平和の終わり
時は移ろい、寒い冬の朝。
辺りは雪が降り積もり、白い絨毯のようになっていた。
ガチャ、と扉が開く。
テソロは白い息を吐き、腕を組んで、身体を震わせながら言葉を漏らす。
「ゔぅ〜・・・今日は一段と冷えるなぁ。」
組んでいた腕を解き、掌を口元に広げ、はぁーっと息を吐く。
身体を震わせていると、遅れてザルバシオンが家の中から出てきた。
「まだまだ修行が足りないな。この程度で寒がるなんて。」
「そういうお前は唇が藤の花みたいになってるぞ。」
さっとザルバシオンは慌てて口元を隠す。最近はよく言葉尻を捕らえられるな、とザルバシオンは思った。
ふと隣にいるテソロの方を見ると、以前よりも後頭部が近いように感じた。
「だいぶ大きくなったな。そのうち追い抜かれそうだ。」
「身長か?確かにちょっと大きくなったかもな!腕っ節は既に俺が上だけどな!」
調子に乗るな、とザルバシオンはテソロの頭にチョップする。
「何するんだよ!」
イテテ、とテソロが手で頭を覆う。
長い時間を一緒に過ごした2人の間に以前のようなぎこちなさは、もう存在しない。
「よし、テソロ!あの木に向かって能力を使ってみろ。」
遠くに生えた大きな針葉樹を指差して、ザルバシオンがテソロに指示を出す。
「よぉし!」
そう言うとテソロは、腕を真っ直ぐ身体の前に伸ばし、掌を針葉樹に向ける。眉間に皺を寄せて、伸ばした手に力を込めると、身体全体がほんのり赤色に輝く。
すると、ザルバシオンが指差した木を中心に近くの木々がぶわっと振動した。そして次の瞬間、その木を中心に地面が揺れるような衝撃波が走り、周辺の木々に乗っていた雪が吹き飛んだ。
ふぅ、と腕を降ろしながらテソロが息を吐く。
「よくやった!修行はこれでお終いだ。
ーーーテソロ、立派になったな。」
ザルバシオンがテソロの頭を撫でながら言った。
へへっ、とテソロは顔をくしゃっとする。
「明日にはここを出よう。お前に合わせたい奴らがいるんだ。」
(合わせたい奴ら?)
テソロはもっと話を聞こうと思ったが、それに気づいたザルバシオンが口元を緩めながら、家の方に歩いて行った。
* * *
2人がようやく身支度を終えた頃には、日はすっかりくれて、お腹が空いて腹と背中がくっつきそうだった。
「今日の夕飯は街で食べようか。」
と、ザルバシオンが言って、2人は街へ繰り出した。
行きつけのお店でお気に入りの肉料理を食べていると突然、外から悲鳴が聞こえてきた。
天国のように平和な村ではあまり聞こえないような声だった。
2人が様子を見に行くと、女性が1人血を流して倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
ザルバシオンが駆け寄る。
女性は顔を真っ青にして、腹部を抑えている。何者かに刃物で斬られたようだった。
誰が平和な村でこんな酷いことを、と考えていると、真っ黒な衣装に身を包んだ3人組の男がこちらに近づいてくる。明らかに平和なこの村には相応しくない身なりだった。
「お前らがやったのか?」
ザルバシオンが声のトーンを下げて言う。
「ターゲット発見。始末する。」
サッと、黒装束の男たちは武器を構える。
「テソロ!ここは任せろ!女性を遠くへ避難させてくれ!」
ザルバシオンは黒装束の男たちの方を警戒しながらテソロに言う。
「分かった!」
テソロは女性を抱えて走り出した。
黒装束の1人がテソロを追いかけ、テソロと女性に向かって上から飛びかかる。
(ぶつかる!)
そうテソロが思った瞬間、ドカッ!と鈍い音がして、男が飛ばされた。男がテソロに届く直前に、ザルバシオンが男の横腹に蹴りを入れたのだ。
飛ばされた男は着地すると同時に、ザルバシオンに向かって襲いかかったが、ザルバシオンはその攻撃を軽く避ける。
「あいつは俺の愛弟子なんだ。簡単にやられてたまるか。」
そう言うとザルバシオンは、テソロの方をチラッと見て言った。
「お前は走れ!」
「分かった!無茶はすんなよ!」
走っていくテソロを見て、ザルバシオンは男の方を振り返った。
「お前ら、クラディスの差金だな?」
ザルバシオンは男たちの服装に見覚えがあった。何年も居た組織の身なりを忘れるはずがなかったからだ。
ザルバシオンの問い掛けに男たちは答えず、それぞれ腰にかかっていた剣を抜きとる。
「ふっ。答える必要はないってか。」
ザルバシオンも愛刀を鞘から抜き出し、構えを取る。
一瞬の静寂が辺りを包むーー。
カチャン。次の瞬間、男たちが3手に分かれ、囲み込むようにしてザルバシオンに襲いかかった。
「そう来るか。」
不利な状況にもかかわらず、ザルバシオンは冷静だった。
「あれを使うしかないな。」
そう言うとザルバシオンは重心を下げて、前屈みの体勢になる。すると、ザルバシオンの足元を黄色い光が包み込む。
ザルバシオンが地面を蹴り上げ、弾丸のように駆け出す。
その瞬間、足元に集中していた光が、目を開けていられないほどの光量をもって爆発した。
男たちは思わず目を手で覆う。
あまりの眩しさと目で追えないほどのスピードに、男たちはザルバシオンを見失う。
視界が戻り、男たちがザルバシオンのいた場所に目を向けると、大きなクレーターだけが残っていた。
男たちが呆気に取られていると、少し離れた場所からザルバシオンの声が聞こえてきた。
「勝負は一瞬の油断が命取りになる。覚えておくといい。
ーーーまあ、くたばる奴らに言ったところで、か。」
男たちがすぐさま声がした方向に向き直ると、ザルバシオンの足元に死体が1つ転がっていた。正面から攻撃を仕掛けていた男の死体だった。
残った2人の男に焦りの色が見えた。
さっさと決着をつけて、テソロの元に向かうか、とザルバシオンが考えていると、別の方向から声が聞こえてきた。
「こいつらなら上手くやれると思ったが、お前がそんなに安く済むわけがないか。」
ザルバシオンが声の方を向く。
「まさか幹部直々に来るとはな、クラディス。」
ザルバシオンの顔から余裕が消える。
「まあ、念のためだったんだがな」
フッ、とクラディスがほくそ笑む。
クラディスの余裕たっぷりの様子に、ザルバシオンは引っ掛かりを感じる。
(何か策があるのか?)
そんなことを考えながら、ザルバシオンは腰の武器ポーチからクナイを3つ取り出す。
そして、能力を発動させるために、再度、神経を研ぎ澄ます。先ほどと異なるのは、クナイに光が集中しているということだ。
フッ!
ザルバシオンが力一杯に左腕を横に払い、クナイを投げる。
光の爆発を端緒として、クナイがレーザービームと化し、クラディスと2人の部下たちを襲う。
クナイは男たちを貫き、身体に大きな風穴が空き、男は地面に倒れた。
一方、クラディスは軽くジャンプし、クナイを寸でのところで躱した。
クナイを躱して崩れた体勢を立て直したクラディスがザルバシオン目掛けて走り出す。
ザルバシオンも少し遅れてクラディスに向かって走り出した。
カキーーーーン!
お互いの剣がぶつかった音が響き渡る。
クラディスの持っていたナイフが折れ、頬には真っ赤な血が流れ落ちる。
他方、ザルバシオンは、服は切られていたが、負傷はしていなかった。
お互いに後ろへジャンプし、距離をとる。
敵がクラディス1人になり、ザルバシオンは、ふぅー、と息を吐き呼吸を整える。
(あとはアイツだけだな。テソロが来る前に終わらせないと。)
ザルバシオンは気合いを入れ直し、愛刀をしっかりと構えた。
「次は殺す。」
「やれるものならな。」
そう言うと、クラディスは服の内側からもう一本のナイフを取り出して、ザルバシオンに向かって走り出した。クラディスのナイフは異様な雰囲気を醸し不気味に黒光していた。
ザルバシオンもクラディスに向かって勢いよく走り出した。
ガギーーーーン!
金属がぶつかり合う重低音が辺り一帯に響き渡った。