夜明け
一進一退の攻防が続く。
戦闘は熾烈を極めていた。
2人を中心に、半径3メートルほどにある木々は薙ぎ倒され、地面には大小様々な刀痕が残っている。
戦闘が始まってから、30分ほど経っただろうか。
ザルバシオンが瞼に落ちてくる汗を腕で拭いながら、肩を大きく揺らす。
一方、クラディスはまだ余力が残っているように見える。
「よく持ち堪えたな。だが、そろそろしまいだ。」
そう言った瞬間、クラディスがこれまでに無いほど、猛烈に加速してザルバシオンに襲いかかる。
(間に合わない・・・!)
完全には躱せないと判断したザルバシオンは、咄嗟に身体を左に傾ける。
死は辛うじて免れたが、ザルバシオンの右腕が空高く吹き飛ぶ。
「くそっ・・・!」
ザルバシオンは左手で肩を庇いながら、地面に膝をつく。
裾を素早く口で噛みちぎり、なんとか止血をするが、地面には大きな血だまりができていた。
(まずいな・・・。)
急激な失血により、ザルバシオンの視界がぼやける。
「じゃあな。裏切り者。」
クラディスが足元にいるザルバシオンに向けて、漆黒のナイフを振り下ろす。
(ここまでか・・・。)
ザルバシオンが死を覚悟してそっと目を閉じる。
・・・ん?攻撃がこない?
不思議に思い顔を上げると、クラディスはザルバシオンに届く直前でナイフを静止させ、辺りを警戒していた。
誰かがここへ近づいている気配を感じたようだった。
「ちっ、命拾いしたな。次は、必ず殺す。」
ナイフについた血を振り落とし、クラディスは背を向けて闇夜の森の中へと走り去った。
静寂の中、ザルバシオンの荒い呼吸音だけが響いていた。
(なんとかなったか・・・。)
ザルバシオンは地面に崩れ落ちそうになる身体に力を込める。
気を失わないように唇を噛み締めながら、テソロの居場所へとゆっくり歩き出した。
テソロは、避難させていた大きな針葉樹の根元に横たわっていた。
ピクリとも動かないテソロを見て、ザルバシオンは思わず駆け寄る。
「テソロ!大丈夫か!」
「ん・・・。」
ザルバシオンが激しく身体を揺らすと、テソロは眉をひそめた。
(何とか大丈夫そうだ・・・。俺が付いていながら!くそっ・・・。)
ザルバシオンはテソロを抱きしめ、テソロの力強い鼓動を確認した。
テソロを背負って、道なき道を歩き出す。
葉越しの月が2人の行くべき道を照らしていた。
* * *
心地よい風がベッドの上で眠るテソロの頬を撫でる。
カーテンがふわっと舞い上がり、窓から入った光は宙に舞う埃を照らす。
ここでの生活はあの地獄のような夜に比べると、まるで天国を彷彿とさせる時間だった。
あの夜、ザルバシオンは何とかテソロを担いでパーチェ村の外れにある隠れ家に戻って来た。
ザルバシオンも瀕死の重症を負っていたので、テソロの看病も一筋縄ではいかなかった。
テソロの方は、あの夜から三日三晩、目を覚さましていない。
ガチャ、コトン。
看病を始めて4日目の朝、今日もテソロを看病するために、ザルバシオンが桶を持って部屋に入る。
桶に入った水に柔らかい布を浸し、左手で握りつぶすようにして布の水を絞った。そして、冷たい水分を含んだその布を、そっとテソロのおでこに置いた。
ザルバシオンが部屋を出て、しばらくしてもう一度戻って来た。
片手には暖かいスープがのったトレーを持っていた。
そして、そのトレーをベッドの横にあるテーブルに置き、椅子に腰掛けた。
* * *
テソロはゆっくり目を開くと、暖かい光が目に差し込んできた。
「ぅ・・・。」
身体が鉛のように重たく感じる。
頭の奥にこびりついた眠気が目覚めを妨げる。
視界が徐々にはっきりすると、見慣れた顔がそこにあった。
「ザルバシオン教官・・・。」
テソロは、乾いた喉から皺がれた声を絞り出す。
「テソロ!目覚めたか!」
ザルバシオンが顔をくしゃくしゃにして、嬉しそうにテソロの頭を無邪気に撫でる。
「やめろよ。」
そう言いながらも、テソロはぼこぼこした無骨な掌からは底知れない愛情を感じた。
ふと、ザルバシオンの服の袖が不自然にひらひらしていることに気が付く。
「おい、お前!その腕・・・!」
「あぁ・・・これか。まあ、ちょっとな。」
一瞬にして、あの夜の出来事がテソロの脳裏をよぎった。
徐々にテソロの表情が強張っていく。
「なんでだよっ・・・!なんでお前なんかが俺のためにっ・・・!」
混乱するテソロをザルバシオンが静かに包み込んだ。
理由はわからなかった。
しかし、ザルバシオンの暖かい心に触れたような気がして、勝手に涙が溢れてきた。
2024/5/22 内容見直しました。既に読まれた方はご容赦ください。