【第5話】
「…………は?」
最初に口を開いたのは、ユフィーリアの方だった。
「え、なんッ、何で、ここに」
「オレが呼んだのだ。交友関係をフル活用したぞ!!」
オルトレイは用済みとなったクラッカーをゴミ箱に放り捨てると、ユフィーリアの肩を抱く。馴れ馴れしいと思ってしまうのだが、親子のスキンシップと判断すればいいのだろうか。
一方でユフィーリアは、自宅にショウたちがいることにまだ現実を認識できていない様子だった。オルトレイに肩を抱かれてもされるがままである。
オルトレイは「さあ!!」と明るい声で、
「お前の誕生日を祝おうではないか。今日はめでたい日だからな!!」
「ふんッ」
「あべしッ」
オルトレイの綺麗な顔面に、ユフィーリアの拳が突き刺さる。それはそれは華麗な右ストレートだった。
殴られたオルトレイはそのまま吹き飛ばされて壁に衝突。父親の手が離れたその隙を見計らって、ユフィーリアはその場から全力で逃げ出した。撮影現場でアクションシーンなんかも華麗にこなす場面を何度か目撃しているのだが、その高い身体能力が遺憾なく発揮されている。
跳ね起きたオルトレイは、殴られた頬を押さえながら「アホ娘!!」と叫ぶ。
「せっかく交流しやすいように同じ現場で共演している俳優どもを呼んだのに!!」
「オルト、ショウたちも動かない訳だが」
「なぬぃッ!?」
ユフィーリアがショウたちが自宅にいることに現実を受け入れられなかったことと同じように、ショウたちもまた現実を受け入れることが出来なかった。脳味噌が未だに思考を拒否している。
憧れであり、大ファンであるユフィーリアの無防備な姿を目撃してしまった。しかもここがユフィーリアの自宅であり、オルトレイはユフィーリアの実の父親だったのだ。彼が言っていた娘とはユフィーリア・エイクトベルのことであり、そして世間一般では公表されていないユフィーリアの誕生日が今日だったのだ。
オルトレイは「嘘だろう?」と言い、
「お前たち、表札を見なかったのか。ちゃんと『エイクトベル』と出ているぞ?」
「いや、あのぉ」
「普通に外観を見てたから表札なんか見なかったよね!!」
「ここってユフィーリアさんのお家だったのネ♪」
「し、知らなかった……」
途端にショウたちは自分の格好に注目する。
それなりの服装は選んだつもりだったのだが、まさか大ファンである天才俳優のご自宅にお邪魔するとは誰が思うだろうか。その現実を認識した瞬間に変な汗がぶわりと全身から噴き出してきた。あの天才俳優の前に出る、そして誕生日をお祝いするには些か地味な服装ではないか。
ついでに言えば、選んだ誕生日プレゼントも恥ずかしくなってきた。許されるなら今すぐ買い直したいところである。時間を戻すことが出来るなら、自分の横っ面を張り倒してブランドの店に連れ込む所存だ。
ショウはキクガに涙目で詰め寄り、
「何で言ってくれないんだ!? 何で言ってくれないんだ!?!!」
「ショウちゃんパパ、何で言ってくれないの!?」
「言ったら君たちはとんでもない誕生日プレゼントを用意してきそうだったからだが」
キクガはのほほんと笑いながら、
「ユフィーリア君はただでさえ人見知りが激しく、金銭感覚も庶民的で自らを『陰キャ』だの『地味』だの呼称する訳だが。高級なブランド品を誕生日プレゼントとして渡してみなさい、ユフィーリア君は恐怖で泣き崩れるぞ」
「何で知ってるんだ、父さん!?」
「それは赤ちゃんタレントの時からオルトとは知り合いだからな訳だが」
父親がまさかのユフィーリアの成長を見守っているとは想定外であり、非常に羨ましく感じてしまうのだが今は違う。この部分についてはあとでたっぷりと問い質すことにしよう。
今は逃げてしまった本日の主役をどうやって呼び戻すかである。ショウだってユフィーリアとは仲良くしたいのだ。大ファンで仲良くすることなんて恐れ多いのだが、それでも一俳優として仲良くなりたい。
同じく父親を締め上げていたエドワードは、
「どうするのぉ? ユフィーリアさん、どこかに行っちゃったけどぉ」
「外に出た雰囲気はないから、おそらく家の中だろうな」
オルトレイはリビングの外を顎で示すと、
「自室に案内しよう、ついてくるがいい」
☆
豪邸の2階に、それぞれの自室があるようだ。
階段を上ってすぐのところに『オルトレイの部屋』と書かれた札が下がった扉があり、その奥に行くと『ユフィーリアの部屋』と書かれた札が下がる扉が待ち受けていた。何故か妙に緊張してしまう。
オルトレイはユフィーリアの部屋の扉の前に立ち、
「おい、アホ娘。自室に引きこもるな」
扉をノックしながら部屋の主に呼びかけると、
――バァン!!
何かがぶち当たるような音が響いた。
これは完全に心を閉ざした証拠ではないだろうか。ショウたちはユフィーリアから拒否されてしまったのだ。
オルトレイは「全く」と呆れ、
「やい、キクガの倅よ」
「え、俺ですか?」
「お前以外に誰がいる。お前は娘の嫁だろう、お前の呼びかけには応じるのではないか?」
「でも……」
ショウは俯き気味に、
「ユフィーリアさんから拒否されたんじゃ……」
「アイツはいつだって、お前たちと仲良くしていと思っているのだ」
オルトレイはショウの肩を叩き、
「我が娘は人見知りでコミュ障だから、いつもお前たちに冷たい態度を取ってしまうことを悔いていた。本心は仲良くしたいと思っているのだ」
「…………」
「どうか娘を頼む」
父親としてのオルトレイの願いを受け、ショウは意を決してユフィーリアの部屋の扉の前に立つ。
心臓がドキドキと忙しない。コンサートの時、大勢の観客を前にしてもここまで緊張はしなかった。それなのに、たった1人の女性に声をかけるだけでも心臓がはち切れそうだ。
震える手で拳を握り、ショウは軽く部屋の扉を叩いた。
「ユフィーリアさん。俺です、アズマ・ショウです」
部屋からは何の音も聞こえてこない。
「突然、お邪魔してごめんなさい。オルトレイさんの娘さんが貴女だってことを、つい先程知ったんです」
部屋の中にいる彼女に、どうか届くようにとショウは慎重に言葉を選んでいく。
「でも、俺はユフィーリアさんと仲良くなりたいんです。演技にストイックで、世界観を大切にするから原作もちゃんと読み込んで、真摯に役へ向き合っている貴女と、もっとたくさんお話がしてみたいです」
だから、とショウは最後にこう言葉を締め括った。
「どうか俺と――俺たちと、お友達になってもらえませんか?」
さあ、ユフィーリアの反応はどうだろうか。
悪い言葉ではなく、嘘もない。紛れもなく本心だ。ユフィーリアの心に響くといいのだが。
ところが、
――バァン!!
扉の向こうから聞こえてきたのは、拒否を告げるような音だった。
「ぁ……」
「いや待て、倅。少し下がれ」
絶望するショウを押し退けて、オルトレイが再び扉の前に立つ。何をするのかと思えば、扉に耳をそば立てていた。
部屋の中の様子へ聞き耳を立てていたオルトレイは、すぐにパッと扉から距離を取る。それからショウたちに「もう少し下がれ」と言ってきた。
部屋の中の様子を伺っていたオルトレイは、
「まずい、着替え中だった」
「え?」
「お前の呼びかけにも応じなかったのは『入ってくるな』って意味合いだったろうよ。現に今も『何で地味な服しか持ってねえんだよ』とか『もうちょっと可愛いのとか買っとけよ』とか言っているからな」
「それって」
「うっかり入れば下着姿のアイツとご対面だったな。危なかったな、拒否してくれなければ強行突破するところだった」
最悪の未来を回避してくれたのは他でもない、ユフィーリアだったのだ。とりあえず、拒否されたのではないと知って安堵する。
それからしばらくして、ようやくユフィーリアの自室の扉が開いた。
僅かに顔を覗かせるユフィーリアのジト目が、部屋の扉の前で待っていたショウを射抜く。そこに鋭さや冷たさはなく、どこか緊張気味な様子だった。
「おい」
「あ、は、はい」
「今の本当か」
「え」
「その」
ユフィーリアはモニョモニョとした小声で、
「と、友達になりたいって」
伺うような口振りに、ショウは「はい」と迷いなく答える。
「本当です。あの言葉は、俺の本心です」
「…………」
ユフィーリアはパタンとまた部屋の扉を閉ざしてしまった。
拒否されたのかと思ったが、今度はちゃんと姿を見せてくれる。
その格好は先程のリラックスムード漂う部屋着ではなく、簡素な黒いタートルネックセーターと細身のジーンズという彼女らしいシンプルな装いだった。慌てて着替えたのか、艶やかな銀髪もややボサボサ気味である。
ユフィーリアは恥ずかしそうに視線を彷徨わせると、
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」
ぎこちなく、ショウに手を差し出してきた。
「はい、こちらこそ!!」
満面の笑みを浮かべたショウは、差し出されたユフィーリアの手をそっと握り返すのだった。
《登場人物》
【ショウ】本心はユフィーリアと仲良くしたい。今日がユフィーリアの誕生日と知っていれば祭壇を用意していただろう。
【ハルア】おそらくユフィーリアの誕生日を知っていれば、ショウが用意した祭壇の前で狂喜乱舞していた。
【エドワード】何でもっとよく考えてプレゼントを用意しなかったんだと過去の自分を殴りたい。
【アイゼルネ】自分がプロデュースした下着なんて送られて喜ぶか不安。
【オルトレイ】キクガ、アッシュとはドラマ撮影時から交流がある。娘のためを思って今回のサプライズゲストを考えた。
【キクガ】ユフィーリアのことは赤ちゃんタレントの頃から知っている。物心ついた頃から分かっているので、近づいてもユフィーリアから逃げられない数少ない人物。
【アッシュ】ユフィーリアのことは赤ちゃんタレントの頃から知っている。強面だが幼い頃から知っているので、ユフィーリアが人見知りを発動しない数少ない人物。
【ユフィーリア】友達できた、嬉しい。




