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第96話 良かった

 ユフィは姿を見られないよう、そっと地上に降り立った。

 周囲は瓦礫が散乱し、空気は焦げ臭く、噴煙があちこちで立ち上っている。


 ほとんどの観客は避難したようだが、まだどこからか誰かの叫び声や呻き声が聞こえた。

 最悪の事態は免れたものの、現場はまだパニックに陥っていた。


「そういえば、エドワードさんは……」


 ユフィはハッとする。

 ザックスの最初の攻撃が炸裂した場所には、ちょうどエドワードがいたはずだ。


 嫌な予感がユフィの胸に広がり、血の気が一気に引いた。

 急いで爆心地へ向かうと、瓦礫の中に息絶え絶えのエドワードが横たわっているのが見えた。


「エ、エドワードさん!!」


 ユフィの叫びに、エドワードは微かに目を開けたが、返事をする力は残っていないようだった。

 彼の身体はひどく損傷していた。皮膚は焼けただれ、あちこちから血が流れている。


 右腕は半分ほどが無くなっており、足もあらぬ方向に曲がっていた。

 どう見ても致命傷だった。早く治療しないと命が危ない。


「癒しの力よっ……」


 両手をエドワードに向け、ユフィは全身全霊で回復魔法をかけた。

 だが、攻撃魔法で魔人を吹き飛ばすほどの威力を発揮できるのに、回復魔法は相変わらず微力だった。


 切り傷を治すスピードが1時間から57分に変わったとて、その魔法の威力は大したことがない。


 心なしか死に向かうスピードを遅くするくらいで、その命を救うには程遠かった。


(私だけじゃ無理……!!)


 無力感が押し寄せ、涙が滲みそうになる。


「誰か!! 誰か来てください!! 回復魔法をかけないと、エドワードさんが!!」


 喧騒の中、声が枯れんばかりにユフィは助けを求めた。

 その甲斐あってか、ユフィの元に駆け寄る足音が聞こえた。


「ユフィちゃん!」

「エリーナさん!」


 救いの手を差し伸べる天使のようとは、まさにこのことだった。


 エリーナが息を切らしながら駆けつけてくれたのだ。

 ユフィのもとに膝をついた。彼女の顔には緊張と決意が入り混じった表情が浮かんでいる。


「エリーナさん……!! エドワードさんが……」


 ユフィの涙ぐんだ目がエリーナに訴えかける。

 エリーナはエドワードの姿を見た途端ハッと息を飲んだが、すぐに真剣な表情に切り替わった。


「癒しの力よ……」


 すぐさまエドワードの身体に手をかざし、エリーナは強力な回復魔法を発動させた彼女の手から発せられる光はまるで太陽のように眩しく温かく、その光がエドワードの全身を包み込む。  


 光が傷口に染み込むように広がると、皮膚が再生し、流れていた血が止まり、失われた右腕が再び元の形に戻っていく。

 エドワードの呼吸が次第に安定し、青白かった顔に血の気が戻ってきた。


 先ほどのユフィのそれとは比べ物にならない、圧倒的な癒しの力であった。


「これでもう、安心よ」


 一息ついてエリーナが言う。

 エドワードは痛みで気絶しているようだが、規則正しい呼吸を刻んでいた。


「良かった……」  


 ユフィは安堵の息を漏らし、その場にへたり込んだ。

 全身から力が抜け、今までの緊張が一気に解ける。


 それからきゅっと、胸の前で手を握ってみせた。


「ごめんなさい。私の回復魔法、全然役に立たなくて……」


 ユフィの言葉に、エリーナは優しく首を振り彼女の手を握りしめる。


「何を言ってるの。ユフィちゃん、魔人を倒してくれたじゃない」

「ええっ……!? 見てたのですか?」


 目隠しが意味なかったのかとユフィの背筋がヒヤリとする。


「ううん。白い霧で見えなかったわ。でも、魔人の気配は無くなった。ユフィちゃんがやっつけてくれたんでしょう?」


 エリーナの言葉に、ユフィはこくりと頷く。


「正確には、逃げられたんですけどね……」

「皆を助けてくれた事には変わりないわ。本当にありがとう、ユフィちゃん」


 真っ直ぐな言葉で褒められて、ユフィの胸が擽ったくなっていると。


「それにね」


 深刻な声色でエリーナが言う。


「ユフィちゃんが回復魔法をかけてくれなかったら、エドワード君も命を落としていたかもしれない」  

「え……?」


 予想だにしなかった言葉に、ユフィは呆けてしまう。


「何百、何千人と回復魔法をかけてきたらわかるものなのよ。ユフィちゃんが回復魔法をかけなかったら……エドワード君は多分、助からなかったわ」


 エリーナの言葉は確信的だった。

 この学年で誰よりも優秀なエリーナが言うのだから、そうなのだろう。


「回復魔法は、死んだ人間まで生き返らせることは出来ない……ユフィちゃん、あなたがエドワード君の命を救ったのよ」


 その言葉は、ユフィの胸に深く響き渡った。

 身体の奥から熱いものが込み上げてくる。


「良かった……」


 思わずユフィは口元を抑えた。

 ずっと、コンプレックスだった回復魔法。


 その力は僅かなものだったかもしれない、だけど確かに誰かの命を救うことができた。


 そんな実感が胸を熱くして、涙がぽろぽろと溢れてしまう。


「本当に……良かったです……」  


 エドワードを救えたこと、そして自分の力が役立ったことが、本当に嬉しかった。


 涙を拭いきれず俯くユフィを、エリーナが何も言わずに抱き締めてくれる。


 その涙は彼女が今まで抱えてきた不安や無力感を洗い流し、代わりに微かな自信をもたらしてくれるものだった




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>「何百、何千人と回復魔法をかけてきたらわかるものなのよ。ユフィちゃんが回復魔法をかけなかったら……エドワード君は多分、助からなかったわ」 ユフィの回復魔法が役に立つ日がキタ━━━━(゜∀゜)━━…
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