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【第1話】

「カーット!!」



 監督の号令がスタジオ内に響き渡る。


 ごちゃごちゃとぬいぐるみやら書籍が置かれた用務員室の舞台セットに、スタッフが駆け寄る。小道具として置かれたぬいぐるみや書籍を片付けている様子だった。

 舞台セットとして置かれた椅子に座っていた役者たちは、監督の号令がかかると同時に表情を緩ませる。今回も非常に長丁場の撮影で疲労感があるのだろう、スタッフに飲み物を手渡される役者たちは揃いも揃って疲れ果てているように見えた。



「んー、今日も疲れたぁ」



 間伸びした声でそう言うのは、筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムである。

 31歳という遅咲きの俳優で、野生味溢れるワイルドな顔立ちと衣装の上からでも分かる屈強な肉体美が特徴的だ。身体能力も高く、スタントマンなしでアクションシーンなどの撮影も難なくこなすのでドラマや映画などに最近出始めたのだ。他に屈強な肉体を生かしたモデル活動などもしており、写真集なども出している。


 大きく伸びをするエドワードは、



「ショウちゃんとハルちゃんもお疲れ様だねぇ」


「今日は長かったね!!」



 エドワードの言葉に応じたのは、溌剌とした笑顔を見せる少年――ハルア・アナスタシスだ。

 人気急上昇中の男性アイドルデュオ『馬と鹿』に属する18歳のアイドルである。高い身体能力と抜群の歌唱センスを持ち合わせ、愛嬌のある笑顔で多くのファンを獲得している。しかしながら奇跡的な馬鹿と謳われ、相方と共にクイズ番組やバラエティ番組などに多数出演している。


 お茶のペットボトルの中身をあっという間に飲み干したハルアは、爽やかな笑顔で相方の少年に振り返る。



「ショウちゃんも絶好調だったね!!」


「台詞をたくさん読み込んできた甲斐があった」



 ハルアの言葉に笑顔で答えたのは、女装メイド少年――アズマ・ショウだ。

 日本舞踊の先生である父親を持ち、人気急上昇中のアイドルデュオ『馬と鹿』に所属する15歳のアイドルである。歌唱センスと身体能力は言わずもがな、まだ若いながらも豊富な知識量は大人顔負けと言わしめるほどの実力を持っている。ハルアと共にクイズ番組やバラエティ番組などに呼ばれることが多い。


 ひらひらしたメイド服のスカートを摘むショウは、



「スカートの裾が長いから足を引っ掛けちゃいそうだ」


「ショウちゃんはいつもメイド服だものネ♪」



 頭部を覆う南瓜のハリボテを脱ぎながら、扇状的なドレスが特徴の美女――アイゼルネは楽しげな口調で言う。

 セクシー女優から俳優に転身した異例の経歴を持つ美女で、抜群のスタイルを活かしたセクシー路線のキャラクターを演じることが多い。本人の演技力は突出しており、そのメリハリのある身体とは対照的にカメレオンの如く役柄を変えるので固定のファン層がいるのだ。ただし本名は絶対に明かすことはなく、芸能界でも禁忌とされている話題だ。


 ボサボサになった緑色の髪を手櫛で整えるアイゼルネは、その薄い腹をさすりながら「お腹が空いちゃったワ♪」と呟く。



「今日は何も食べてないのヨ♪」


「アイゼさん、撮影の準備で時間がかかりましたもんね」


「また減量中なの!?」


「違うわヨ♪ 食べてもその分、運動しているもノ♪」



 ショウとハルアの言葉に、アイゼルネは「やーネ♪」と軽い調子で笑う。



「あ、じゃあこのあとみんなでご飯行こうよぉ。俺ちゃん、もう撮影ないしぃ」


「肉!?」


「ハルちゃんが好きなだけじゃんねぇ。まあいいけどぉ」



 両手を上げて「やったー!!」と喜びを露わにするハルアに、エドワードは肩を竦める。ショウも一緒になってはしゃぐので、やはり未成年組の元気さは尽きない。

 アイゼルネもまた演者同士での食事会に賛成のようだ。異議を唱えることはなく、はしゃぎ回る未成年組を微笑ましそうに眺めている。


 エドワードは舞台セットから視線を外し、



「ユフィーリアさんもどうですかぁ?」


「一緒に行こう!!」


「どうかしラ♪」


「ぜひ行きませんか?」



 4人の演者が誘った相手は、早々に舞台セットから降りた銀髪碧眼の美女――ユフィーリア・エイクトベルである。

 透き通るような銀髪と色鮮やかな青い瞳、人形めいた顔立ちは万人の視線を釘付けにするほど浮世離れした美しさがある。だがその見た目とは対照的に馬鹿な役柄や敵役、探偵に医者に学生などと様々な役柄を演じることが出来るので天才俳優と呼ばれている。今回の撮影では主役に抜擢されるほどだ。


 撮影での役柄は物事を『面白い』か『面白くない』かで判断する魔女で、身内には面倒見のいいサッパリとした性格なのだが、カメラが止まった途端にその性格が180度反転する。



「今日は用事があるから」



 ユフィーリアはそれまで仲良く役を演じていた4人に氷のような態度で応じると、さっさとスタジオをあとにしてしまった。


 そう、様々な役柄を演じることが出来る天才俳優のユフィーリア・エイクトベルだが、カメラが回っていない場所ではあのように冷たい態度を取るばかりである。どれほど共演者が仲良くしたいが為に距離を縮めようとしても、向こうから突き放されてしまうのでいつも彼女は1人ぼっちである。

 先程の冷たい態度であしらわれた光景を目撃していたのか、スタッフも苦笑いしていた。この撮影が始まってから何度か見かける光景であり、断られるまでが恒例行事である。


 そしてこのあとに控えた出来事もまた想定の範囲内だ。



「あの冷たい眼差し、好きぃ……!!」


「ゾクゾクしちゃう!!」


「やっぱり素敵だワ♪」


「撮影を一緒できるだけでも光栄だ……ありがとう世界……」



 エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人はその場に崩れ落ちる。


 別にユフィーリアからご飯のお誘いを断られたことがショックな訳ではない。これが通常の反応なのだ。

 彼らはあのユフィーリア・エイクトベルの大ファンであった。子役の頃から活躍する銀髪碧眼の天才俳優をテレビで見てきたので印象に残り、彼女のようになりたくて――あわよくば共演したくて芸能界を目指そうと志したほどだ。運が回って共演を果たすことになったのだが、どれほど相手から冷たい態度を取られてもファンからすればご褒美である。


 スタッフの面々は「またやってるよ」「飽きないね」などと言っている。このやり取りを何度も目撃してきているので、もう慣れてしまったのだ。



 ドラマ『ヴァラール魔法学院の今日の事件!!』の撮影現場は、大体こんな感じである。



 ☆



「ああああぁぁぁぁああああぃあああ」



 楽屋から変な声が聞こえる。


 その楽屋というのが『ユフィーリア・エイクトベル様』と紙が貼られたところである。つまり、あのカメラが回っていない場所では演者に冷たい態度を取る天才俳優のユフィーリア・エイクトベルにあてがわれた楽屋だ。

 そんな近づくことすら許されないような楽屋から、何ともまあ情けない悲鳴のようなものが漏れる。どこか後悔の念が感じられる声だ。


 では実際、楽屋はどうなっているかと問われれば、こうである。



「せっかく、せっかくご飯に誘ってくれたのに、何であんな態度しか取れねえんだよぉ……」



 楽屋の隅を向き、体育座りをして自己嫌悪に至る銀髪碧眼の天才俳優の姿があった。


 実は演者に冷たい態度を取ると有名なユフィーリア・エイクトベルだが、実際はかなりのコミュ障で陰キャなネガティブ思考の持ち主なのだ。典型的な引っ込み思案で他人の交流を苦手としている大人しい性格である。

 本人的には俳優などやりたくなく、将来は田舎町で喫茶店を経営することが夢の徹底して目立ちたくない生き方を選びたい方なのだ。ところが世間一般はそれを許してくれず、天才的な演技力のせいで今日も明日もテレビに引っ張りだこである。もう勘弁してほしい。


 ユフィーリアはスマートフォンを握りしめたまま、



「撮影が始まってだいぶ経つのに誰とも連絡先を交換できてねえしぃ、もうやだよ辞めたいよ芸能界引退したいよぉ」



 天才俳優として活躍しているカリスマ性など溝に投げ捨ててべしょべしょと泣きじゃくるユフィーリアは、ピコンというスマートフォンが受信したメッセージを見て涙を拭う。

 送信相手は父親である。ユフィーリアが所属する個人事務所を経営する敏腕社長で、ユフィーリアを売り込む営業でもあり仕事を管理するマネージャーでもあるのだ。有能なのだが仕事をあちこちから引っ張ってきすぎなのである。


 ユフィーリアはメッセージアプリを立ち上げると、



ユフィーリア:お父様、相談がございます


父:芸能界引退の話なら聞かんぞ


父:お前の人気は今凄いことになっているのだから


ユフィーリア:ぴえんこえてぱおん


父:母親似の面の良さとお前自身の高い演技力を恨め


ユフィーリア:毎日死ぬほど呪ってるわ



 どう足掻いてもまだ引退は許してくれないようだ。



父:それよりも、迎えにきたぞ


父:とっとと降りてこい



 ユフィーリアはメッセージアプリを閉じると、スマートフォンを鞄の中にしまい込む。それから衣装を手早く脱ぐと、丁寧に畳んでおいた。

 背中が開いた衣装なので身につけているヌーブラも外し、普通の青を基調とした可愛らしい下着を付け直すと私服に着替える。派手な色合いのものではなく、黒色のタートルネックセーターとジーンズという地味で目立つことのない服装だ。


 最後に銀髪を隠す為のウィッグと眼鏡を装備して、準備完了である。



「お、お疲れ様でしたぁー……」



 小声で挨拶をし、楽屋が散らかっていないことを確認してからユフィーリアは素早くその場を後にするのだった。まるで忍者である。

《登場人物》


【ユフィーリア】数々のドラマや映画などで主演、その他様々な役を完璧にこなす天才俳優。その美貌はお茶の間を虜にするのだが、本人の性格はコミュ障で人見知り。


【エドワード】筋肉で売り出している遅咲きの俳優。スタントマンなしでアクションシーンを演じることが出来るほどの身体能力を持つ。写真集を出すと大体脱がされるので、俳優のお仕事は衣装が着れるので好き。

【ハルア】人気急上昇中の男性アイドルデュオ『馬と鹿』の片割れ。抜群の歌唱力と高い身体能力を併せ持ち、快活な笑顔でファンを獲得する。ただし馬鹿なのでドラマの台本を覚えるのも一苦労。

【アイゼルネ】元セクシー女優だが、その経歴があっても高い演技力でアンチコメントをねじ伏せてきたメンタル強のカメレオン俳優。ただし本名は意地でも明かさない。

【ショウ】人気急上昇中の男性アイドルデュオ『馬と鹿』の片割れ。歌唱力に身体能力、さらに学力まで兼ね備えた完全無欠のアイドル少年。欠点はSNSでユフィーリアに関して色々と吐き散らかしていること。

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