。
「あ、あの、違くて、その!
わ、私は通りすがりの…あ、いやそれより!
あの、あのひとのお友達ですか⁉︎
あのひと、体調が悪いみたいで…!」
「!」
香太は事情を察した。
ノエルのところまで歩いてゆき、慣れた様子で軽くノエルを抱き上げた。
少女は、ノエルが寝室に運ばれてゆくのを見送った。
おさげから、水滴が音もなく廊下に落ちた。
数分後、香太が寝室から出てきた。
少女はぱっと顔を上げた。
「あいつは寝たから、もう大丈夫だと思う。
えーと、多分、あいつを助けてくれたんだよね?
ありがとう。」
「あ、い、いえ、助けたってほどでは!
でも、あなたが来てくださってよかったです。
あのひとが道でうずくまってて、私じゃどうしたらいいかわからなかったので。」
「…そうか。大変だったね、ありがとう。
ごめんね、濡れちゃったよね。
タオルもっといる?」
「あ、大丈夫です!ありがとうございます。」
「早く家に帰った方がいいね、風邪ひいちゃう。
本当、ありがとうね。」
香太の言葉に少女は顔を青くした。
そうだ、出ていかなきゃ。早く。
もう終わり。
そりゃそうだ。私、この人たちに関われたような気になって。
なんかもっとお話しできるんじゃないかみたいな期待して。
いつもの馬鹿みたいな勘違いを、してた。
「…はい。」
明日は無理に笑顔を作って答えた。
その姿に香太は何か違和感を覚えた。
このまま放り出してはいけないような。
「…いや、待って。シャワー浴びていく?
外、まだ雨ひどいし、急いでなければ。
男ふたりいて、怖くなければ、なんだけど。」
香太はふっと笑って、少女に問いかけた。
「…は、はい!
もし、よろしければ!」
明日は、打って変わって明るく答えた。
「うん、早くあったまったほうがいい。
俺は香太。あいつとは幼なじみ。
俺たち紫高の卒業生なんだよ。」
「香太さん!
私は、浅葱です!浅葱明日です!
さっき、あのひとからも伺いました。先輩ですねっ。」
「うん。
浅葱さんね。よろしく。」
「こちらこそです!
いきなりお邪魔してシャワーまで…厚かましくてすみません。」
「いやいや、全部、いきなり倒れるあいつのせいだよ。」
明日はそんなことはない、と返そうとしたが、その言葉が香太なりの優しいジョークだと気づいて、思わず笑みがこぼれた。
優しい。
ここは、優しいなぁ。
香太は明日を脱衣所まで案内した。
「タオルはここね。あとドライヤーはここ。
ここ、かちゃんってすれば、内側から鍵かけられるから安心して。
で、これ、着替え。
あいつのスウェットだけど、一番新しいやつだから、もし嫌じゃなければ。」
「はい!
何から何まですみません…!
起きたらあのひとにも、ちゃんとお礼を言わないと。」
「はは、お礼を言うのはあいつの方だよ。
じゃ、俺はリビングにいるから。」
香太は笑うと、困り眉になって、涙袋がぷっくりする。
その優しい笑顔に、明日もつられて笑顔になってしまう。
リビングに去ってゆく香太を見送って、明日は脱衣所の扉をそっと閉めた。
鏡の中を自分を見つけて、自分の頬が緩んでいるのを見つけた。
びっくりだ。
ここ数日笑うなんて出来なかったのに。
それにこの状況にもびっくり!
普段なら絶対こんなことしない!
学校で男子とろくに喋りもしないのに!
少し向こうみずになってるのかな…。
でも、今は。
この瞬間だけでもいい。
あったかさとか優しさに甘えてみたい。
シャワーは明日の冷えた体を温かく流していった。
明日はちょっぴり泣きそうになったが、それは必死で踏ん張った。
「お風呂お借りしましたー。」
ノエルのジャージを着た明日が、廊下からそーっとリビングを覗き込んだ。
パソコンでレポート作成をしていた香太が、顔を上げて応じる。
「はーい。服、サイズ大丈夫だった?」
「はいっ。ありがとうございます。」
「制服は浴室乾燥にかけといたらいいかな。
ハンガーここにあるの使っていいから。」
「はい。
あ、あの。」
「ん?」
「本当に、ありがとうございます。
今、私、ちょっと家に帰りづらくて…
その、家出と言いますか…本当に助かりました。」
「…そっか。」
香太はうーんと考えるポーズをとってから言った。
「じゃあ晩御飯食べていく?
今日、俺がここで鍋作る予定なんだ。
よければ一緒にどう?」
「え、う、嬉しいです!
ありがとうございます…!
ぜひ!お願いします!
あ、おじゃまでなければ!」
「味は保証しないけどね。」
香太は微笑んで言った。
明日は心が踊るのを感じた。
なんだろう。わくわくする。
どうしてだろう。
あ、そうだ!
「香太さん、あの、傘をお借りしても大丈夫ですか?」
「もちろん。どこか予定あった?」
「公園に自分の荷物置いてきちゃって。
貴重品とか、それにすごく大切な本とか入ってるので、取りに行きたいんです。」
「わ、ごめん、それは取りに行かないと。
あいつを優先してくれてありがとね。
どこの公園?」
「あじさい公園です!」
「わかった。」
そういうと香太はすっと立ち上がり、明日の前を横切って玄関へ向かった。
「じゃ取ってくるね。」
「え!いや、申し訳ないです!
私行きます!」
「大丈夫。見ればわかるかな?」
「…えぇと、象の滑り台の下ですけど、でも。」
「了解!冷やさないようにしててね。」
扉がばたんと閉まった。
明日はその場に立ち尽くし、感動で思わず口を手で覆った。
や、優しすぎ…!
対応イケメンすぎ…!