第85話 エリーナさんのお家へ!
巨大クラッカーが爆発して数分後。
「ごめんなさいごめんなさい!! 本当にごめんなさい!!」
頭が床を突き破って階下に落下しそうな勢いでユフィは謝り倒していた。
エリーナに回復魔法をかけてもらったため、手首からの出血はすでに治まっている。
「ううん、私こそ早とちりしてごめんなさい。せっかくいろいろ準備してくれてたのに……」
そう言ってエリーナは部屋を見回す。
ユフィが一晩かけて作り上げた来客用の部屋は、見るも無惨な姿になっていた。
巨大クラッカーの爆発し、中にあった紙吹雪が部屋中に散らばっている。
玄関からリビングまでユフィの血がそこらじゅうに垂れ落ちていて、 一見するとパーティ会場に強盗が押し入って大惨事にみたいになっていた。
「これは、片付けるのが大変そうね……」
「わ、私がやっておきますので、気にしないでください」
「ユフィちゃん一人に片付けをさせる訳にはいけないわ。うーん……そうね……」
顎に人差し指を押し付けて考えていたエリーナが、「そうだっ」と手を打った。
「ユフィちゃん、今から私の家に来ない?」
「私なんかが足を踏み入れたら穢れでエリーナさんの家が溶けてしまいますよ!」
「ユフィちゃんは毒系の魔物か何かなの? ほら、前に私の家に来るって約束、したじゃない」
「あっ……そういえばした気がします」
「でしょう? ちょうど良い機会だと思わない? この部屋のお片付けはうちのハウスキーパーを派遣するから、気にしないで良いわよ」
「えええっ、そんな、申し訳ないですよ!」
ぶんぶんと首を振るユフィ。
「気にしないで。私にも責任があるんだし、ユフィちゃんが一人でこの部屋の片付けをするなんて、想像するだけで胸が痛くなるの……」
「エリーナさん……」
ああ、なんて慈愛に満ちた人なんだろう。
エリーナの優しさに、ユフィの方が胸が痛く……。
「……ワンチャン、ユフィちゃんの髪の毛や爪を採取できるかもしれないし」
「エリーナさん?」
「ううん、なんでもないわ」
気のせいだろうか。エリーナと一緒にいると、時折背筋がぞわりとするのは。
「ささ、後のことは任せて早く行きましょう」
「わわっ……」
こうしてユフィは流されるままに、エリーナの家へ向かうことになったのだった。
◇◇◇
「ば、馬車なんて初めて乗りました!」
エリーナの実家の専用馬車の窓から、エルバドル王国の首都ガーデリアの街並みを見て、ユフィは興奮気味に声を上げた。
石畳の道路や整然と並んだ家々、市場の賑わいや、華やかな店先。
子供たちの笑い声が聞こえる広場、すれ違う馬車や車が行き交う大通り。
何気に首都の街並みを見るのは初めてのユフィは、ミリル村の100兆倍都会な光景に心を躍らせていた。
「ふふっ、気に入ってくれて嬉しいわ」
ユフィが子供のようにはしゃぐ姿を見て、エリーナは優しい笑みを浮かべている。
彼女にとって馬車で街を移動することは日常茶飯事であったが、ユフィの無邪気な反応を見ると新鮮な気持ちになった。
そんな時だった。
「あれ……?」
ユフィの視界に見覚えのある人物が映った。
彼は帽子を目深に被りサングラスをかけている。
「どうしたの?」
エリーナもユフィと一緒に窓を覗き込む。
「あら、ジャック君じゃない。体格が良いから全然変装になってないわね」
「何をしてるんでしょう……?」
そういえば、ジャックは今日は何か予定があると言っていた。
こんな街中で一人何をしているのかという疑念が湧き出す。ジャックの挙動はどこか怪しげだった。
周りをキョロキョロと見渡しながら、まるで何かを警戒しているように歩いている。
「怪しいわねえ……」
そう言ってエリーナは笑顔で御者に声をかけた。
「ちょっと止めてくれるかしら?」
「はいよー」
キッと馬車が止まると、エリーナはユフィと一緒に降りた。
「ど、どうするんですか?」
ユフィは思わずエリーナに尋ねた。
「決まってるじゃない、尾行よ尾行」
「ええっ!?」
ユフィはギョッとした。
「だ、だめですよっ。怒られちゃいます」
人の後をこっそりつけるなんて考えることすら恐ろしいと、ユフィはビクビクしながら言う。
「平気よ平気。こんなことでジャックは怒らないわ。ささ、早く早く、見失っちゃうわ」
「うう……」
(いいのかな……?)
ユフィは戸惑いつつも、エリーナの楽しげな様子に押され仕方なくジャックを尾行することにした。
しばらくすると、ジャックはとある建物の前で足を止めた。
その建物は大きく、外壁は古い石造りで、歴史を感じさせる荘厳な佇まいだった。
「ガーデリア中央書店……王都で一番大きな書店ね」
「書店……?」
「そう。たくさんの本が売っているお店よ」
「へええ! そんなお店があるんですね」
ミリル村では本は高級品だったため、あまり見ることはなかった。
しかし王都では本が当たり前のように出回っているらしい。
そうこうしているうちに、ジャックは大きく息を吸い込んで、意を決したようにその書店に入っていった。
「あ、入っていった。追うわよ!」
「は、はいっ」
ズンズンと進んでいくエリーナの後ろをユフィもついていった。
若干の非日常感も相まって、ユフィも少し楽しくなってしまっている。
ジャックの尾行に夢中になっていたため、二人は気づかなかった。
──さっきのって、次期聖女候補のエリーナ様だよな?
──ああ、間違いない。一緒にいたのは……誰だ?
──書店に入っていったぞ。急げ、何かスクープを取れるかもしれない!
ユフィとエリーナの後ろで囁かれていた、そんな声に――。