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後編


『多少でもできないことがあれば、かわいげがあるのに。隙がなさすぎて逆に期待はずれだ』


 天使のような顔をしてミシェルがそう告げたときの気持ちを言葉にするのは難しい。


 なんでもできて、いけすかない奴。それはおまえが何もできないから、なんでもできるように仕込まれただけだ。怒りはとうに通り越し、呆れてしまったアメリアは言葉を失う。


 いらないのなら、なぜ私に手を出した。

 期待外れだったのに、なぜ私は今もこんなところで囚われている?


 すると何を勘違いしたのか、ミシェルはいやらしい顔で笑った。

 

『それでも私のことが好きなんだろう? しょうがないな……お得意の口答えをせずに、誠心誠意尽くすのなら妾として側においてやってもいい。そうすればシシリーを正妻にできて私としても都合がいいからな』

『は?』

『ただし、妾になるなら騎士は辞めてもらう。これは次期当主としての命令だ』

『……』

『剣を振るう女なんてみっともない。女性騎士なんて所詮は騎士団のお飾りだ。いても邪魔になるだけだから辞めたほうが国のためになる』


 ミシェルは自分の言葉が正しいと信じている。だからこんなにも澄んだ瞳で、人を傷つけるようなことを平気で言えるのだ。あのときアメリアは、人生ではじめて同じ嫌いでもピーマンのほうがマシだと思った。きっと今の私なら苦いピーマンでも美味しく食べられそうな気がする。


「そうか、ちょっと席を外す」


 聞き終えた幼馴染が真顔で剣を握った。


「待ちなさい、いつもは止める側のあなたが暴走してどうするの」

「大丈夫だ、一瞬で終わらせる」

「それこそ終わったことよ。あの男はつまずいた拍子に軽く捻っておいたからもういいわ」

「何を捻った?」

「だから事故よ、医務室のお世話になるくらいで済んだわ」

「まあ事故なら仕方ないか」


 あの閉ざされた空間で何が起きたのか。事故の真相が表沙汰になることはないだろう。本当はもう少しいろいろやりたかったが、血気盛んな部下達(ワンコ)が『一撃でコイツ息の根止めましょうか⁉︎』というのをなだめるのが大変だったからもういい。


「それにあの人達も先はなさそうだしね」


 婚約破棄騒動に調査が入った結果、国はアメリアをガイウス家に縛りつけるような契約書の存在を重く捉えた。選択の自由もなければ、心身の保証もない。婚家に隷属させるような契約書にサインしたコールデン家の当主もアホだが、こんな搾取する気満々の契約書を作ったガイウス家がそもそもおかしい。そこで見せしめとして、ガイウス家にこの契約書を義務として課すこととした。


「ガイウス家が婚約するときは、()()()()()()()()この契約書でないと婚約を認めないことにしたらしいな」

「よく知ってるわね。そうよ、だから今度はガイウス家が契約に縛られるの」


 蟻の子一匹逃さない完璧な契約書に基づき、ガイウス家が婚約を解消するためには莫大な違約金を支払わなければならない。もちろん、婚約破棄された場合にはガイウス家が賠償金を支払うことになる。


「自分達がアメリアにしたことが返ってきたわけか」

「しかも最悪な状況でね」


 ガイウス家はアメリアを失ったのでミシェルに新しい婚約者を見つけなくてはならない。だが当主教育も満足にこなせず、社交場でも空気が読めないために浮いてしまうミシェルの代わりに全てをこなせるのは完璧令嬢(アメリア)しかいなかった。しかもミシェルが選ぶ婚約者候補は皆、シシリーのように美しく愛嬌はあっても曲者ばかり。連れてきても役に立たないばかりか、せっかく婚約を結んでも相手側から破棄されてしまう。


「まあ当然でしょうね。婚約者が守ってくれるわけがない」


 契約に縛られていたアメリアでさえ、彼の人生を背負う重さに耐えかねて何度も投げ出したくなったくらいだ。アメリアは皮肉げに口元を歪める。

 ミシェルの両親はいつ気づくのだろうか。息子の未来を守っていたつもりで、実は大切な息子の人生を婚約者に丸投げしているという矛盾に。今のままではミシェルを生かすも殺すも婚約者の匙加減でいかようにもできてしまう。極上の容姿と甘い言葉に惹かれてついてくるような覚悟のないお嬢様では、重くて支え切れないだろう。


「すでに二件も婚約を破棄されているそうよ」

「婚約を続けるよりも破棄したほうが違約金ももらえるし、ミシェルという重荷を背負わないで済むからな」


 別の意味で婚約破棄被害にあっているのよね。いくら裕福なガイウス家でも、アメリアに続く二度の婚約破棄は堪えたらしい。これでは家の存続が危ういと国に泣きついた。


「一蹴されたらしいわ。元々、自分達が作った契約書だろうと」

「ごもっともだ」


 過ぎた欲は身を滅ぼす。アメリアに対する仕打ちは他家にも知られていたそうで、まともな家はガイウス家との婚約を避けるだろう。こうなると、もはや新しい婚約者は望めない。


「それで、ついにこんなものが届いたわけよ」


 アメリアは文机から一通の手紙を取り出した。裏返してみれば、ガイウス家の封蝋(ふうろう)印が押されている。手紙の中身を読んだ幼馴染が眉を吊り上げ、彼の手の内で紙がクシャリと音を立てる。


「あれだけのことをしておきながら再婚約を望むとはどういう了見だ?」

「私が国に協力した見返りとして婚約を破棄してもらったという裏の事情を知らないからかしら? それか傷物の私に救いの手を差し伸べれば喜んで再婚約すると思い込んだ」


 手紙には形ばかりの謝罪と、上から目線で再度婚約を迫る言葉が綴られている。まさか私がミシェルを好きだとかいう奴の思い込みをそのまま信じているわけないわよね……いや、そんなバカな。いくら脳内お花畑でも、ねぇ? 

 それとも追い詰められて一番の悪手と知らずに手を出したか。紅茶を口元まで運んでアメリアは自信なさげに首をかしげた。幼馴染は深く息を吐き、ついに彼女の手をつかんだ。


「アメリア、もう待てない。今日こそ返事を聞かせてほしい」


 凪いだ海のような静かな眼差し。艶やかで真っ直ぐな黒髪、低いけれどよく通る声。これは私が好きで、でも好きだと言えなかったもの。


「十年も待った。俺だけでなく、君も我慢する必要はなくなったはずだ」


 ――――大きくなったら婚約者になって。

 ――――ええ、きっと婚約者にしてちょうだいね!


 文字にも残らない、小さな約束。子供の口約束だと大人達はまともに取りあってくれなかったけれど、この小さな約束だけがアメリアを生かした。


 本当はアメリアだって彼との婚約を望んでいたのだ。


 彼の婚約者となれるように勉強も訓練もがんばってきたのに、そのせいで完璧令嬢と呼ばれてガイウス家に目をつけられる未来がくるなんて思いもしなかった。 

 ガイウス家との欲に塗れた婚約のため、この神聖な約束を反故にしなくてはならないと知ったとき、アメリアは絶望した。


 それでも生きていれば、奇跡が起きることもあるらしい。


「もう白い結婚を目指さなくてもいいのね」


 結婚が避けられないのなら白い結婚を目指そう。絶望の果てにアメリアはそう決意した。結婚誓約書の有無に関わらず、二年経っても白い結婚の場合は離縁できる。血の繋がりを尊ぶ貴族だからこそ適用される()()だ。いくらガイウス家が結婚誓約書で縛ろうとも、法を禁じることはできない。


「そこまで考えていたのか」


 痛みを堪えるように呟くと、彼はアメリアの手を強く握った。

 

「もう目指さなくていい、そんなことされたら俺は泣く」

「あら、騎士団で最強と名高いあなたでも泣くことなんてあるの?」

「ある。ガイウス家にアメリアを掻っ攫われたときは、目が溶けるかというくらいまで泣いた」


 ふふ、知っているわ。お母様が教えてくれたもの。部屋に引きこもって、しばらく出てこなかったそうね。あのころの愚かだった私達は、ずっと一緒にいられると疑いもしなかったから。私と彼の領地はお隣同士、しかも同い年で幼馴染み。ガイウス家の横槍がなければ順当に二人の婚約は結ばれていただろう。だから大丈夫だと油断していたのだ。

 彼の家とガイウス家は親戚同士だった。彼の家は代々騎士の家系で、剣を学ぶためにアメリアが練習場に足繁く通っていたことがミシェルの両親の目を引いたらしい。


『アメリアは文武両道なのよ。勉強ができて、行儀作法も完璧で、剣の腕前もすばらしい。真面目で努力家だし、まさに完璧令嬢よ。あれほど優秀で愛らしいお嬢様がいるなんて、コールデン家がうらやましいわ!』

『まあ、()()()()()()()()ですね』


 アメリアを我が子のように自慢する彼のお母様に、薄笑いを浮かべながらミシェルの母親はそう言ったとか。このときは意味がわからなかったそうだけれど、隙を突くようにアメリアとミシェルの婚約が結ばれたことを聞いて悟ったそうだ。当時から可愛いだけで何もできないと評判のミシェルを支える生贄としてアメリアが選ばれたのだ、と。そして自分がアメリアとガイウス家を引き合わせたのだと気がついて、ひどく後悔したとか。


 そして後日、アメリアの母から婚約の実情を聞いた彼の両親はガイウス家と絶縁した。なのに横から奪いとったアメリアを我が物と見せつけるかのような招待がたびたびガイウス家に届いていたらしい。甘くみられている、それをわかっていながら彼が招待に応じたのは、ただただ私を心配したからだった。


 アメリアの手の甲に柔らかな口づけが落ちた。触れたところから、じわりと熱が広がっていく。


「昔のように俺の名前を呼んでほしい。忘れたわけじゃないのだろう?」

「もちろん、覚えているわ」

「ならばいつまでも幼馴染み扱いはさみしいじゃないか」


 彼を幼馴染みと線引きするのはアメリアができる最大の防御。ガイウス家での日々は、ピンと張り詰めた糸を伝って崖から崖に渡っていくようなもので、そうしなければ弱いところから崩れ落ちてしまいそうだったから。アメリアは小さく笑った。


「なんでもできるからって、調子に乗ってるいけすかない奴らしいわよ。それでもいいの?」

「止めても暴走するし、納得するまで引かないし、朝の寝起きは最悪だ。おまけにピーマンが嫌い。どこがなんでもできる奴なんだろうなぁ?」

「うるさいわね、ピーマンは苦いのよ」

「子供か? それに俺はアメリアが最初からなんでもできていたわけじゃないことを知っている。努力する姿を見ているのに、なんでもできるなんて思わないよ」


 慈しむように指先をなでて、彼は優しく笑った。


「俺にとっては、欠けているところも含めてアメリアは完璧なんだ」


 涙でじわりと視界がにじむ。嫌いなものと同じように、好きなものもまた、どれほど時間をかけても嫌いになることはできなかった。たくさん泣いて、笑顔で心に蓋をして。ようやくあきらめたつもりだったのに。


「あの日の仕切り直しをしよう」

「……」


 彼は腰にさしていた剣を鞘ごと外すとアメリアに差し出した。


「アメリア・コールデン嬢、我が血と剣とともに敬愛を捧げる。どうか私の婚約者になっていただきたい」


 剣とともに捧げるのは古来より綿々と受け継がれる騎士の誓い。これを違えることは不名誉であるという。歳を重ねて男らしくなった彼は、誰もが憧れる素敵な男性になっていた。

 それなのにずっと待って、アメリアを待ち続けて。ここまでされても絆されない人はいるのだろうか。アメリアは剣を胸に抱き、膝をついた彼の額に口づける。


「ヴィンセント・カーマイン様、あなたの血と剣とともに捧げた敬愛はこの胸に。婚約のお申し出をお受けいたします。永久(とこしえ)に末長く、あなたを照らす光となりましょう」


 剣を受けた乙女として、応諾の言葉を返せば彼はすぐさま立ち上がってアメリアを抱きしめる。ほっと息を吐くと、アメリアの隣に立っていたじいやが笑った。


「ずいぶんと古風な婚約の申し込みですな。ですが、かわいらしいお二人にはとてもお似合いです」

「かわいらしい……ヴィンセントが?」

「ええ、ずいぶんとカーマインの使用人をやきもきさせましたから。まだまだひよっこですな」


 じいやはニヤと笑う。彼は元々、カーマインの使用人でヴィンセントに武術を教えていた先生だった。ミシェルとの婚約が成立してしまい、心配した彼が私の身を守るために専属執事兼護衛として派遣してくれたのだ。しかも残念ながら彼の懸念は大当たりで。口にしないが、それはもういろいろな危機があったので、じいやがいなかったら危なかったよ!


「ありがとう、ヴィンセント」

「どういたしまして。でもこれからは俺が守る、もう悲しい思いはさせない」


 力をつけて、必ず迎えに行く。彼は言葉どおりに騎士団で頭角を現し、辺境を守る要として王族の覚えもめでたいそうだ。


「完璧令嬢にふさわしくあれるよう努力した。まだ足りてないけれど、それはこれからも努力する。だからずっと俺のそばにいて」


 ずっとそばに、その言葉が一番うれしい。耳元で囁いてアメリアは微笑んだ。無垢な微笑みが直撃したヴィンセントの顔が耳まで赤くなる。まさに大団円。二人の幸せを邪魔するものはないはずだ。それなのに、なぜか扉の外が急に騒がしくなる。どうしたのかしら? 

 首をかしげたアメリアの目の前で扉が音を立てて開いた。


「アメリアーッ! 再婚約を拒否するとは無礼にも程があギャーーー!」


 パタン。


 じいやが素早く動いて何かを拳でぶっ飛ばすと音もなく扉を閉めた。扉の外では重さのある何かが引きずられていく気配がして、徐々に遠ざかっていく。じいやは困った顔をして眉を下げた。


「羽虫ですな」

「そ、そう……ずいぶんと煌びやかな羽虫だったような?」

「アメリア様の部屋に侵入を許すとは、庭師の再教育が必要でしょう」

「それって庭師よね?」

「もちろん庭師です」


 じいやが、ほっほと笑う。あの羽虫、色合いがどことなくミシェルのような気がしたけれど……まあ、いいか。羽虫を合法的にぶっ飛ばしたいから侵入を許したのでしょう。


 それからヴィンセント、あっさり剣抜くな。私が絡むと沸点が低すぎる。


「それにしても、この期に及んで姿を見せるとはね」

「アメリアがいたころにはおとなしくしていた野盗が再び領地を荒らしているらしい」


 領地の危機になりふりかまっていられなくなったからか。


 交通の要所として、高額品や貴重品が集まるガイウス家の領地は彼らにとって旨味のある狩場だ。今まではアメリアが指揮する領の兵士が根こそぎ排除していたけれど、アメリアに代わってミシェルが指揮すると聞いた領の兵士が次々と逃亡しているらしい。


 理由はただひとつ、死にたくないから。


「素晴らしい状況判断だ」

「彼ら優秀だったわよ。指揮官(ミシェル)がいなくても自分達だけでなんとかしてきたの」


 アメリアがしたことは彼らが働きやすいように手助けしたことだけだ。それなのにミシェルが対抗心を燃やして下手に口出しするから嫌がられた。逃げた兵士は、たぶん秘密裏にカーマイン家で保護しているのでしょうね。優秀な兵士はいくらでも欲しいでしょうから。アメリアはくすっと笑う。


「事情を知っているということはカーマイン家にまで応援を頼んだということね」

「アメリアを騙すようにして奪ったくせに厚かましいにも程がある」


 この期に及んで親戚だからと泣きつき、兵士の派遣を要請したとか。冷たく笑うヴィンセントの隣で、ほっほと笑うじいやの背後に深い闇が見える。


「お願いだから手加減してあげてよ? ガイウス家の領地には優しい人もいるからね」

「わかってる」


 逆にアメリアのいないガイウス家には手加減はいらない、と。


「あいつらは領地の治安維持すらまともにできず、制御不能に陥っている。そんな現状を国の上層部も問題視していてな。つい先日、役に立たないガイウス家を排して、()()()()()()に領主の権限を移譲することが決まったそうだ」


 ヴィンセントがニヤリと笑う。やはりガイウス家は一番の悪手とわからずに手を出したのでしょうね。


「私、領主にふさわしい人を知っているわ」

「だろうね。手伝ってくれる?」

「もちろん。知っていると思うけれど、けっこう得意なのよ!」 


 ガイウス家の領地を受け継ぐ親戚筋の誰かには、当然、領地の機微に詳しい婚約者が必要だ。心から楽しそうに笑うアメリアの頬をヴィンセントの指がなでた。


「その幸せそうな顔が見たかった」

「あら、そういえば私達の婚約はどうなったかしら?」


 じいやが懐中時計の時刻を確かめて、ぱちりと閉じる。


「婚約届は無事に受理されました。お二人の新たな門出を心よりお祝い申し上げます」

「用意周到。さすが、じいやね!」

「年の功ですな。それではアメリア様、ヴィンセント様を今後ともよろしくお願いいたします」


 婚約届への署名は、勧告を受け、当主を引退したお父様の代わりに後を継いだお兄様の初仕事だったそうだ。こっちもうまくいったみたいだと、アメリアはにっこりと笑う。じいやはヴィンセントに何事かを囁くと胸に手を当てて頭を垂れた。


「紅茶のお湯を取り替えて参りましょう。では、ごゆっくり」


 扉を開け放ったまま、カートを押して出ていった。ヴィンセントは深々と息を吐いて、頭を抱える。


「何か言われたの?」

「なんでもない、釘を刺されただけだ。まったく溺愛が過ぎるだろう」


 俺のアメリアなのに。ヴィンセントのつぶやきをアメリアは笑った。


 愛が重いのは、いい勝負だと思うわよ? 


 ヴィンセントの好きなものは、昔からずっと変わらずにアメリアだから。でもそれが嫌ではないのだからアメリアも相当だ。幸せそうに笑う彼女の頬に手を添えて、ヴィンセントは瞳の奥をのぞき込んだ。


「明るく輝くヘーゼルの瞳、バターみたいな色の髪は離れていても甘い香りがして目が離せなかった」

「あら、まるで祝祭日のお菓子みたい。もしかして……お腹すいている?」

「相変わらず食い気か。そんなところも変わっていないな」


 呆れたようにヴィンセントは笑う。まあたしかに、待ち望むという意味では一緒だ。


 見た目だけならアメリアは甘いお菓子の色をしていた。甘くてほろ苦いジンジャークッキーのような彼女にずっと焦がれていたからこそヴィンセントは知っている。

 ミシェルも甘いお菓子のようなアメリアが好きだった。だけど自分よりも賢くて強いアメリアの視界に自分が映ることはないと気がついて、いつしか拗らせてしまったのだ。


 嫌いは好きの裏返しと言われることもあるけれど。さて、彼の好きは嫌いに変わったのか。まあ、どちらでもいい。ミシェルがどれだけ()()でも、アメリアにはもう手は出せないし、出させるわけがない。


 ヴィンセントは瞳を閉じたアメリアの唇に、そっと誓いのキスを落とした。


 そして、アメリアは。


 冴えた赤(カーマイン)とガーベラとチョコレートケーキ。図書室と植物園。これが私の好きなもの。ようやく取り戻した好きなものに包まれて、うっとりと目を細める。


 結局、最後まで嫌いは好きに変わることはなく。

 好きなものが、もっと好きになっただけだった。

 

 凍えるような冬空の下、高らかに祝福のベルの音が鳴り響く。



今日という日は、こんな奇跡があってもいいかなと思って書きました。最後までお読みいただきありがとうございます。素敵な一日をお過ごしください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゴミ野郎を生かした所で、他人に迷惑をかけ続けるんだから餌にしたほうがよかっじゃん
2023/12/26 12:07 退会済み
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