目覚め
よく晴れた朝。
ガラス窓から部屋の中に暖かい光が射し込み、ベッドの上で眠るテソロの顔を照らす。
「うっ・・・!」
太陽の光が、瞼の奥にある眼球を焼く。
「ここは・・・?」
ベッドから身体を起こして部屋の中を見渡す。必要最低限しか物が無い、質素な部屋だった。
ぼんやりした意識の中、窓の方に視線を移す。芝生が敷かれた庭の奥に、太陽が出ていてもほんのり薄暗くなるほど木々が生い茂った森が見えた。
なぜここにいるんだろう、とテソロは意識を失う前のことを思い出そうとする。
(森の中で転んで・・・、それで・・・。)
ガチャ。
ぼんやりと思考を巡らせていると、ドアが開いて見知った顔の人が入ってきた。
「テソロ!目が覚めたのか!!」
「ザルバシオン教官!?なぜここに!?」
テソロはパニックに陥って、えっえっえっ、と顔を左右に振る。
ザルバシオンはベッドの側までゆっくりと歩いてきた。
そして、持っていたトレーをテソロがいるベッドの上に置く。トレーにはパンとスープと水の入ったグラスが並べられていた。
テソロが興味津々に見ていると、
「お前は三日三晩、意識を失っていた。相当疲れていたんだな・・・。とりあえずこれを食べろ。話はそれからだ。」
そう言うと、ザルバシオンはベッドの近くにあった椅子に腕を組んで腰掛ける。
「あの・・・。」
テソロは話かけようとしたが、ザルバシオンは窓の外を見ていた。
仕方なくテソロはカチャカチャと食器の触れ合う音を立てながら、目の前の料理を食べ始めた。
* * *
テソロが食事を済ませた食器をザルバシオンが持っていく。
カチャ、カチャ、と食器がぶつかる音と水が流れる音が聞こえてきた。
しばらくしてザルバシオンが部屋に戻ってくると、先ほどと同じ椅子に腰掛けた。
「さて。何から話そうか・・・。」
ザルバシオンは少し沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「まず、お前の「能力」についてだ。ここでいう「能力」は、身体的な能力ではなく、その人が持つ特別な力のことだと思ってくれ。例えば、足をものすごく速くできる力から地震を起こすことができる力まで、さまざま種類がある。そして、この「能力」には、未熟なうちは無意識に能力を発動してしまったり、種類によって体力の消耗度合いが違ったり、などといった特徴があるんだ。」
ふぅ、と一息置いてから、ザルバシオンが話を続ける。
「先日の能力チェックで判明したお前の「能力」は、<ポルターガイスト>という能力だ。この力は、周囲の霊魂を操り、手を触れずとも遠くの物体を移動させたり、音を発生させたり、物体を発光・発火させたりできるといわれている。・・・あのときは、ひどい結果と言ってしまったが、素晴らしい能力だ。すまなかった・・・。」
ザルバシオンが椅子に座ったまま前屈みになり、頭を下げる。
「いえ・・・、大丈夫です・・・。」
そう言って、テソロが苦虫を嚙みつぶしたような顔で俯く。
テソロにとっては訓練学校での扱いをそう簡単には許せなかった。
気まずい沈黙が訪れる。
黙って俯くテソロに、ザルバシオンはバツが悪そうに頭を掻く。
しばらくして、こほん、と咳払いしてからザルバシオンが話を再開する。
「次に、今いる場所だが、ここは世界で最も平和な村といわれる<パーチェ村>だ。お前はかなり衰弱していたから、ここが一番いいと思ったんだ。それでお前、訓練学校にいたときから能力が発動してたんじゃないか?」
「はい、ある日から突然・・・。夜に発動していました。どうしてそう思ったのですか?」
「訓練学校は霊魂が非常に集まりやすい場所なんだ。理由はこの後話すが。だから、お前の能力が発動しやすい場所だといえる。そして、霊魂は、夜中は活発に活動するが、昼間は活動が治まる。これは、夜中は能力が霊魂に働きやすいが、昼間は能力が霊魂に働き辛いことを意味する。だから、夜に能力が勝手に発動してしまったのだろう。」
なるほど、とテソロは納得がいったように頷いた。
「それに比べてパーチェ村には、霊魂が全くと言っていいほどいない。だから、ここでは夜に能力が発動することはないだろうから安心してくれ。」
ザルバシオンの話を聞いて、テソロの表情が明るくなる。
もう訓練学校での苦しい生活を送らなくて済むんだと思うと、涙が出そうになる。
「最後に・・・一番大事な話だ。俺たちのいた組織の実態についてだ。メルセナリウスは世界の警察として世間では知られているが、あれはあくまで表向きの顔。実は、世界の秩序を保つために組織にとって都合の悪い人間を抹殺しまくっている極悪組織なんだ。だから、訓練学校は霊魂が非常に多い場所になっているんだ。霊魂は生前の恨みや憎しみが強いと発生するからな。そして、学校の卒業生の大半は、組織の裏の顔のために利用されている。だが、卒業生たちは何も知らない組織の傀儡ということになるがーーー」
「嘘だ!!!!」
ザルバシオンが言い終わる前に、テソロがベッドを叩きながら声を荒げ、ザルバシオンの話を遮る。
「メルセナリウスが、そんな組織なわけないだろ!!!!」
テソロがザルバシオンを睨みつけながら絶叫する。今にも飛びかかってきそうな勢いだった。
「信じられないのは無理もないが、本当なんだ。信じてくれ。」
ザルバシオンはそんなテソロに全く怖じけず、テソロの肩に手を置き、しっかりとテソロを見つめ返す。
しかし、テソロはそんな精一杯の説得にも全く耳を傾けず、身体を捩ってザルバシオンの手を振り払う。
そして、ベッドから立ち上がりながら一気に捲し立てる。
「そんな話で俺を騙せると思っているのか!いい加減にしろよ!大体、訓練学校にいた時から気に入らなかったんだ。いつもバカにしてきやがって!・・・今すぐ訓練学校に戻って、今の話を学校側に言い付けてやる!気を失ったところを拾ってくれたことには感謝するが、それとこれとは話は別だ!」
軋む身体に鞭打って、テソロは歩き始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!訓練学校でのことは悪かったと思っている・・・。謝罪だけでは済まされない行動だったことも。今は組織の悪事を立証する証拠はないが、時間をかけて証明するつもりだ。・・・頼むから安静にしてほしい。ついさっきまで気を失っていたんだ。」
テソロは無視して身体を引きずりながら部屋を出ていく。
「おいっ!」
ザルバシオンは、外に出るテソロを引き留めることができなかった。
2024/5/19 内容見直しました。既に読まれた方はご容赦ください。