【第4話】
招かれたオルトレイの自宅は開放的だった。
大きな窓から陽の光が差し込み、電灯がなくても明るいリビング。窓の向こうに広がる庭は家庭菜園からバーベキューセットまで存在しており、ホームパーティー向けであることが伺える。
オープンキッチンは特にこだわりが強いのか、道具から家電に至るまで高性能な代物ばかりだ。家主であるオルトレイはかなりの料理好きなのか、一体何に使うのか不明な調理器具まで揃っている。
開放的なリビングを前に、ショウは思わず「ほへえ」という情けない声を漏らしてしまった。日本家屋に住むショウとはまるで違う世界である。
「凄い広いねぇ」
「走り回れるね!!」
「ハルちゃん、本当に走り回ったらダメなのヨ♪」
自宅ではあまり見かけない光景に興奮気味のハルアだが、エドワードに首根っこを掴まれて大人しくなっていた。さすが未成年組のお兄さんと呼ばれるだけある。
アイゼルネは「凄いワ♪ 家具も外国のものネ♪」などと驚いていた。しかも有名なブランドの家具で全体的に揃えられているらしい。普段からブランド物に詳しいと思っていたが、どうやら家具などの調度品にも精通しているようだ。
客人であるショウたちをリビングに通したオルトレイは、
「風船などで飾り付けたいところなのだが、娘は『陽キャの匂いがするから嫌だ』と頑なに拒否されてしまってな。ただでさえ客人を招くことを嫌がるから、今回ばかりはクラッカーだけで我慢しようかと思ったのだよ」
ほれ、とオルトレイが大量の紙袋をリビングのテーブルに置く。
中身は大量のクラッカーだ。しかもメーカーが違うもので取り揃えられており、キラキラした紙吹雪が飛び散るものや紙テープが飛び出してくるものまで多岐に渡る。ここまで大量にクラッカーを用意されても祝うという領域を超えているような気がする。
この数え切れないほどのクラッカーを前に、ハルアが琥珀色の瞳を輝かせた。こういうパーティーグッズが好きなハルアにとって、大量のクラッカーは「遊んでください」と言っているようなものである。
紙袋に詰め込まれた大量のクラッカーを目の当たりにしたキクガは、
「これほど鳴らせば娘さんは心臓が止まるのでは?」
「アイツ、クラッカー好きだから大量に用意した。鳴らすのも楽しいらしい」
「だからってやり過ぎなのではないのかね」
「これほど用意せねばやった気がしないだろうに」
苦言を呈するキクガとは対照的に、オルトレイは軽い調子で笑い飛ばす。彼の話を聞いていると、一体どんな娘なのか想像が出来ない。
天才俳優であるユフィーリア・エイクトベルのことを嫌い、何故かクラッカーが好きという謎めいた人物だ。もうどういう人となりをしているのか分からない。
オルトレイは「さて」と言い、
「料理も準備したし、ケーキも用意したから娘の帰りを待てばいいだけだ。あとは配膳を多少手伝ってほしいぐらいだな」
「それほど早く帰ってくることがあるんですか?」
ショウはリビングに壁時計を確認してしまう。
時刻はお昼の時間帯を過ぎ去った頃だ。遅めの朝食を取ってきたのだが、そろそろ小腹が空いたと思う具合である。今日が誕生日である娘さんは夜に帰ってくるにしても集合がやたら早い気がする。
オルトレイは「ああ」と頷き、
「娘は演技の仕事をしていてな、仕事の出来具合から早めに解放されるかもしれん。そうなった時の為に集合を早めておいたのだ」
冷蔵庫の扉を開けたオルトレイは、
「まあ、タダ働きさせようとは思わん。昼食ぐらいは用意しようではないか」
「何すんの!?」
「ピザでも焼こうかと思う。この時間帯から食べても夕飯ごろになれば消化されているだろうよ」
ハルアが「ショウちゃん、ピザだって!!」と年相応にはしゃぐ。今日が主役であるオルトレイの娘さんよりも、もしかしたらはしゃいでいるかもしれない。
オルトレイは次々と冷蔵庫から食材を取り出していく。すでに用意されていただろうピザの生地とハムや玉ねぎなどと言った具材、それからピザ用のチーズが大きめの袋でドサッと目の前に置かれる。具材はすでに切られているし、豊富な種類が用意されているので最初からピザを焼くつもりだったのだろう。
ラップに包まれたピザ生地をまな板の上に広げながら、オルトレイはショウたちに命じてくる。
「さあ野郎ども、まずは手を洗ってくるがいい。荷物は適当な場所に置いておけ!!」
「行こ、ショウちゃん!!」
「わ、ハルさんいきなり腕を引っ張られると危ない!!」
「ハルちゃん走らないのよぉ」
「ピザではしゃげるなんて可愛いワ♪」
相方のハルアに手を引かれ、ショウはオルトレイ宅の洗面所に連行されるのだった。
☆
「お、娘がもうすぐで家に着くそうだ」
オルトレイのスマートフォンに娘さんからのメッセージが受信されたようだ。
見ず知らずで、しかもショウが大ファンであるユフィーリア・エイクトベルのアンチを謳う娘さんだ。ちゃんと祝えるか不安だが、客人として誕生日パーティーに呼ばれた以上は役目を果たそう。これは仕事だと思えば何倍もマシだ。
いそいそと忙しないオルトレイは、
「お前たち、クラッカーを持って待機していろ。娘は帰ってからまず着替えてくるから少々時間がかかるが、必ずリビングに引っ張り込んでくるぞ!!」
「そんな使命感に駆られることか?」
「喧しいわ、アッシュ。娘の人見知りを舐めるなよ」
オルトレイは「では玄関で出迎えてくるからお前たちは待機していろ!!」と言い残して、リビングを出て行ってしまった。
残されたショウたちはクラッカーを片手に待機である。
どんな娘さんだろうか。一応は芸能人の端くれであるショウがお祝いしても喜んでもらえるのだろうか。出来れば抱きつかれたりとか、激しいスキンシップは止めてもらいたいところである。
しかも相手はユフィーリアのアンチだ。何かの拍子で喧嘩をしそうである。
「ちゃんとお祝いできるか心配なんだけどぉ」
「ユフィーリア・エイクトベルのアンチだもんね!!」
「おねーさん、ここにいてもいいのかしラ♪」
「喧嘩をしないか不安だ……」
「そこまで心配をする必要はない訳だが」
キクガは慈愛に満ちた眼差しをショウに向け、
「君はきちんと祝えることが出来る訳だが」
「そうだろうか……」
不安を胸に抱くショウの耳に、ガチャンという玄関の扉が開く音がする。それからオルトレイの「お帰り、我が娘よ!!」という元気な出迎えが鼓膜を震わせた。
廊下とリビングを繋ぐ扉の向こうで人影が2つほど揺れ、片方は上に消えていく。足音が徐々に遠ざかっていったので、2階に引っ込んだと見ていい。
遅れてリビングに戻ってきたオルトレイは、自分用のクラッカーを装備する。
「娘が帰ってきた。皆の者、クラッカーの用意だ!!」
「テンションが高いな、テメェ」
「喧しい、娘に友達が出来るかもしれん瞬間に立ち会えるのだぞ。28年間生きてきて友人のゆの文字すらなかった奴が、初めて、友達を作るかもしれんのだぞ」
ドスドスとアッシュの脇腹を小突いて威嚇するオルトレイ。
父親からすれば、娘が友人を作れる瞬間に立ち会えるということが嬉しいのだろう。アンチの友人になるとは少しばかり心苦しいが、根気よく布教活動をしていけば分かり合えるかもしれない。そう願うばかりだ。
そして、ようやくその時が訪れる。
「お」
オルトレイが声を上げた。
扉の向こうで人影が揺れる。娘さんが入ろうかどうかと悩んでいる様子だ。
磨りガラス越しに揺れているその人物は、覚悟を決めたのかリビングの扉に手をかける。ドアノブがゆっくりと下がり、扉が開かれた。
その姿を完全に認識するより先に、ショウたちは一斉にクラッカーを鳴らした。
「誕生日おめでとうございます」
「おめでとぉ」
「おめっと!!」
「お誕生日おめでとウ♪」
「誕生日おめでとう」
「誕生日おめでとうさん」
「誕生日おめでとう、我が娘よ!!」
何発も連続して響き渡るクラッカーの音、舞い散る紙吹雪と紙テープ。火薬の匂いが鼻孔を掠める。
扉から姿を見せたその人物を認めた時、ショウたちの思考回路が停止した。何故なら、この場で最も想像できない人物だったのだ。
女子が好みそうなふわふわとした部屋着と、その下に着込んだ白いキャミソール。豊満な胸や白い太腿などを大胆に晒して、完全にリラックスした格好である。
艶やかな銀髪を緩く三つ編みにし、細いフレームの眼鏡の向こう側に隠された青色の双眸は驚きで見開かれている。人形のような顔立ちにはすでに化粧などされておらず、しかしながら化粧を落としてもなお目を見張るほどの肌の白さと美貌である。
ユフィーリア・エイクトベル――天才俳優と名高い彼女が、そこに立っていた。
《登場人物》
【ショウ】ユフィーリアの大ファンを公言するアイドル。アンチの誕生日を祝うつもりが、まさかの本人登場で混乱。
【ハルア】今日ってユフィーリアのアンチの誕生日だと聞いていたのだが、まさかのご本人登場で唖然。
【エドワード】形だけのお祝いを述べたら本人が登場した。夢かな?
【アイゼルネ】ユフィーリアのアンチと聞いて覚悟はしていたが、まさかの本人登場でどうしたものかしラ♪
【キクガ】ショウの実父。ユフィーリアの件はオルトレイから緘口令を敷かれていたので黙っていた。
【アッシュ】エドワードの実父。ユフィーリアの件はオルトレイから「黙っていろ」と釘を刺されたので黙っていた。
【オルトレイ】ユフィーリアの実父。4人が娘の大ファンであることは知っていたので、こうしてサプライズを仕掛けた。
【ユフィーリア】天才俳優。今日が誕生日だが、サプライズゲストを呼ばれていたことをすっかり忘れてだらけた姿で登場した。