第94話 回復魔法の部、開幕
「これより演舞会、回復魔法の部を始めます!」
司会の声が響くと、会場全体が拍手と歓声に包まれた。
回復魔法の部ということで先ほどの攻撃魔法の部門とは違い女子生徒の声が多く、心なしか華やかな雰囲気が漂っている。
「それでは、選手の入場です!! まずは一年代表、エリーナ・セレスティア!! そして……ユフィ・アビシャス!!」
ユフィはエリーナと共に舞台へと足を踏み出した。
その瞬間、まるで波が押し寄せるように観客席が揺れんばかりの歓声が上がった。
「エリーナ様ー! 素敵ですわ~!」
「私との子を作ってくださいましーー!!」
観客からの黄色い声援に、エリーナは余裕の笑みを浮かべながら手を振って応えている。
一方で、ユフィにかけられる言葉は全くない。
(圧倒的アウェー感!!!)
エリーナの隣でユフィはただただ縮こまりながら震える足を必死に動かしていた。
『なあ、エリーナの隣にいる子、誰だ?』
『ユフィ、なんとかって人でしょう? 確か、学年ビリの……』
(みたいなこと囁かれてるに決まってる……!)
凄まじい場違い感で気まずくなり、無数の視線が刺さって吐き気を感じる。
心臓はドキドキと音を立て、手のひらには汗がにじんでいた。気を抜くとふらついて倒れてしまいそうだ。
「大丈夫よ、ユフィちゃん」
エリーナがぎゅっと手を握ってくれた。
その手は温かく、心強い。
「今日はユフィちゃんも主役なんだから、堂々と胸を張って頑張ろ」
「エリーナさん……」
言葉と優しい笑顔に励まされ、ユフィの心は少しだけ軽くなった。
(そうよ……今日は私の晴れ舞台でもある……)
ずっと妄想していた。多くの人の前で回復魔法を披露し、賞賛される光景を。
上達したのはたった3分程度の短縮かもしれない。
でも、それでも、回復魔法の腕が上がった事は間違いない。
その自信を胸に、ユフィはぎゅっと拳を握った。
二人が舞台の中央まで進むと、司会が再び声を張り上げた。
「続きまして、二年代表の……」
司会の紹介で、二年生の代表の二人がやって来る。
一人は二年の中で最も凄腕の回復魔法師。
つまりエリーナと同じポジションで、余裕の表情を浮かべている。
もう一人はユフィと同じ立ち位置らしく、思い切り緊張した面持ちで歩くのもやっとという様子だった。
一年と二年の代表が二人ずつ舞台に立ったことで、司会が「ルール説明をします!」と声を張り上げる。
「っと、その前に……まずは、回復魔法をかけてもらう人物……怪我人役のエドワードさんに入場してもらいます!」
司会が言うと、舞台への出口からエドワードが歩いてきた。
「ビシバシ歩け! この豚が!」
「おうっふ! あふんっ……!!」
上裸姿で、後ろからシャロン先生に鞭でしばかれながら。
「おおっと!! エドワードさん、何だか怖そうな先生に鞭打ちされていますね! これは早く回復魔法をかけてあげないと、とても痛そうです!」
司会の小芝居が始まり、会場がドッと笑いに包まれる。
回復魔法が日常的に使われているのもあって、このくらいの怪我で深刻な表情をする生徒はほとんどいない。
普段は真面目で堅実そうなエドワードが、ビシバシと鞭を打たれながら入場して来る光景に観客は大盛り上がりを見せていた。
「エドワード君、大事な任ってこの事だったのね」
「い、痛そうです……」
「大丈夫大丈夫、エドワード君打たれ強いし……それに……彼は、うん……ちょっと、アレな性癖な気があって……」
「な、なるほど!」
若干言いづらそうに目を逸らすエリーナに対し、きゅぴーんと頭の中で何かが繋がったユフィが、難問の答えを自慢げに
「つまりエドワードさんはドMさんなんですね!!」
「ユフィちゃんその言葉誰から教えてもらったの?」
「えっ、ジャックさんが言ってました」
「……後でジャック君を締めておくわ」
「ええ!?」
そんなやりとりをしているうちに、エドワードが舞台までやってきた。
ビターン! と地面に倒れ、上半身血塗れになって「シテ……コロシテ……」と呻いているのに構わず、司会が続ける。
「ルールは簡単です!! これよりジャックさんに回復魔法をかけ、完全に治るまでのタイムを競います!」
「つまりエドワード君は回復魔法をかけて貰って全快した後、再び鞭打ちを食らうのね」
エリーナの言葉に、ユフィは「ひいっ」と声を上げる。
「どこにどのくらいの鞭打ちをしたのかは、私の技量によってほぼ完璧に再現するので安心しろ」
鞭をポンポンと手に当ててサディスティックな笑みを浮かべるシャロン先生に、ユフィは再び「ひいっ」と悲鳴を漏らした。
「それでは、まずは一年代表の二人からです!」
エリーナは優雅に回復魔法をかける準備をし、ユフィは緊張気味に後に続く。
(私が少しでも、回復魔法の出力を高くすれば勝てる……)
エリーナと一緒にエドワードに回復魔法をかけて、そのタイムを競う。
つまりこれはエリーナとのチーム戦。
(でも、ちょっとでも集中力を欠いたら……)
回復魔法は、その時の体調や精神の集中度合いによっても発揮される威力が変わってくる。
緊張で集中が散漫して、普段のパフォーマンスが出せない
特に、大勢に注目されている今の状況だと可能性の高い話だった。
(ああああそしたらどうしようどうしよう……エリーナさんに恥をかかせてしまう……あああああ……)
最悪の想像をして足がガクガク震える。
過呼吸になって倒れそうになっているユフィの背中を、そっと優しい感触が撫でた。
「大丈夫だよ、ユフィちゃん」
にっこりと、エリーナが聖母の微笑みを見せる。
「私のことは気にしないで。お祭りなんだから、楽しんでいこ」
ユフィの心の中を見抜いた言葉に、ガチガチだった足から力が抜けていく。
「はい……」
こくりと、ユフィは頷いた。そして、ゆっくりと深呼吸をする。
(……この時のためにたくさん頑張ってきた……)
思い返す。
ゲロを吐くような体力トレーニングをジャックにコーチングしてもらい、ほんの少しずつだがタイムを縮めた。
二週間前の自分に比べると、明らかに回復魔法の腕は上がっている。
その事実は、ユフィに多少なりとも自信を与えた。きゅっと唇を固く結ぶ。
そして今、目の前で痛みに苦悶の表情を浮かべているエドワードにしっかりと目を向けた。
「それでは、始め!!」
司会が開幕の合図を放ち、いよいよ勝負の時が……。
「全員伏せろーーーーー!!!!!!」
ドオオオオオォォォーーーーーーーーーーン!!
閃光、そして轟音。
舞台の中心が爆発し、巨大な噴煙が立ち上がった。




