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第95話 VSザックス

本日はあと19:10、21:10に更新予定です。

「全員伏せろーーーーー!!!!!!」


 ドオオオオオォォォーーーーーーーーーーン!!


 閃光、そして轟音。

 舞台の中心が爆発し、巨大な噴煙が立ち上がった。


「きゃああああああああああっ!?」


 爆風が周囲を巻き込み、悲鳴が響き渡る。

 焦げ臭い匂いが鼻を突き、煙が立ち込める中で視界が一瞬にして遮られた。


「けほっ、けほっ……一体何が……」


 ユフィは咳き込みながら呆然とした。爆発の衝撃で体中に痛みが走る。


「ユフィちゃん、大丈夫!?」

「は、はいっ……」


 エリーナの声が届き、ユフィは何とか返事をする。

 必死に状況を確認しようとすると、どこからか誰かの叫び声が耳に飛び込んできた。


「上だ! 上を見ろ!!」

「魔人だ! 魔人の襲撃だ!」


 ユフィが見上げると、上空に異形の姿が浮かんでいた。


 筋骨隆々の体躯、鋭く光る目、青白い肌、そして巨大な黒い翼。

 人間離れしたその容貌はまさに魔人そのもの。


 人の身長の何倍もあるバトルアックス(戦斧)を手にし、恐怖と力の象徴として君臨していた。


「あれは……魔人ザックス……!!」


 エリーナの言葉にユフィはハッとした。


 脳裏に以前、生徒会室でノアから聞いた話が蘇る。


 ──魔王の下には『七柱』と呼ばれる幹部の魔人たちがいます。ゴルドーはその中の一人、ザックスと呼ばれる魔人から指示を受けて行動していたことが確認されました。


 つまりこの魔人は、以前バレンシア教の原理主義者である男ゴルドーを陰で操り、生徒会に襲撃を仕掛けてきた存在。

 魔人はカテゴリーとして魔物の最高ランクであるSよりも上位とされている。


 つまり、国家の軍隊が一丸とならなければ討伐的ない存在だ。

 遭遇はすなわち死を意味していた。


 そんなザックスの登場に会場はパニックに陥った。


 女子生徒たちは悲鳴を上げ逃げ惑う。

 出口に向かって人だかりが集中し、混乱がさらに増していった。


 涙を流しながら叫ぶ者、足元がもつれて倒れる者、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。


「ユフィ、エリーナ! 大丈夫か!?」


 観客席から駆けつけてきたライルの叫び声が響く。


「ええ、無事よ!」

「は、はい!! 大丈夫です!」


 ユフィが答えると、ライルはすぐにザックスへと向き直り手を掲げた。


水蓮爆圧マリナ・バースト!!」


 ライルの手から放たれる水のエネルギーが螺旋状に渦巻き、巨大な水柱となってザックスに向かう。


炎獣轟焔ギガス・インフェルノ!!」

焔王巨人ブレイズ・タイタン!!」

雷光旋風ライトニング・ストライク

地裂破テラ・ブレイク!!」


 ライル、ジャック、ハンス、そして強い攻撃魔法を持つ男子生徒や教師陣が、果敢にも一斉にザックスに向けて攻撃魔法を放つ。


 火、水、雷、土、風──全属性の攻撃魔法がザックスに向かって殺到した。


「ふん!!」


 ザックスがバトルアックス一振りすると、全ての攻撃魔法が一瞬で吹き飛ばされた。


 それらのエネルギーは地上に跳ね返され、まるで破壊の雨のように降り注ぐ。

 巨大な水柱は地面に激突して洪水を引き起こし、火球は炎と噴煙を巻き起こした。


「おいおい……!!」

「嘘、だろ……!?」


 悲鳴がこだまする。

 魔人の持つ強大な魔力によって全ての魔法が無効化されたことに、絶望の影が会場全体を包み込む。


 ザックスはまさに圧倒的な力の権化。

 勇敢にザックスに攻撃魔法を放った生徒の何人かは悲鳴を上げて逃げ出した。


「くそっ……ダメか!!」  


 悪態をついてライルは叫ぶ。


「ユフィ、エリーナ! ここは僕が引き止めるから、早く逃げて!」

「で、でも、私も戦った方が……」

「ダメだよ! ここで力を使うには人の目があり過ぎる……!!」

「はっ、確かに! って、そんなこと言ってる場合でもない気が……」  


 そんなやりとりをしている中、ザックスが見下すように言う。


「雑魚どもめ。俺如きが出張る必要もない」  


 そして、天に手を掲げて静かに唱えた。


「参れ。我が最強の眷属、アルティメット・ギガントドラゴン!」


 その瞬間、天を裂くように光が走り、空が揺れた。


 雷鳴のような轟音と共に、巨大な影が空から降り立つ。


 ゴツゴツとした鱗に覆われた背中は黒みがかった赤、城かと思うほど巨大なフォルムは蜥蜴を思わせる。

 両脇に生えた大きな翼で飛ぶ姿はまるで要塞のようだ。  


「グルル……」


 聞くだけで心臓が凍りつくような唸り声。


 食物連鎖の頂点に君臨する存在にして、空の覇者と名高い魔物──ドラゴン。

 その危険度はAランク。


 王国の一個旅団が束になってかからないと討伐できない強さだ。


「終わりだ……」  


 誰かが呟いた。

 国の軍隊が総出でぶつからないとどうにもできない存在が二つ。


 学生如きが敵うわけがない。  

 生徒たちは逃げるのも諦めて、ただただ呆然とこれまでの人生を振り返るしかなかった。


「全員殺せ」


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!


 ザックスの命令に従い、ドラゴンが雄叫びと共に巨大な翼を広げて降下してくる。  


 その場にいた誰もが死を覚悟したその時──観客席の一人がふと呟いた。


「おい……あのドラゴン、なんで頭にでっかいたんこぶがあるんだ……?」


 キキイイイイイイイイィィィィッッッッッ────!!


 突如としてドラゴンが急ブレーキをかけた。

 そして、会場にたくさんいる人々の中から一人の少女──ユフィを発見し、目ん玉がびよよよーんと飛び出した。


「ユ、ユフィ! 何してるんだ! 早く逃げ……ないと……?」


 ライルは叫ぶも、ドラゴンの様子が明らかにおかしいことに気づく。


 ユフィはドラゴンと目があった途端、頭の中でピカーン! と何かが光った。


「あーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 思わずユフィは指を差して声を上げた。


 今目の前にいるドラゴンはつい二週間前、ユフィが風魔法の練習で上空から落下している際に追突し、襲ってきたのを土魔法で作った巨大トンカチでぶん殴った個体だったから。


 ドラゴンの、まだ若干焦げが残っている翼と、頭の上に出来たぷっくりと膨れ上がった巨大たんこぶがその証拠だった。


 ユフィは現在悪役令嬢コスプレで外見が変わっているが、ドラゴンにとっては自分を圧倒した存在として感じ取った部分があったのだろう。


 ユフィと目があってから、ドラゴンは目にわかるほどの滝汗を流し始めた。


「…………」

「…………」


 双方、無言。周囲は何が起こっているのかわからないと場を見守っている。


(ここここの空気嫌だから、早くどっか行って!!)


 そんな意図を込めて、ユフィはドラゴンに向けてにっこりと微笑んだ。


 ビックウッ!!


 ドラゴンが、蛇に出くわした小鼠みたいなリアクションをする。

 ユフィから発せられるどっか行けオーラが伝わったのだろうか。


 地上最強の魔物にして災厄の象徴たるドラゴンはゆっくりと頷く。

 そして、怖い先輩の家を後にする従順な後輩のように首を垂れてから、大きな翼をはためかせ大空の彼方へと飛び立っていった。


「「「「「…………………………は??」」」」」


 誰もが、今何が起こったのかわからずポカンとしていた。

 ザックスも状況を理解できず呆けた顔をしている。


(こここここ攻撃魔法を使えることはバレてないよね……!?)


 ユフィは内心ヒヤヒヤだった。

 生徒会メンバー以外のユフィの事情を知らない生徒たちからすると、先ほどのやり取りを見て自分がドラゴンを追い払ったとは考えないだろうと無理やり納得させる。


 そんな中、なんとなく状況を察したライルがこそっとユフィに尋ねた。


「ユフィ……さっきのドラゴン、もしかして知り合い?」

「えっと……前にちょっとお仕置きをしたので、怖がられてるのかもしれないです」

「……たまに、ユフィが本当に人間なのかわからなくなるよ」

「どういう意味ですか!?」


 乾いた笑みを漏らすライルにユフィは突っ込みを入れた。

 一方のザックスは、何や何やらわからず呆然とするもすぐに我に返る。


「役立たずめ!」  


 予想外の事態に、ザックスは怒りに顔を染めた。

 筋骨隆々の体から溢れる怒気が炎のように周囲に伝わっていく。


「もういい、俺が直々に全てを消し炭にしてくれる」  


 ザックスが戦斧を天に振り翳すと、周囲の空気が一変する。

 大きな体躯から放出される大量の魔力が斧に吸い込まれていく様は異常な光景だった。


「まずい! あれが落ちてくると全員無事では済まないぞ!」

「早く逃げろ!」  


 残っていた者たちも出口に向かって駆け出した。

 中には場に留まっている者もいるが、恐怖で足が竦んでいるように見えた。


(どうしよう……どうしようどうしよう……!!)


 ユフィは心の中で葛藤していた。


 『人前で攻撃魔法を使ってはいけない』という足枷がユフィを固く縛っていた。


 普通に考えると命の方が大事ではあるが、初めての事態にユフィは行動を決めかねていた。

 焦りが渦巻く中、ふとユフィはライルが水魔法と火魔法を組み合わせておしぼりを作っていた時のことを思い出した。


 ──はふあ……なんれすかこれ……。

 ──水魔法と火魔法の応用して、ハンカチを温かく湿らせておしぼりみたいにしたんだ。気持ち良いでしょ?


「火魔法と水魔法の掛け合わせ……」


 脳裏に閃くアイデア。

 先ほどジャックとハンスの戦いで見た火と水のぶつかり合いによって生じた水蒸気のことを思い出す。


(水蒸気の煙で目隠しを出来れば……!!)  


 攻撃魔法を使う場面を隠すカモフラージュに出来る。

 すぐに水魔法と火魔法を順番に打とうとしたが、そもそも水蒸気を作る場面を見られては元も子もない。


「ジャックさん!! ライルさん!!」  


 ユフィが叫ぶと、まだ場に残っていた二人が振り向いた。


「何だ!?」

「どうしたのユフィ!?」


 ユフィは彼らにお願いをしようとして──。


 ──このくらい聞かなくてもわかるだろ。

 ──えっと、同じクラスの……誰だっけ?


 喉まで出てきた言葉が詰まる。

 自分から誰かに頼み事をするという行為に対し、過去自分に突き刺さった言葉が重りになっていた。


(いや、ダメでしょそんなの!!!!!)


 こんな、友達の命の危機という状況になっても一歩踏み出せない自分にユフィは怒りを覚えた。


 ぽかぽかと頭を叩いて、暗黒時代の記憶を払拭する。


 ──友達なんだからさ、言いたいことがあったら遠慮なく言ってよ。迷惑とか、そんなことは思わないからさ。


 代わりに、先日エリーナの家でライルがかけてくれた言葉が聞こえてきた背中を押してくれた。


(こんな時までトラウマに引き摺られてどうするの!)


 キッと覚悟を決めて、ユフィは声を上げた。


「特大の水蒸気で目隠しを作ってください!!」


 ユフィの言葉の意図を、ライルとジャックはすぐに察したようだった。


烈火嵐ブレイズ・ストーム! 」

水蓮爆圧マリナ・バースト!!」


 二人とも、まるで長年組んできたバディのような動きだった。

 ジャックが大量の火の玉を四方八方に放ち、ライルはそれら全てに水魔法を放つ。


 幾重もの破裂音と共に火と水がぶつかり合い、広範囲に渡って水蒸気が満ち溢れた。


「全てを消し炭にするというのに、何の意味もない目眩しだな」  


 ザックスは冷笑を浮かべ、その鋭い目で眼下の光景を見据えた。

 突如として発生した水蒸気によってホール全体は白に覆われているが、学園ごと広範囲に渡って吹き飛ばす算段のため関係ない。


「全員、骸となるがいい」


 ザックスがニヤリと笑う。

 そして、斧に集めた膨大な魔力をホールに向けて解放しようとしたその瞬間──水蒸気の中から鋭い閃光が走った。


 耳を劈く轟音、肉が弾け飛ぶ音。

 長く戦場を共にしてきた戦斧が、ザックスの腕もろとも粉々になった。


「ぐおおおおおおおおおおあああああああっっっっっっ!?」


 地を揺らすような悲鳴がホール全体に響き渡り、先ほどまで余裕だった表情に苦悶が滲む。

 血が飛び散り、黒い翼が激しく震え、焦げた肉の匂いが周囲に充満する。


「なんだ……何が……」  


 ザックスは混乱しながらも状況を把握しようとした。周囲を見回すと、煙の中から一人の少女が現れる──風魔法を使って上空まで飛んできたユフィだった。


雷霆轟閃サンダーストーム・レイジ!!」  


 ユフィが魔法名を唱えると同時に、酸素がバリバリと焼ける音が響く。

 ホール上空の空気を歪めるような雷魔法がユフィの手から放たれ、まるで生き物のようにザックスを目指して突進した。


「ぬんっ!!」


 ザックスは残った方の腕で雷を弾こうとした。

 しかし、ユフィの魔力はザックスの防御をあっさりと上回り、もう片方の腕も激しい閃光と共に吹き飛ばされた。


 肉が裂け、骨が砕ける音が響き渡る。


「ぐおおおおおおおおおおあああああああっっっっっっ!!!」


 人間の女、桁違いの攻撃魔法。

 報告とは髪色も瞳の色も違うが、こんな芸当ができる女の人間は一人しかいない。


「お前だなあああああああ!!! ユフィ・アビシャスウウウウウウウウ!!??」

「あ、どうもユフィですこんにちは」


 状況にそぐわない間の抜けた声が空気を揺らした。


「ふん!!!」


 ザックスが魔力を放出すると、吹き飛んだはずの両腕がミチモィッと嫌な音を立てて生えてきた。


「うへえ……」

「ゴミを見るような目をするんじゃない!」


 気持ちの悪いものを見たとばかりの表情をするユフィに、ザックスは敵意を込めて叫んだ。


 ザックスがこうして直接ユフィと対峙するのは初めてだった。

 報告でしか聞いたことのない、そしてその報告のどれもこれもが幻覚でも見たのかと思うほどの荒唐無稽さ。


 ルーメアは油断して遅れをとったかもしれないが、自分は違う。

 五月祭に合わせて学園の実力者を葬るついでに、ユフィ・アビシャスも消し飛ばしてやると、そんな気持ちを抱いていた。

 

 だが……。


(想定を上回る力、か)


 人間の、それも本来であれば何の力も持っていない女に両腕を吹き飛ばされた屈辱。

 

 その怒りが胸中を渦巻いていたが、一方で正面からぶつかり合っても勝ち目はないという冷めた試算も出来ていた。

 ザックスは魔人の中でも理性的な傾向があった。


「だ、誰かに見られたらまずいので、ごめんなさいっ」


 そう言ってユフィが両掌をザックスに向け、特大の攻撃魔法を放とうとするも。


「そうはいかない」


 ハッとした瞬間には、ザックスの輪郭がぼやけていた。


「──覚えておけ。ユフィ・アビシャス」


 その言葉を最後に、ザックスの姿は跡形もなく消失する。


「き、消えた……!?」


 きょろきょろと見回すも、すでにザックスの姿はなかった。

 以前、生徒会を襲撃したゴルドーが使ったのと同じ、幻惑魔法か何かの類だろう。


「とりあえず……終わったの、かな?」


 トドメを刺せなかったのは遺体が、ひとまず魔人の脅威は退けた。

 その事に、ユフィは安堵の息を漏らすのだった。




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