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【第2話】

 撮影スタジオの地下駐車場に行くと、見慣れた車が停まっていた。



「おお、我が娘よ。お疲れ様!!」



 そう言ってユフィーリアを出迎えたのは、黒髪黒眼だが日本人離れをした顔立ちの美丈夫である。見た目は20代と言ってもいいのだが、その中身は御年55歳のおっさんだ。

 オルトレイ・エイクトベル――ユフィーリアの血の繋がった実の父親だ。元々は芸能界で俳優の仕事をしていたのだが、一般人の母親に一目惚れをして芸能界を引退。母親が死んだあとは日本でユフィーリアを育ててくれた、まあ一応は尊敬できる父親だ。


 ユフィーリアはテンションの高い父親に嫌な顔を見せると、さっさと車の助手席に乗り込む。



「何だ何だ、今日はやけに機嫌が悪いではないか」


「うるせえ」



 ユフィーリアは態度悪く吐き捨てると、



「今は自己嫌悪タイムなんだよ」


「あれか、共演者から食事に誘われたが人見知りとコミュ障を発揮して冷たい態度で断ってしまったか」


「見てたか?」


「大体予想できる。娘だからな」



 オルトレイは運転席に乗り込むと、慣れた手つきで車のエンジンをつける。



「そろそろ、そのコミュ障もどうにかして直した方がいいのではないか?」


「直せるなら苦労はしねえよ……」



 ユフィーリアは深々とため息を吐く。


 どうしても他人の視線を受けてしまうと、上手に喋ることが出来なくなってしまうのだ。演技ならば最初から台本が決まっており、役になりきることで乗り切ることが可能なのだが、カメラが回っていないと途端に何を話せばいいのか分からなくなってしまう。

 幼い頃からその繰り返しなので、友達も出来た試しがない。何とかして直したいところではあるのだが、直そうという努力を見せる前にまた冷たい態度を取って自己嫌悪に陥ってしまうのだ。


 鞄から自分のスマートフォンを取り出したユフィーリアは、



「メッセージアプリも親父以外の連絡先は企業公式のアカウントだけだし」


「スキャンダルの心配がなくてオレは大変にっこりしているぞ」



 オルトレイは滑らかなハンドル捌きを見せつつ、



「SNSなんかはやらんのか?」


「親父が運営してくれてるものだけでいい」



 ユフィーリアは首を横に振る。


 芸能人だからSNSのアカウントでも作ればファンとの交流が出来るだろうが、アカウントそのものは運用されているもののユフィーリアは一切関わっていない。全てマネージャーであり広報担当も担う父親のオルトレイ任せである。

 脆弱な精神を持っているのだから、悪意溢れるSNSなど見た日には首を括る自信がある。陰キャにアンチコメントはきついのだ。


 オルトレイは納得したように頷き、



「まあ、それがいいだろうな。良くも悪くもSNSは情報が氾濫している、お前の目に留まって演技力が低下すれば元も子もないからな」


「だろ」


「でも、お前の演技力に救われたというファンがいることもまた事実だ。そう言った連中の救いに、憧れの的になるべきなのだ。お前にはその才能があるのだから」


「救いか」



 ユフィーリアは窓の向こう側を流れていく摩天楼を眺める。


 たかが演技で誰を救えるのか。憧れの対象となるならばまだ分かるが、救いになるというのはまるで実感が湧かない。

 実感が湧かないのだが、それはそれで悪い気はしない。少しでも何か思うことがあれば嬉しい限りだ。



「まあでも『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』に救いなんかあると思わねえけどな。アタシ変顔してるだけだし」


「あれ本当に凄いよな。お前の表情筋ってどうなっている? オレを軽率に超えないでほしいのだが?」


「うるせえよ、お前は常時変顔だろうがよ」



 人気ドラマであるコメディー作品『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』にて主役を務める天才俳優は、変顔で誰かが救われる未来を想像してみる。何か想像できなかったので、すぐに止めた。



 ☆



「お前、もうすぐ誕生日だろう」


「ん、ああ」



 ユフィーリアはふっくらと炊かれた白米を口に運びながら、オルトレイの言葉へ応じる。


 10月31日はユフィーリアの誕生日だ。誰にも知られていない情報で、毎年の誕生日はオルトレイと2人きりで祝うことが通例となっている。

 この日はハロウィンと重なっているので、他の人がハロウィンにかまけているうちに誕生日を極少人数で楽しむのだ。もちろんその少人数というのは父親だけである。ユフィーリアに友人なんていないので、必然的に家族だけからのお祝いとなる。


 本日のおかずであるハンバーグを箸で器用に切り分けるオルトレイは、



「誕生日プレゼントは何がいい?」


「図書券」


「小学生の誕生日プレゼントじゃないんだぞ、戯けが」



 実用性のありそうなプレゼント内容を口にしたら、どうやらお気に召さなかった様子である。即座に一蹴されてしまった。



「いいじゃねえか、図書券。使うぞ」


「お前の給料で買え、いくら渡していると思っているんだ」


「あんまり見てない」


「この野郎、確定申告に必要なんだからちゃんと把握しておけ」



 呆れたオルトレイに、ユフィーリアは付け合わせとしてハンバーグの隣に添えられたにんじんのグラッセを口に運ぶ。ほんのりとした甘さが染み渡る。



「じゃあハンドミキサー」


「振り幅」


「この前使ってたら壊れちまったんだよ。メレンゲとか作るの大変なんだからな」


「確かにそうだけども」



 同じく料理をするオルトレイは「さすがに手動で生クリームを泡立てるのも疲れるんだよなぁ」などとぼやく。


 ユフィーリアのほしいものなど、大体が図書券か家電ぐらいである。化粧にも興味はなく、衣類は着れれば何でもいいのでプチプラを選ぶ始末だ。休みの日はほとんど家に引きこもってお菓子作りか読書に勤しむだけで、気が向いたら大型スーパーで大容量の食材を買い込む程度である。特に大型スーパーは行って楽しい、見て楽しいのでユフィーリアにとってのテーマパークである。

 他にほしいものなど思いつかない。趣味じゃないものをもらっても使わないだけだし、もし父親からそんな趣味じゃないものをもらおうものならぶん投げている自信がある。さすがにそんな面白くないことをするような父親ではないと信じている。


 ユフィーリアは「じゃあ分かった」と言い、



「圧力鍋がいい」


「たっけえ」


「いいだろ、別に。何か色々作れるぞ」


「まあ、そうなったらオレも使えるからいいか……」



 オルトレイは「いいぞ」と許可を出し、



「メーカーに指定は?」


「いいものがほしい」


「曖昧に言ってくれやがる。燃えてきちゃうだろう」


「親父ならそう言うと思った」



 やれやれとユフィーリアが肩を竦めると、オルトレイが思い出したように「そうだ」と口を開いた。



「今年の誕生日にはサプライズを仕掛けようと思う」


「え」



 ユフィーリアは嫌な顔をする。


 サプライズと言えば陽気な連中がキャッキャと騒ぎながらやるようなアレであろうか。生まれてから陰の道を突き進んでいる孤高の天才俳優には少々気を使うイベントである。

 予告してくれているからまだ心構えは出来るが、そんな明るいキャッキャとはしゃぐような歳ではない気がする。出来れば大人しくしていたいし、大人しくしてもらいたい。


 娘からのジト目を受けたオルトレイは、



「いや違うぞ、サプライズゲストだ」


「もっとやだよ」


「いいだろうが。そろそろ28歳になるのだから、そろそろコミュ障も直せ。オレの友人を呼んでやるから」


「今、お前を殺す完全犯罪の方法を考えてるから話しかけんなクソ親父」


「やってみやがれアホ娘」



 カーン、という鐘の音が脳内で響き渡る。それがエイクトベル家の取っ組み合い開始の合図だった。

 相手が男性だろうと実の父親だろうと全力の拳を振り抜くユフィーリアに対し、実の娘だろうと天才俳優で明日も撮影が控えていようと関係なしにオルトレイも飛びかかるのだった。


 あまりにも騒がしくしすぎたのか、近所から心配されたのは言うまでもない。

《登場人物》


【ユフィーリア】あらゆる役を演じることが出来る天才俳優。ただしカメラが回っていないと極度の人見知りを発揮し、他の演者を遠ざけてしまって一人ぼっちになりがち。本当は仲良くしたい。

【オルトレイ】ユフィーリアの実父。かつて俳優だったのだが、一般人であるユフィーリアの母親に一目惚れをして芸能界を電撃引退。現在はユフィーリアが所属する芸能事務所の社長兼マネージャーを務める。

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