【第6話】
改めて誕生日である。
「おめでとう、我が娘よ。ほらケーキを用意したぞ!!」
「顔面に投げつける用の?」
「お前はオレのことを何だと思っているのだ」
オルトレイが冷蔵庫から取り出したのは、真っ白なクリームが塗りたくられたスポンジの上にいくつもの苺が載せられた大きめのホールケーキである。チョコレートプレートには『誕生日おめでとう』の手書きの文字が並んでおり、シンプルながらも用意した当本人の愛情が感じられた。
本格的な誕生日ケーキを前に、ユフィーリアの青い瞳が輝く。その姿が普段の他人に冷たい態度を取ってしまう天才俳優とはかけ離れており、妙に可愛く思えてしまう。
オルトレイは大きな包丁でケーキを切り分けると、
「ほれ娘よ、1番でかいのやるから味わって食え」
「わーい」
「子供か」
「いいだろ別に」
大きめに切られた誕生日ケーキをお皿に載せ、ユフィーリアは真っ直ぐにリビングのソファに向かう。ソファの端っこを陣取ると、早速とばかりに生クリームが塗られたスポンジをフォークで切り分ける。
口に入る程度の大きさに切り分けられたスポンジをフォークで突き刺し、ユフィーリアは幸せそうな表情で口に運ぶ。甘いクリームを目一杯堪能して嬉しいのか、ポコポコと背後で小さな花が飛んでいるような幻覚が見える。
そんな天才俳優の大ファンであるショウは、感慨深げに天井を見上げた。あまりの可愛さに涙が出そうである。
「てえてえ……」
「この光景を脳裏に焼き付けようねぇ」
「大丈夫? オレの足、ちゃんとある?」
「おねーさんもこれって夢じゃないかと思うのヨ♪」
「何をしとるんだ、お前たちは」
何故か娘を拝み始めるショウたちに、オルトレイは呆れたような口調で言う。
オルトレイから「ほら、行ってこい」と切り分けられた誕生日ケーキを押し付けられる。行ってこい、ということは今もなお空いた状態であるユフィーリアの隣に行ってこいという意味なのだろうか。
それは非常に恐れ多い。一緒の家で同じ空気を吸っているのに、至近距離で
それは非常に恐れ多い。一緒の家で同じ空気を吸っているのに、至近距離で同じ誕生日ケーキを食べて「美味しいな」って言い合うのは大ファンを公言するショウからすればハードルが高いのだ。誕生日をお祝いできるだけで胸がいっぱいである。
せめて嬉しそうなユフィーリアを鑑賞しながら食べようかとショウは考えるのだが、
「立って食ったら行儀が悪いぞ」
気がつけば、誕生日ケーキを幸せそうな顔で頬張っていたユフィーリアの視線がショウたちに向けられていた。
「こっち来いよ」
ユフィーリアが示したのは自分の座るソファである。ペチペチとソファを叩いてわざわざ空いていることを示してくる。
彼女からすれば100点満点の善意で言ってくれていることだろうが、ショウたちからすれば聖域である。隣に座るなど烏滸がましい、床で正座して食べた方がマシだ。
しかし、
「ショウ、ハルア君。立って食べるのはさすがに行儀が悪いので座って食べなさい」
「と、父さん」
「正座して食べればいい!?」
「ユフィーリア君の隣が空いている訳だが。使わせてもらいなさい」
親の心、子知らずという諺がある。それの逆もまた存在するのではないだろうか。子の気持ちも親は理解していないとショウは嘆く。
キクガに「ほら」と背中を押されてしまい、ショウとハルアは止むなくソファを使わざるを得なくなってしまった。大ファンであるユフィーリアと超至近距離である。ケーキの味を楽しむどころの騒ぎではない。
同じようにアッシュから蹴飛ばされるようにして送り出されたエドワードとアイゼルネもまた、ユフィーリアと超至近距離で誕生日ケーキを味わう羽目になってしまったようだ。特にエドワードはアッシュへ恨みがましそうな視線を突き刺している。
ここでいつまで経っても座らないのはユフィーリアを悲しませてしまう。友達宣言をしてしまった以上、彼女を泣かせるような真似はしたくない。
「えっと、じゃあ失礼します」
「何でそんなに固くなってんだよ」
フォークを咥えたユフィーリアは「おっかしいの」と軽い調子で笑い飛ばす。
ショウはユフィーリアの隣に腰を下ろす。隣に憧れであるユフィーリアがいる事実に緊張してきた。ケーキの甘い香りに混ざって花のような匂いも感じるのは気のせいだろうか。
横一列で問題児がソファに並んだことで、ユフィーリアは満足したのか再びケーキに戻ってしまった。よほど美味しいのかパタパタと足元が忙しない。
「ユフィーリアさんは甘いのが好きなのぉ?」
「ああ」
場の空気が滞らないように、エドワードがユフィーリアに話題を投げかける。
彼女の反応から判断すると、相当な甘いもの好きと言えよう。ドラマ『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』ではそれほど甘いものが好きではない印象があったのだが、実際は違うようだ。
口の中に運んだケーキを咀嚼し終えてから、ユフィーリアは言う。
「甘いもの好きなんだけど、撮影では食べないように我慢してる」
「じゃあスイーツバイキングとか行ったりするの!?」
「ハルさん、危ない」
相方のハルアが身を乗り出して言うものだから、ショウは彼の首根っこを掴んでソファに引き戻す。憧れの人の前で無様な姿は見せない。
「行きたいには行きたいんだけど、ハードルが高いんだよな」
「じゃあ今度一緒に行こ!! オレとショウちゃん、美味しいお店いっぱい知ってるよ!!」
「一緒?」
「一緒!!」
瞳を瞬かせるユフィーリアに、ハルアは「ほら、これ!!」と自分のスマートフォンを見せる。
画面に表示されていたのは、ショウとハルアが休日を使って巡ったスイーツビュッフェの品々である。有名ホテルからチェーン店まで多岐に渡り、煌びやかなケーキの写真が並ぶ。それらの写真を眺めてユフィーリアは青い瞳を輝かせた。
万人を虜にしてきた快活な笑みを見せたハルアは、
「みんなで一緒に行けば怖くないよ!! オレら問題児でしょ!!」
「…………ん」
ユフィーリアは口元を緩ませると、
「お前らがいれば、怖くないかもな」
「じゃあ一緒に行こ!!」
「アタシでよければ」
さすが抜群のコミュニケーション能力と度胸があるハルアだ、簡単にユフィーリアとのお出かけの約束を漕ぎ着けてしまった。
お話もまとまったところで、ショウたちはまだ手付かずのケーキのスポンジにフォークを突き刺す。一口大に切り分けたそれを揃って口に運んだ。
ふわふわのスポンジと生クリームの甘さの相性が抜群である。クリームは滑らかで口当たりもよく、高級ホテルのパティシエが作ったと言われても納得できよう。これが手作りとは本当だろうか。
オルトレイ手製の誕生日ケーキを口にしたショウたちは、
「美味ッ!?」
「ホテルメイドじゃないの!?」
「一般家庭で出てくるクオリティじゃないワ♪」
「これは本当に手作りなのか……!?」
「大袈裟だなぁ、お前ら。親父の手作りの味だぞ」
手作りの領域を超える誕生日ケーキに驚愕する4人を、ユフィーリアは何でもない調子で笑うのだった。
☆
「仲良くなっているようで安心した訳だが」
「ハルアってのはコミュ力高えな」
「あんなに大勢に囲まれている娘を見るのは初めてだな。オレ感動しちゃう」
娘が新しく出来た友人に囲まれて楽しく過ごしている頃、オルトレイたち父親組三人衆はそれぞれ別でケーキを突いていた。
視線は本日の主役であるユフィーリアに固定されている。他人と会話をしてあれほど笑顔になることなど初めての出来事である。
オルトレイはスマートフォンを取り出し、
「時にキクガよ、聞きたいのだがな」
「何かね」
「お前の息子にこれを見せたら死ぬかな」
オルトレイがスマートフォンに表示したのは、1枚の写真である。
それは誕生日をお祝いされて嬉しそうに笑うユフィーリアの写真だ。写真に撮られること自体がそれほどなく、喜色満面の笑みは珍しいと言えよう。
キクガの息子であるショウやアッシュの息子であるエドワード、そしてハルアとアイゼルネはユフィーリアの大ファンを公言しているぐらいだ。しかもかなりガチである。こんなサービスショットを見せればどうなるか、火を見るより明らかである。
その写真をまじまじと眺めたキクガは、
「間違いなく死ぬと思う」
「よし、殺してやろう。あとで息子のアカウントを教えてくれ」
「いいだろう。息子がどんな反応を見せるのか私も気になる訳だが」
「テメェら、自分の子供で遊んでやるなよ」
呆れたように言うアッシュをよそに、オルトレイとキクガはとびきりの爆弾を用意していくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】ドラマではあまり甘いものは食べないのだが、無類の甘い物好き。逆にお酒は飲めないので撮影の時は酔っ払った演技をしなければならないので大変だった。その他、ホラー映画やホラーゲームが大好き。役とは真逆の性格。
【エドワード】ドラマと自分が違っているところは、雷が苦手ではないところと割と喧嘩っ早いところ。特に父親とは売られた喧嘩は必ず買う程度の仲。
【ハルア】ドラマと自分が違っているところは、疲れるので常時そこまでテンションが高くない。あと虫が掴めない。
【アイゼルネ】ドラマと自分が違っているところは、陸上競技が割と得意なところ。学生時代は陸上部で長距離選手とハードル選手を兼任していた。
【ショウ】ドラマと自分が違っているところは、普段着。メイド服ではなく和服、ちゃんと男性用。