第87話 待ち構えていたのは……
エドワードを連れて書店を出ると、目の前には当たり前のように馬車が止まっていた。
「ささ、行きましょ行きましょ」
エリーナに促されるままユフィが馬車に乗ろうとすると。
「エドワードじゃねえか、奇遇だな」
「む?」
ジャックが誰かに気づいたように言うと、これまた聞き覚えのある声がした。
見ると、両手どっさりに紙袋を抱えたエドワードが立っている。
エドワードは制服姿ではなく、カジュアルな私服姿だった。
「あら、エドワード君。何してるの、こんなところで?」
「ケーキの材料を切らしてな。行きつけの店で購入していたんだ」
そう言ってエドワードは紙袋を掲げる。
袋はどれもピンクや白といった色を基調として、可愛らしいデザインのものだった。
眼鏡に仏頂面のエドワードが持っていると、あまりにも違和感がすごい。
「ああ、そういえばお前、お菓子作りが趣味だったな」
「おおおお菓子!?」
思わず声を上げてしまったユフィ。
真面目で、厳格で、ルールが服着て歩いてるようなエドワードの趣味がお菓子作り。
何かの冗談じゃないかと目を点にしてしまう。
(ジャックさんのロマンス小説といい、エドワードさんのケーキ作りといい、ギャップが渋滞してる……)
ユフィがそんなことを思っていると、エリーナがくすりと尋ねる。
「ユフィちゃん、甘いもの好き?」
「あっ……はい……多少は……」
ミリル村は砂糖が貴重品だ。
ケーキやお菓子といった甘味類が食卓に出ることはほとんどなく、出た時は至福のひと時を過ごしたものだ。
ユフィだって年頃の女の子。いつもゴボウばかりで甘いものは口にしないのもあり、お菓子と聞いて声が弾んでしまうのも無理はない。
そんなユフィの内心を察したのか、エリーナがエドワードに提案する。
「ねえねえ、今から皆で私の家に来るんだけど、エドワード君も来ない?」
「いや、俺は家に帰ってケーキを作らねばなんだが」
「うちの台所使っていいからさ」
「なら行こう。そろそろ俺のパティシエ力を誰かに判定してもらいたいと思ってたんだ」
秒で乗り気になったエドワードに、ジャックがあんぐりと口を開けている。
「お前は全く隠さねえのな……すげえよ」
「何がだ? 好きなものに負い目を感じる必要はないだろう。自分から言いふらす事はせずとも、隠す必要はない」
「うぐっ……」
思い切りロマンス小説趣味を隠そうとしていたジャックに、見えない矢が胸に突き刺さった。
ズーンと項垂れるジャックの傍ら、エリーナがユフィに言う。
「良かったね、ユフィちゃん。エドワード君の自家製ケーキが食べれるわよ」
「は、はいっ、楽しみです!」
こうして、4人は馬車に乗り込んでエリーナの屋敷に向かうことになった。
(なんか、いいな……)
休日に、皆と一緒に友達の家へ行く。
当初の予定とは大幅に変わったが、人生初めてのイベントにユフィの胸はドキドキしていた。
(こうなるなら、ライルさんも誘ったら良かったな……)
ぽつりとそれだけが心残りなユフィであった。
◇◇◇
「やあ、おかえり。待ってたよみんな」
エリーナの屋敷へ行くと、庭先でライルが優雅にお茶をしながら待っていた。
「ラララライルさん!? なぜここに!?」
ユフィが驚愕して尋ねる。
「いやあ、びっくりしたよ。ユフィを遊びに誘おうと寮に行ったんだけどさ、ユフィはいないし、部屋は大惨事だし」
「「あっ……」」
ユフィとエリーナが同時に声を漏らした。
エリーナ歓迎用にデコレートした部屋の至る所に血飛沫が舞い、紙吹雪だらけになった惨状を見たライルの心中は想像するに容易い。
「それで、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思って、王太子権限を駆使させてもらった。そしたら、エリーナと一緒にこの屋敷に向かってるという情報をキャッチしてね。先にお邪魔させてもらったんだ。まさか、ジャックとエドワードも来るのは想定外だったけどね」
「あああっ、ごめんなさい私がアホな事をしたばっかりに大変お手数を……」
「事情はどうあれ、とりあえず無事なようで良かったよ」
「は、はい……色々ありましたが、おかげさまで……」
にこりと爽やかに笑うライルに、ユフィも釣られて口角が持ち上げた。
「なかなか無茶苦茶するよなお前」
ジャックの言葉に、ユフィはぶるりと震える。
(よくよく考えてみると、同級生の行方を追うために王太子権限を乱用するライルも相当やばい人なんじゃ……)
そんなことを考えていると、エドワードがライルにちくりと言う。
「ライル、女子寮は男子禁制だったはず。一体どうやって……」
「まあまあまあ、細かい事はいいじゃない」
ライルは手をひらひらさせ、ユフィは目を逸らした。
(またベランダから侵入しようとしたんだろうなあ……)
以前、ライルが部屋を訪ねて来た際のことを思い出すユフィ。
エドワードが大きなため息をつきつつライルに言う。
「仮にも貴方は生徒会の副会長なんです。女子寮に侵入して御用になるなんて失態はくれぐれも……」
「わかってるって、平気平気」
エドワードの言葉を遮って、ライルは立ち上がる。
そして皆を見渡し、パンッと手を叩いて言った。
「さて、じゃあなにして遊ぼうか!」
 




