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【書籍化・コミカライズ】聖女様になりたいのに攻撃魔法しか使えないんですけど!?  作者: 青季 ふゆ@醜穢令嬢 2巻発売中!
第三章

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第83話 ジャックの事情


 魔力切れによる反動は休憩したら治るもの。それも、ジャックほどの腕前だとすぐに回復する。

 しかし何度もユフィにボコボコにされ、ジャックの外傷が目立ってきた。


 これ以上は致命傷になるかもしれないと、今日は切り上げることになった。


「いてて……こりゃ、誰かに回復魔法をかけてもらわねえとな」

「ごめんなさい、私の回復魔法がゴミなばっかりに……」


 そんなやりとりをしながら学園まで帰ってくると。


「おや、ユフィとジャックじゃないですか」


 学園の外廊下で、ノアと鉢合わせた。


「こ、こんばんは、ノア先輩……と」

「父上……」


 ノアのそばに立つ大柄な男を見てジャックが呟く。そして恭しく頭を下げた。


(こ、この方がジャックさんのお父さん……!?)


 慌ててユフィも膝と手と頭を地面に擦り付ける。


「俺もそれなりの地位にいるが、初対面で土下座をしてくる者は始めてだぞ」

「これさえしておけば夫婦円満だという父親の教えでして……!!」

「……その言葉だけで、君のご両親の様子が垣間見えるな」


 小さく息をついたあと、ガイオスは言う。


「頭を上げよ。おちおち話もできん」

「あ、はい。申し訳ございません」


 言われて、ユフィはすくっと立ち上がった。


 視界を占める圧倒的なオーラを放つ男に、ユフィは気圧されてしまう。

 

 盛り上がった筋肉に大柄な体格はたくさんの勲章が刻まれた制服に包まれている。

 片目を覆う眼帯は彼が死線をくぐり抜けてきたことを如実に表しているように見えた。


 少なくとも、ギャンブルでよく金をスッてアイシャにバチボコにされている我が父トムとは大違いだった。


「ちょうどさっきまで、ユフィについて話をしていたのですよ」


 ノアが相変わらず爽やかな笑みを浮かべたまま言う。


「アッ、そうなのですね……私なんかに時間を割いていただきありがとうございます……」

(そういえばさっきの生徒会で、私の今後に関して話し合いをするって言ってたわね……)


 ぼんやりと思い返していると、ガイオスがユフィに視線を向けて口を開く。


「君が、ユフィ・アビシャスか」

「あ……はいっ」


 野太い声で名前を呼ばれて、ユフィの心臓が「ひいっ」と悲鳴をあげる。


「ガイオス・ガリーニだ。この国で軍務大臣をしている」


 軍務大臣、と言われても自分の属性の遥か遠くすぎてユフィはピンときていない。


(とりあえず、偉い人なんだな……粗相のないようにしないと……)


 そう心に銘じて、ユフィはハッとした。


「ごめんなさい……ゴボウは魔人さんによって消し炭になってしまいまして」

「ゴボウ? なんの話だ?」


 怪訝な顔をするガイオスに、ノアが補足をする。


「ユフィの習慣として、初対面の相手にお近づきのしるしとしてゴボウをプレゼントするんです」

「なるほど……話に聞いた通り、変わっているのだな」


 目を細めてから、ガイオスは言った。


「先ほどの会合で君の処遇が決まった。近々、王城へ来てもらう」

「……!? わ、わかりましたっ……」


 王城、と聞いてユフィの背筋がピンと伸びた。


(王城……選ばれしハイソな人間しか足を踏み入れることの出来ない神々の空間……)


 ギュッとユフィは拳を握りしめた。


(ちゃんとした格好をしていかないと!)


 ユフィの頭の中で、世間一般で言う『ちゃんとした格好』とは別のファッションが浮かんだのは言うまでもない。


「ジャック、聞いたぞ。今年も演舞会に出るようだな」


 ガイオスの視線がジャックへと移る。


「は、はい。今年こそはハンス先輩を倒してみせます!」

「当たり前の事だ。威張ることでもない」


 ギンッと圧の篭った目を向けられ、ジャックの表情に緊張が走る。

 そしてどこか悔しそうに顔を伏せ「申し訳ございません、父上……」と謝罪を口にした。


(親子……?)


 自分の家庭とはあまりにも違う父と子の関係に、ユフィは面食らってしまうのだった。


◇◇◇


 ガイオスと別れてから、女子寮までジャックが送ってくれることになった。

 その間、ジャックは一言も言葉を発さなかった。


 肩を落とし、視線を下にしたままトボトボと歩いている。


(き、気まずいっ……)


 息が詰まりそうな空気だったが、ジャックの背中から話しかけるなオーラが出ていて言葉をかける事はできなかった。


 そうこうしているうちに女子寮の前に着く。


「お、送ってくださってありがとうございます……」

「ああ……」


 やはり落ち込んだ様子のジャックを見て、ユフィの胸がザワザワと音を立てる。


「今日はありがとな」

「いえいえ……どういたしまして。明日は、鍛錬どうしましょう……?」

「明日は……ちょっと外せない用事があってな。厳しいわ」

「そ、そうですか」

「悪いな。じゃあ、そろそろ行くわ」


 それだけ言って、踵を返すジャック。


(このタイミングを逃したら……)


 きゅっと、ユフィは唇を噛み締める。


「あ、あのっ!!」


 思わず、ユフィは声を上げていた。

 振り向き、怪訝そうに眉を寄せるジャックに、ユフィは心臓をバクバクさせながら尋ねた。


「ジャックさんは……ハンス先輩と何か、あったのですか……?」


 ユフィの問いに、ジャックは目を瞬かせた。


「えっとえっとええと、あの……ジャックさん、ハンスさんへの勝ちにすごく執着しているように見えたので……何がそんなにジャックさんを駆り立てるのかと、気になってしまい……」


 ユフィの言葉に、ジャックは頭の後ろを掻いた。


「……そんな、大したことじゃねーんだけどな」


 そう呟いたあと、ジャックはユフィにそばのベンチに座るよう促した。


 緊張した面持ちで、ユフィはベンチに腰を下ろす。

 ジャックも隣に座って横並びになった。


 一度深呼吸をし、ジャックは遠くを見つめるようにして口を開いた。


「端的に言うと、ハンスの実家アーノルド公爵家と、俺のガリーニ家は古くからライバル関係なんだ」


 ジャックの説明に、ユフィは聞きいる。


「俺は次期軍務大臣のポストにいた父親の息子として生まれ、幼い頃から厳しく訓練を施されてきた。最強の攻撃魔法の使い手になるようにってな。火魔法の才がある事がわかって、日々鍛錬を続けてきたんだ」


 ジャックの声は静かで、その言葉には重みがあった。

 長い年月をかけて築いてきた火魔法の成果と、耐え続けたプレッシャーが滲んでいた。


「ハンス先輩とは、子供の頃からずっと競い合ってきた。同じ幼稚舎に入れられ、何かと比べられてきた。ハンス先輩の方が年上なのもあって、いつも向こうが一歩リードって感じだったんだがな。俺がファイヤボールを一つ作れて喜んでたら、ハンス先輩二個作ってドヤ顔をかましてくる。何度も悔しい思いをさせられた。そうやって、お互いに切磋琢磨しながら、強くなってきたんだ」


 あの冷静沈着なハンス先輩のドヤ顔なんて想像もできない。

 とにかく二人は血筋も絡んだライバル関係であることをユフィは理解した。


「俺は、家の期待を一身に背負ってきた。家の名声、誇り、それらを守るために、必死だったんだ。ハンス先輩も同じように、自分の家のために……そしてハンス先輩は攻撃魔法の実績が認められ、一足先に魔王軍に対抗する軍の一員になった。そりゃ焦りもするわな」


 ジャックはふと笑みを浮かべたが、それはどこか悲しげで自嘲気味なものだった。


「まあようするに、ガキの頃から競い合ってきたハンス先輩だけには、俺は負けたくないっつーか……一年のハンデはあれど、なんとしてでも勝利をもぎ取って吠え面かかせてやりたい。ただそれだけだ……って、どうしたユフィ?」


 話し終える前に、ジャックはギョッとした。

 隣でユフィがズーンと絶望の表情をしていたから。


「私という人間の小ささに絶望していただけなので気にしないでくださいごめんなさい……」


『脱! ぼっち! みんなにチヤホヤされるために聖女様目指すぞー!』


 というなんとも下心満載な動機に比べ、ジャックの攻撃魔法に対する並々ならぬ熱意が眩しすぎてユフィは溶けそうになっていた。


 ジャックとはあまりにも家柄も境遇も違いすぎて、彼の抱える重圧や背後にある深い葛藤を理解する事は出来ない。


 わからないながらも、彼の努力と苦労、そしてなんとしてでも強くなろうという姿に、自分が持っていない輝きのようなものを感じた。


「な、なんだかよく分からねえが……まあ、どんまい?」


 不思議そうな顔をしながらも、ジャックはグッとサムズアップするのだった。


「話してくださってありがとうございました。なんにせよ……ハンス先輩に勝てるよう、頑張らないとですねっ」

「……ああ、そうだな」


 ユフィの前向きな言葉に、ジャックが弱々しく言葉を漏らす。


「ハンス先輩に絶対勝つ。そのために出来る努力は惜しんでいないが……ふと不安になるんだ。才能も歴もハンス先輩の方が上で、俺がどんなに頑張っても、無駄なんじゃないかって」


 前向きで、根性でどうにかなるぜ的な勢い満載のジャックらしからぬ弱音。


 しかしジャックとて無限のメンタルを持っているわけではない。大きなプレッシャーを抱えつつ、ハンス先輩に勝利を収められるのか大きな不安を抱いているのだろう。


 そんなジャックに、ユフィは言葉を口にする。


「その気持ち、とてもわかります」

「誰よりも強い攻撃魔法を使えるお前がか?」


 ハンッと、皮肉めいた口調で聞き返すジャックに、ユフィはちょっぴり寂しそうな声で返した。


「私が本当に欲しいのは、回復魔法なので……」


 ユフィの言葉に、ジャックはハッとする。


「……そんなに酷かったのか?」

「ええ、本当に。練習しても練習しても、全然上手くならなかったんです。」


 ユフィは溜息をつきながら、思い出すだけで苦しくなる日々を振り返る。


「小さな切り傷ひとつ治すために1時間……どうにか短くしようと毎日試行錯誤したのですが、どれだけ頑張っても短くならなくて……」


 言葉と共に、ユフィの顔から生気が失われていく。

 絶望の日々が頭に蘇り、ユフィの表情がどんどん死んでいく様子がはっきりと見て取れた。


「どうして、諦めなかったんだ?」


 ジャックの問いに、ユフィは少し驚いたような顔をして答えた。


「え、だって……諦めたら、諦めてる時間の分だけ、練習の時間が減っちゃうじゃないですか」


 何を当たり前のことを?  という表情で答えるユフィに、ジャックは面食らった様子を見せた。

 変な空気にしてしまったと、ユフィ慌てて捕捉する。


「も、もちろん、挫けそうにはなりますよ? なんなら毎日なってましたよ。でも、諦めずに続けてたら、何か起こるかもしれないじゃないですか……ほら、今回、ジャックさんに体力トレーニングをみっちりやってもらって、直す時間が1時間から58分になったように」


 ユフィの言葉は真っ直ぐで、無垢な信念満ちていた。

 ジャックはその言葉に一瞬戸惑いながらも、徐々に理解し始める。


 そして、心の奥底にまで響いた。


「そうか……ユフィには、そもそも諦めるという発想自体が無いんだな」


 大きく頷き、ジャックは決意を新たにするように立ち上がる。


「よしっ!!」


 ジャックは拳を握りしめ、力強い声で宣言した。


「気合い入ったわ。何がなんでもハンス先輩にぶち勝ってやる!」

「お、応援してますっ」


 えいえいおーとぎこちないエールを送るユフィに、ジャックは向き直って言う。


「ありがとうな、本当に。お陰で、諦めずに頑張ろうって思った」


 どこか晴れ晴れしたような表情でジャックは言う。


 ユフィとしては大したことを言ったつもりはないが、ジャックにとっては大きな助けになったようだ。


「ど、どういたしまして」


 気恥ずかしげに俯き、ユフィは返した。

 どんな形にしろ、ジャックの役に立てたのなら嬉しい。


 思わず、頬を綻ばせてしまう。


「気弱で、弱虫で、おどおどしてて、なんでこんな奴が強いんだって何度思ったか分からねえが……」

「ひ、ひどいっ」


 かびーんとショックを受けるユフィに、ジャックは尊敬の眼差しを向けて言う。


「お前こそ、誰よりも強い精神を持ってる人間だったんだな」

「は、はあ……ありがとうございます……?」


 ジャックの言葉にユフィは歯切れ悪く返した。


(芯なんてない……ただ私には回復魔法を頑張るしかなかったから……だからやり続けただけ……)


 ユフィからすると、それが全てだった。



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― 新着の感想 ―
楽しく読ませていただいてます。ところであえての「演舞」なんでしょうか?「演武」ではなく?
一晩寮に放置したきりのシンユーちゃん大丈夫なんですか
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