【第3話】
10月31日である。
「父さん、これからどこに行くんだ?」
「何かプレゼントも言われた通りに用意したけど!!」
車の中に、ショウとハルアの声が響き渡る。
実は昨日、ショウの実父でありハルアの保護監督責任を持つアズマ・キクガが「女の子向けのプレゼントを用意してほしい訳だが」などと言い出したのだ。仕事の帰りだったものだから急いで閉店間際の雑貨屋に飛び込み、女の子が喜びそうなプレゼントを用意した次第である。
どうしてプレゼントを用意するのか、そしてこれは誰に宛てたプレゼントなのか理解していない。年齢も容姿も分からないので、目の前にあった髪飾りを2人でお金を出し合って購入したのだ。働いているとはいえ、ショウとハルアはまだ未成年なので可愛いものである。
車を運転するキクガは「すまないな」と謝罪し、
「実は友人の娘さんが誕生日な訳だが。誕生日パーティーに呼ばれてしまったから、用意する必要があった」
「ええと、それは俺たちも呼ばれているのか?」
「ショウちゃんパパだけが呼ばれてるんじゃないの!?」
「その友人からも『祝ってくれる人数がいればいるほどいい』と言われてしまった訳だが。今日ばかりは協力してほしい」
キクガに言われてしまっては仕方がない。彼が言うのだから、それほど大事な友人なのだろう。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせる。
考えられる事項としては、芸能人と知り合いであることを盛大に活用した忘れられない誕生日パーティーを企画していることだろうか。芸能人がいるだけでパーティー会場も華やかになるものだ。一生に一度限りのお祝いなのだから、派手にやりたいのだと予測できる。
「まあ、ショウちゃんパパが言うなら仕方がないね!!」
「ああ。父さんのお友達の娘さんを喜ばせてあげたい」
「さすがアイドルの鑑な訳だが」
人気急上昇中ということもあるが、ショウとハルアは基本的に他人へ夢を売る『アイドル』の仕事をしている。他人を喜ばせることが本懐だ。
だから今回も、まだ見ぬ父の友人の娘とやらを喜ばせるのは当たり前である。アイドルなのだから夢と愛を売ってナンボだ。
すると、キクガは唐突に道路沿いで車を停める。都会のビルが乱立するど真ん中で、一体何をしようと言うのか。もう到着したのか。
「アッシュ、こちらだ」
「おう、悪いな。ウチの倅とツレを待ってたら遅くなった」
キクガが車の窓を開けて外にいる人物に呼びかけると、その相手が助手席に乗り込んできた。
筋骨隆々とした男性である。短く切り揃えられた灰色の髪と鋭い双眸はまるで狼を想起させ、口の端から覗く犬歯が狼らしさをさらに後押ししてくる。気さくに父親と話しているものだから、彼の娘を祝うことになるのだろうか。
遅れて、ショウとハルアが乗る後部座席の扉も外側から開けられた。
「あれぇ、ショウちゃんとハルちゃんじゃんねぇ」
「こんにちハ♪」
「エドワードさん、アイゼルネさん」
扉の向こうから顔を覗かせたのは、ドラマ『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』でも共演しているエドワードとアイゼルネだ。どちらも今日は休日だったのか私服姿である。
ショウとハルアが座る助手席の後ろにもう1つの助手席があるので、ショウは背もたれを折り畳んで「どうぞ」とエドワードとアイゼルネの2人を車内に誘う。エドワードは見上げるほどの巨躯を一生懸命に縮めて車に乗り込み、アイゼルネはその隣に腰を下ろすなり「狭いワ♪」とエドワードに苦情を入れる。
ハルアは自分の後ろにある座席へ振り返り、
「エドとアイゼもお呼ばれしたの!?」
「そうだよぉ、父さんのお知り合いの娘さんが誕生日だって言われてぇ」
エドワードはやれやれと肩を竦め、
「今日いきなり『女の子に似合うプレゼントを買え』とか言われて引き摺られてきてさぁ、分かんないからスポーツブランドから出してるカーディガンにしちゃったぁ。フリーサイズだから大丈夫だと思うよぉ」
「おねーさんも、自分でプロデュースしている下着メーカーのキャミソールにしちゃったワ♪ 部屋着として女の子の人気が高いのヨ♪」
「お2人もですか」
ショウは驚く。
アイドルとして活躍するショウとハルアならまだしも、筋肉系俳優のエドワードとセクシー路線で売り込むアイゼルネまで呼ばれるとなると共通点が『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』しか思いつかない。父の友人の娘とやらは、あのドラマを観ているのだろうか。
観ているのだとすれば、ここに主役がいないのがおかしい。『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』だけではない、様々なドラマや映画で主役を張るあの天才俳優がいなければ始まらないのではないか。
滑らかに運転を再開させた父親に、ショウは問いかける。
「父さん、招待された人の共通点が同じドラマの共演者しかないのだが」
「おや、そういえばそうだが」
「ここに主演がいないのはおかしくないか? 主演は1番人気があるし」
「ああ」
キクガは納得したように言うと、
「ユフィーリア・エイクトベルだったかね。彼女、あの主演が嫌いらしい」
「だな」
父の隣に座る筋骨隆々とした男――アッシュと呼ばれていただろうか――も同調する。
ショウの思考回路が停止する。
ユフィーリア・エイクトベルが嫌いだと? ドラマ『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』はユフィーリアの努力があってこそだ。どれほど難しい役柄であっても完璧にこなすことが出来る天才俳優を、ユフィーリアのことが嫌いだと?
世の中にはそう言ったアンチも多いのだが、まさかショウたちが大ファンであるユフィーリアのアンチの誕生日をお祝いすることになろうとは想定外である。
「父さん、今すぐ帰りたい」
「ショウちゃんパパ、悪いけど素直にお祝いできないよ」
「ここで降ろせ」
「降ろしてちょうだイ♪」
「それは出来ない相談な訳だが」
ショウたちの要求はキクガに聞き入れてもらえず、車は都会の街中を走り抜けていくのだった。
☆
案内された先は閑静な住宅街に建つ大きな一軒家である。
「ここがそうだ」
「…………」
「機嫌を直しなさい、ショウ」
不機嫌そうに車を降りるショウとハルアたちに、キクガが一喝する。
あれからショウたちの機嫌は急降下である。ユフィーリアのアンチの誕生日など誰が祝いたいものか。
ショウやハルアたちはユフィーリア・エイクトベルの大ファンであり、彼女を通じて仲良くなったほどだ。今では『主演のユフィーリアを見守る会』という同盟まで結成し、定期的に情報を交換するほどだ。
それなのにこの仕打ちである、用意したプレゼントを投げつけて帰りたい。
「ショウ、こう考えるのはどうかね」
「父さん?」
ご機嫌斜めなショウに、キクガが提案をしてくる。
「相手はユフィーリア君のことを嫌いだと公言しているが、君たちが彼女の良さを伝えてあげなさい。布教活動はファンにとっても大事な訳だが」
「ッ!!」
まさに天啓である。
そうだ、ショウはユフィーリアの大ファンである。ファンならばアンチに負けず布教活動をするのが最適だ。アンチをファンに洗脳してやればいいだけだ。
ショウは握り拳を作り、
「父さん、俺はアンチをファンに洗脳して見せるぞ」
「その意気だとも」
「物騒な話をしてねえで、行くぞ」
アッシュに促されたキクガは、門扉に取り付けられたインターフォンを鳴らす。
きんこーん、というチャイムの音がかすかに聞こえてくる。それから遅れて豪邸の扉が内側から開かれた。
姿を見せたのは黒髪で黒眼が特徴的な外国人の男性である。黒髪黒眼とくれば日本人のような印象を受けるのだが、よく見ると相手の瞳は青みがかった黒い瞳だ。顔立ちも整っており、美丈夫と呼べる。
豪邸の家主であろうその男は、キクガとアッシュの姿を認めるとその綺麗な顔立ちに笑顔を浮かべた。
「よーく来たなぁ!! はははははははは!!」
「オルト、今日は招待してくれて感謝する」
「なぁに、こっちも参加に応じてくれてありがたい。何せ娘がもう人見知りをするし視線が怖いとか言い出すし情けなくてなぁ。そろそろ友達の1人でも作らせんと心配で死にきれん」
「君、至って健康だろう。死ぬのかね?」
「戯けが、健康診断もオールパーフェクトだぞオレは。舐めるでない」
キクガと軽い調子でやり取りを交わしていた男は、ショウたちに視線をやると穏やかな笑みを向ける。
「娘の誕生日パーティーに来てくれて感謝する。オレはオルトレイだ、キクガとアッシュは旧知の仲でな」
黒髪の美丈夫――オルトレイはショウたちへ手招きし、
「さあ入れ!! 娘が仕事のうちにパーティーの準備を済ませるぞ!!」
《登場人物》
【ショウ】天才俳優ユフィーリア・エイクトベルの大ファンを公言するアイドル。それなのに今日はアンチの誕生日を祝わなければいけないのかと絶望。
【ハルア】天才俳優ユフィーリア・エイクトベルに憧れるアイドル。ショウとは仲良し。
【エドワード】ショウとハルアの未成年組を弟のように可愛がる筋肉系俳優。スポーツ用品店はよく行く場所。
【アイゼルネ】元セクシー女優の経歴を持つ異例の俳優。自分がプロデュースする下着ブランドがある。
【キクガ】日本舞踊の講師を務めるショウの父親。テレビでは何度か芸能人の格付け的なアレに呼ばれた。
【アッシュ】エドワードの父親。本職はトラックドライバーだが、一度だけドラマに出たことがある謎の経歴がある。
【オルトレイ】キクガ、アッシュと親交がある青年。ドラマ『冥府総督府の今日の事件!?』に出演していた。




