第88話 楽しい楽しいおうち時間
友達の家で遊ぶ──それは、ユフィが夢見たイベントの一つ。
幼い頃からずっと一人で過ごし、教会に通い始めてからも放課後は家に直帰していた。
そんなユフィにとって、友達の家で遊ぶという行為は手を伸ばしても届かない憧れの象徴だった。
友達の家という特別な空間で笑い合い、楽しむという時間は他にないスペシャル感をもたらしてくれる。
ぼっちを拗らせて苦節15年、ようやくユフィは友達の家で遊ぶという夢を叶えて──。
「うううううぅぅぅぅぅ誰か……誰か助けてくださいっ……!!」
豪華なシャンデリアや家具が煌めく広い応接間にて、ユフィは泣きそうになっていた。
ユフィの目の前には、ライルが持つ二枚のトランプ。
そのうち一枚がババと呼ばれる破滅のカードだ。
自分の手持ちカードは1枚。つまり、50%の確率でユフィの負けである。
エリーナの家に来てから、ユフィはライルたちとババ抜きに興じていた。
複数人遊びが前提のババ抜きのルールをユフィが知るはずもなく、エリーナに教えてもらうままあわあわと進めていったら、いつの間にかライルとの一騎討ちになっていた。
「頑張れユフィちゃん! ここが頑張りどころよ!」
「早く終わらせて次行こうぜ次」
早々に上がったエリーナとジャックは二人の対決を見守っている。
(ううう……どうしようどうしよう……どっちを取れば良いの……!?)
生まれて初めての対人ゲームでどうにか良いところを見せたいと意気込んだものの全てがことごとく裏目に出てしまった。
もはやユフィのメンタルゲージはゼロに近く、ライルのカードを引こうとする手はぷるぷると震え、呼吸は浅く過呼吸になりそうだった。
そんな様子のユフィに、ライルがニヤリと笑って言った。
「こっちのカードの方が安全かも」
「あ、じゃあそれで!」
ユフィは素直にライルの言葉を信じて、シュバっとそのカードを引いた。
すると、エリーナが「あちゃー」とばかりに言った。
「ユフィちゃん、それきっとババよ」
「え!?!?」
驚きで大きく見開いたユフィの目には、「うけけっ」と台詞の吹き出しが描かれた悪魔が描写されたカードが映っていた。
「くくくっ……いくらなんでもユフィ、人を疑わなさ過ぎじゃ?」
「ま、まだ勝負は終わってませんっ」
お腹を抑えて笑うライルの傍ら、ユフィは二枚のカードをシャッフルする。
「さあ、どうぞ!」
ばーん! と差し出されたカードを、ライルは注視した。
「うーん……どっちだろ」
顎をさする中で、ライルは気づく。
ユフィの(こっちは取らないでこっちは取らないで!)と言わんばかりの視線が、一枚のカードに注がれてることに。
「こっちかな!」
「あ!!」
「はい上がりー!」
同じカードを二枚切って、ライルは華麗に勝利宣言をした。
「ど、どうしてわかったのですかっ!? ライルさん、もしかしてエスパー……?」
「いや、ユフィが分かり易すぎるだけだよ。完全にババに目がいってたし……」
「うぅ……お相手にならず申し訳ございません……」
「ババ抜き、初めてだったんでしょ? 最初から上手くできる人なんていないから、気にする必要はないさ」
「ライルさん……!!」
気遣いに溢れる言葉に表情をぱあっと明るくするユフィの傍ら、ジャックが「ふあ……」と欠伸をしながら言う。
「ババ抜きなんざ戦略とか関係ない運要素多いと思うけどなあいてっ」
「こらこらジャック君、無粋なこと言わない」
エリーナがジャックの頭をぺしんっと叩いた。
「さて、次は何しようか。ユフィ、ババ抜きの他に何か知ってるゲームはある?」
「……申し訳ございません、トランプはぼっちが触れてはいけない禁忌のゲームだと思っていたので、何一つ……」
「そ、そうなんだ? じゃあ、他の簡単なゲームを教えながらやっていこうか」
「ううぅ……お手間をおかけします……」
こうしてユフィはライルたちとトランプに興じた。ポーカー、七並べ、ブラックジャック……。
たった50枚ほどのカードで、これほどまで多彩なゲームが出来るのかとただただユフィは関心するしかなかった。
「はい! ユフィの負け!」
「あああっ!?」
ユフィがもう何度目かわからない敗北をかました頃にドアがガチャリと開いた。
そしてエドワードがやってくる。
「出来たぞ」
エドワードはいつもの仏頂面に眼鏡、しかし薄ピンク色のエプロンを纏いケーキを手に持っていた。
一見すると、何かの罰ゲームを食らったような格好である。
「おおっ、やっとか!」
「わー! 良い匂いー!」
テーブルに置かれたケーキは、真っ白な生クリームに彩られた芸術品のようだった。
ふんわりとしたスポンジが幾層にも重なり、その間に挟まれた鮮やかなイチゴとクリームが美しいコントラストを描いている。
ケーキの上にはたっぷりのフルーツがあしらわれており、その輝きはまるで宝石のようだった。
「凄い! お店のケーキみたい!」
エリーナがぱちぱちと拍手をする。
「これ、マジでお前が作ったのか?」
「当然だ」
「似合わねー」
「なんか言ったか?」
「何も言ってないからその物騒なナイフを今すぐ仕舞え」
「ささ、ユフィちゃん、食べよ食べよ!」
「は、はいっ」
エリーナがサッとエドワードからナイフを掠め取って、ケーキを切り分け始める。
「はい、ユフィちゃん。あーん」
「あ、あーん?」
ぱくりとケーキを口にしたその途端、ユフィの脳天にビリビリッと電流が走った。
「お、美味しいです!!」
クリームがまろやかに舌の上でとろけ、イチゴの果汁がじゅわっと広がることで爽やかな後味を残す。
スポンジは驚くほど軽く、空気を含んだようにふわふわしており、口に入れた瞬間に消えていった。
微かなバニラの香りが鼻腔いっぱいに広がって、まるで夢の国が口の中で弾けたみたいだった。
「ふふっ、良かった」
「最近鶏胸肉とブロッコリーばかり食べているので、甘いのは新鮮です!」
「なんでそんな食生活をしているの?」
エリーナが怪訝な顔をしている間に、ジャックとライルもケーキをつつく。
「おお、うめえなこれ! カロリーの化け物だ!」
「流石、シェフ並みだね。うちの家のデザートに指名したいくらいだよ」
「残念だが、趣味を仕事にする必要はない」
腕を組みエドワードがキッパリと言うと、コンコンとノックの音が響く。
「ご歓談中失礼致します。紅茶をお持ちしました」
カートに乗せた紅茶セットをテキパキと机に展開して、使用人は退出した。
「ささ、ユフィちゃん。うち庭で取れた特製の紅茶も飲んでみて」
「は、はいっ、いただきます!」
「あ、待って。熱いからフーフーしてあげるね」
「そのくらいは自分で……」
「まあまあまあ、私に任せて」
エリーナは紅茶をカップに注ぎ、優しくふーふーと息を吹きかけて冷ました。
「はい、どうぞ」
「い、いただきます」
そんな二人の様子を見て、ライルは小さく「赤ちゃん……?」と漏らした。
ユフィがカップを手に取り、そっと口元に運んだ。
一口含むと、紅茶のキリッとした渋みと爽やかな香りが広がり、再びユフィは目を見開いた。
「お、美味しいです!!」
「ふふ、良かった」
満足そうに頷くエリーナの傍ら、再び紅茶を口に含むユフィ。
レモンのアクセントが効いた紅茶は、クリームケーキの甘みを引き立て口の中をさっぱりとリフレッシュさせる。
紅茶の豊かな風味とともに絶妙なバランスを保っていた。
「クリームケーキに合う、キリッとした茶葉を選んでもらったの」
「さ、流石ですね……」
普通に接してもらっているが、こういった細かい部分でエリーナは自分とは違う立場の令嬢だと実感する。
「おかわりもあるから、遠慮なく食べてね」
「あっ、いえ……このくらいで大丈夫です私なんかが皆さんの分まで食べようなんてそんな……」
「まだまだたくさんあるんだから、遠慮しない遠慮しない」
まるで家に来た孫に無限に食べさせるお婆ちゃんみたく、エリーナはユフィにケーキをあーんして、紅茶をふーふーするのだった。