第91話 悪役令嬢コスプレ!
青空の下、色とりどりのテントが立ち並びあちこちで賑やかな声が響き渡る。
出店では香ばしい焼きそばの香りや甘い綿菓子の匂いが漂う。
中央広場には特設ステージが設けられ、バンド演奏や合唱、個々のパフォーマンスが次々と繰り広げられていた。
五月祭当日、学園は別世界のような華やかさに包まれていた。
五月祭は、魔法学園で毎年行われる恒例の行事であり、いわばお祭りのようなものだ。
新入生と上級生の交流を目的としており、様々な催しが企画され学生たちは自由に参加して楽しむことができる。
出店や音楽の演奏、ゲームやアトラクションなど、学園の生徒が一丸となって楽しむことができるイベントだった。
「ユフィちゃん!! 可愛いー!! 似合ってるわ!!」
『コスプレ体験』という看板が提げられたとある教室に、エリーナの声が響き渡る。
「ユフィが絶対にしない格好だから、ギャップがあって面白いよ」
ライルもそう言ってうんうんと頷いた。
そんな二人の前でユフィは椅子にちょこんと座らせられている。
「あのあのあの……なんですかこの衣装は……?」
困惑の表情を浮かべるユフィは普段の制服姿ではない。
彼女が身にまとっているのは、豪華絢爛なドレスだった。
深紅のサテン地に金糸の刺繍が施され、胸元には大きなリボンが飾られている。
スカートは何重にも重なったフリルでボリューム満点。
髪はウィッグで金髪に変えられている。
王都の最新技術で作られ今流行りらしいカラコンと呼ばれるものによって、瞳の色も鮮やかな青になっていた。
普段のユフィからは想像もつかないような華やかで、少し威圧感のある姿だった。
「悪役令嬢のコスプレね」
「あくやくれいじょう……?」
「今王都で流行ってるロマンス小説の……いわゆる敵キャラね」
「て、敵キャラ!? わ、私悪い子じゃないです!」
ががーん! とショックを受けるユフィに、エリーナはくすりと笑って続ける。
「悪役令嬢は大抵は高貴な家柄で、わがままで強気な性格なのだけど……その内面には複雑な感情が渦巻いていたり、一本筋の通った信念があったりと、ただの悪役じゃ終わらない魅力的なキャラクターなの」
「な、なるほど、そう聞くと悪くないかもですね……」
普段なら絶対に着ない、ひらひらとした衣装を見渡すユフィだったが、すぐに羞恥が戻ってきた。
注目されていることが恥ずかしくて仕方なかった。くすんだ灰色の髪に、ゴボウみたいな貧弱ボディで、自分の容姿なんて人生で一度も良いと思ったことはない。
(こんな豪華な衣装を着たところで、似合わないに決まっている……)
そう思っていたが。
「それにしても可愛いわ! 本当に可愛い! このまま持って帰って剥製に……なんでもないわ」
「エリーナさん?」
何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、褒められるのはまんざらでもない。
普段の自分とは違う容姿になれるのも、ちょっとだけ嬉しい。
ユフィはそっと鏡に映る自分の姿を見つめる。
豪華なドレスに包まれた自分、金髪のウィッグと青い瞳、厚底ブーツで身長もかなり伸びている。
自分とは思えないほどの変貌に、ふと思った。
(悪く……ないかも?)
その時、ライルが腕時計を見て言う。
「二人とも、そろそろ演舞会の時間だよ」
「あら、もうそんな時間?」
エリーナは平気な顔をしているが、ユフィの心臓はひゅんっと音を立てた。
「ジャック君の応援に行かないとね!」
「…………」
元気そうなエリーナとは対照的に、ユフィの顔色は優れない。
演舞会……ついに、回復魔法をお披露目する時がやってきたのである。
(結局……飛躍的に良くなることはなかったな……)
ユフィは回想する。エリーナの屋敷で遊んだ翌日。
『ごめんねーユフィちゃん! 回復魔法の練習、すっかり抜けてた!』
『いっ、いえ……大丈夫ですお気になさらず……』
『大丈夫、任せて! 今日こそは回復魔法を教えるから!』
『あっ、ありがとうございます!』
という流れで、ユフィはエリーナからレクチャーを受けた……が。
『回復魔法は……ひゅん! ぽわわわーって感じで使うの!』
『ひゅん、ぽわわわー……ですか?』
『そう! そしたら完璧な回復魔法を放つことができるわ』
(ま、全くわからない……!!)
悪意ゼロで心の底から言ってる顔をするエリーナを前にして、ユフィは察した。
エリーナは天才の感覚でやってるため、教える才能は皆無なのだと。
こうして、ユフィは残りの日数を引き続き体力トレーニングで回復魔法を鍛えるしかなかった。
(体力がついて、多少はマシになったけど……)
それでも、まだいつもの切り傷を治すのに57分かかってしまう。
大怪我を一瞬で治してしまうエリーナに比べるとミジンコと王城くらいの差があった。
エリーナの足を確実に引っ張ってしまう未来が容易に予想できて、今からでもマグロ漁船バイトに応募しに行きたい気持ちである。
「ささ、行くわよユフィちゃん」
「あっ、はい。すぐに着替えますね」
「大丈夫、そのままで行きましょ!」
「え、でもこれ、お店のものじゃ……」
「さっき買っておいたから、気にしないで!」
「えええっ!?」
驚愕するユフィの両肩をガシッと抑えてエリーナは熱弁する。
「演舞会で大事なのはインパクトよ! 回復魔法の使い手なのに悪役令嬢の衣装というギャップで、審査員に強くインパクトを与えるの!」
「な、なるほど……!! なんだか良さげな作戦ですね」
「でしょう?」
こうして、ユフィは悪役令嬢の格好のまま、演舞会の会場へと向かうことになった。
そんな二人のやりとりを見て、ライルが「また丸め込まれてる」と苦笑を漏らす。
エリーナに手を引かれて会場へ向かう途中。
「……こんな可愛らしい姿を写真に収めないなんて勿体無いわ……後で密偵に撮ってもらった写真、部屋に飾っておかないと……」
何やらエリーナが不穏な事を口にしていた気がしたが、五月祭の喧騒に包まれてよく聞こえなかった。