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饒舌な負け犬

作者: 冬霜花

 「お前さあ、今何月なのか分かってるの?もう10月になるんだよ。それでこの成績じゃあ志望校には受からないよ。夏だって講習も欠席してばかり、どうすんの。」


 「いや、先生。確かに模試の成績は伸びていませんが、勉強のやる気はあるんです。夏はたまたま校舎に足が向かなくて来れなかっただけで、勉強がしたくないわけじゃないんです。」


 「たまたまって言ったって、ここ数日だって授業にも出ていないし校舎に来て自習してるわけでもないじゃん。無理だって。」


 「………………。」


 返す言葉が見当たらない。正直自分でも分かっている。わざわざ人に言われなくても自分は口だけで結局はダラダラしているって。

 昔からこんなだったわけじゃない。小中じゃ僕より成績がいいやつなんていなかった。テストでは毎度学年一位だったし、高校受験でも失敗はしなかった。第一志望校の県内で2番目に偏差値が高い進学校に入学した。自他共に認める、品行方正で真面目な優等生だった。その勤勉さが、優秀さが僕の全てであり、僕の売りでもあった。

 でも、高校に入ると成績は段々と落ちていった。最初は真ん中より上位にいたのが、気づいたら平均以下になって、学年順位も下から数えた方が早くなっていた。それは当然と言えば当然だった。この高校に入学している周りの人だって僕と同じ入学試験に合格し、僕と同等以上に賢いのだから。

 それからは早い。人よりも頭が良いというたった一つのアイデンティティを失った僕は自由落下していく石ころのように凋落していく。そして結局僕のメンタルはボロボロに崩れていき、高二の夏から不登校になる。劣等感に頭を支配され、あらゆることを嫌な方に嫌な方にと考え込んで自室に引き篭もる日々を過ごした。

 そんな高校時代を送った僕にはいつまでも過去の栄光にすがり、やればできるという虚像だけが残っている。


 「なあ、現実から目を逸らしている場合じゃないよ。とにかくお前じゃ今の志望校に受かることはできない。もう時間がないことくらいは分かってるだろ。志望校変えろ。」


 「でも、…………。」


 「だから、この成績でかつ今のお前の勉強量じゃ厳しいんだよ。」


 目の前に座る先生の顔を僕は見ることができない。でもその口調から呆れていることだけは分かる。

 でも仕方がないじゃないか。現実を見るとまた高校の時みたいにネガティブになってしまう。せっかくダメな自分を認めるようにして現実から走って逃げて引きこもりから脱したんだ。僕はもう自分を卑下しないって決めている。

 こんな奴に僕が否定されて良いわけがない。お前が僕の何を知っていると言うんだ。僕のことは自分が一番理解している、僕はやればなんだってできるんだ。


 「話聞いてるか?」


 「はい、聞いています。」


 「そうか。で、どうするんだ。」


 僕は口に溜まった唾を飲み込んで先生の目を見る。

 こんな奴に言い負かされてちゃいけない。僕は志望校を変えるつもりはない。


 「その前に先生、『ものは言いよう』って言葉をご存知ですか?」


 「ああ、勿論知ってはいるがそれは今関係ないだろう。」


 「いえ、そんなことはありません。僕は普段から色んなことを考えているんですがこの間気づいたんですね。世の中の全ての物事はなんとでも言い換えが可能であると。そしてそれを意味するのが『ものは言いよう』と言う言い回しなんですね。つまり、僕から言わせてもらえばまだ、10月です。成績だって伸び代が…………」


 「だからそれは詭弁だって。浪人の10月にまだそんなこと言ってんのか。お前の現状でそんなこと言えたもんじゃないよ。」


 ちっ。こいつ。


 「……………はあ。」


 思わずため息が出る。貧乏ゆすりの揺れが机のコップの水面を揺らす。

 僕は一度大きく深呼吸してできるだけ丁寧に話し出した。


 「先生、あなたに言いたいことが三つあります。一つ目、先生、今僕が話してましたよね。それを…」


 「またお前は関係ない話を。」


 「だからぁ!!今僕が話してるので静かにしてくれません?良いですか、まず一つ目。さっきからずっと僕が話してましたよね。そして先生はそれを遮るかのように被せてきましたよね。それ、失礼だからやめた方がいいですよ。今時小学生でも分かってることですよ。子供の頃に教わらなかったんですか?そして二つ目。落ち着いてください。良いですか、会話とはお互い自分自身を押し殺して一つの結論に辿り着くように言葉を選び関係をより円滑にするためのコミュニケーション方法の一つです。それなのに先生は自分の主観による意見を一方的に押し付けようとしましたね。冷静になってください。そうでないと話も進みません。三つ目、同じことは言いません。二度目はないので、次同じように僕の言葉を遮ったらもう僕は何も話しません。帰らせてもらいます。そして今後あなたと会話もしませんし、話しかけられても無視します。良いですね。」


 先生は答えない。どうしたら良いのか分からないという顔をしている。なんだか気まずい空気になってしまった。


 「と、とにかくお願いしますね。それで最初の話に戻りますが、もうすぐ10月という事実の捉え方は人によって異なると思うんです。先生は『もう10月』と言いました。でもこれは先生が僕に危機感を与え諦めるという考えに陥れようとしたが故にその言葉を選んだと思います。ですが僕は先生にそんなことされる道理はありません。僕は天才でも秀才でもないと分かっていますが、同じように自分が馬鹿だとも思っていません。僕はやれば人並み以上にできるんです。ただ今はまだやりきれていないだけなんです。僕は志望校を変えません。」


 再び沈黙が流れる。

 しばらくして先生が口を開く。


 「そうか、変えないのか。分かった。でも、俺は別にお前を陥れようだとかそんなことは思ってない。ただまだ本気で勉強できてないお前に発破をかけようと思っただけで。」


 はあ、一体何を言うかと思ったらそんなことか。またぬけぬけとよくもそんなことが言えたもんだ。


 「嘘はやめてください。さっき『ものは言いよう』と言いましたが、これはその人の性格や価値観によって言い方が変わるという意味ですよ。もしあなたが人の心がよくわかる奥ゆかしく慈愛に満ちた人ならあんな風に言ったりしません。あなたは故意に僕を傷つけようとしただけですよね。ああ、言い訳はやめてください。そんなもの聞いてもあなたがしたことは正当化されませんから。」


 「…………………。」


 「これ以上話すことも無いようですね。それでは僕は帰らせてもらいます。今日は色々とありがとうございました。」


 勝った。僕は別に怠惰な自分は嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも僕を分かったような口ぶりで好き勝手言うやつは大嫌いだ。僕以外の人間は僕のことを全て理解しているわけじゃない。それなのに僕を否定しようだなんて許されるわけないんだ。誰も僕に口出しするな。誰も僕を邪魔するな。誰も僕に共感するな。それをして良いのは僕だけだ。


 歪んでいるのかもしれない。幼稚なのかもしれない。詭弁かもしれない。でも良いのだ。それすらも僕は僕という人間を肯定し、受け入れているのだから。

「現実」という言葉ほど、残酷で無慈悲な言葉はないと思ってます。怖い。

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