第82話 果てしない壁
ノアやガイオスが応接間で重苦しい会議をしている一方、ジャックのプライベート訓練場にて。
「やっぱすげえよな、ユフィは」
なんの脈絡もなくジャックが漏らした。
「あ、はい……いつも凄く意味不明な言動をぶちかましててごめんなさい……」
「ちげーよ。魔人ルーメアを倒したんだろ? 凄すぎるよ本当に」
「いえいえそんな……ゴボウの恨みは深かっただけと言いますか」
「……ゴボウ?」
「ああいえっ、なんでもないですっ」
ぶんぶんとユフィは頭を横に振った。
「それで、今から何をするのですか?」
尋ねると、ジャックは意を決したような面持ちで言う。
「ユフィ、俺と勝負してくれ」
「……勝負、ですか?」
「ああ」
こくりと、ジャックは頷く。
「ユフィの練習法によって、確かに魔法の練度は上がっている。魔力量も増えたし、繰り出せる火魔法の威力も上がった」
グッと拳を握りしめて、ジャックは言う。
「五月祭まであと5日……更なる高みを目指すには実践をしたいんだ」
「な、なるほど……」
もうそんなに日にちが迫っていたのかとユフィは驚く。
ハンスへのリベンジを誓うジャックは、どれだけ自分が強くなっているのか腕試しがしたいのだろう。
「わ、私でよろしければ、いつでも良いですよ……」
「うおっしゃあ!」
ジャックは渾身のガッツポーズをした。
こうして、二人は訓練場の中心に立って対峙し合う。
「手加減はするな。全力で来い」
「ぜ、全力でやったら多分この訓練場ごと消し飛んでしまいます……」
「……俺が死なない程度に頼む」
「わかりました」
一瞬で回復してくれるエリーナはこの場にいない。
ジャックが大怪我をしないよう、手加減をする必要があった。
「じゃあ、行くぜ」
「はい! いつでも大丈夫です」
瞳に闘志を宿すジャックとは対照的に、ユフィはボサっと立っているだけ。
(はっ……身震いがするぜ……)
先月、生徒会の面々の前で一方的にボコボコにされた記憶が蘇って、思わず足が震える。
ユフィの見かけは小柄で、木の棒でぺしっとやったら「あうっ」と倒れてしまいそうなほど弱そうな女の子。
しかし実態は、人類最大の脅威の一つとされる魔人を一方的に蹂躙するほどの力の持ち主。
人間としての本能が、『逃げろ!』と全力で警鐘を鳴らしていた。
(だが俺は……負けるわけにはいかねーんだよ!)
恐怖を消しとばして、手を前に突き出し、魔法名を高らかに叫んだ。
「炎刃斬! !」
こうして、激しい戦いの火蓋が切って落とされ────。
「ちくしょう!! ボコボコにされた!!」
全身を土埃で汚し、ジャックは地面に這いつくばっていた。
ものの3分もしないうちに、ジャックはユフィにコテンパンにされたのだった。
「だ、大丈夫ですか?」
ジャックのそばに駆け寄って心配そうにするユフィは無傷。制服に土埃の一つ付いていなかった。
一撃すら与えることの出来なかった結果に、ジャックが大きく溜息をついて言う。
「まあでもそりゃそうだよな……魔人を瞬殺出来るほどの化け物相手に、少しでも歯が立つと思うのがそもそもの間違いだったか……」
「あの、えっと……」
こういう時にどんな言葉をかけて良いのかわからずオロオロするユフィ。
しかしジャックは「よし!」と立ち上がり、ユフィに向けて人差し指をビシッと向けて言った。
「ユフィ、もう一回だ!!」
「はっ、はい!!」
こうして、再び激しい戦いの火蓋が切って落とされ────。
ちゅどーん! じゃばーん!! ボコボコボコッ。
「だ、大丈夫ですかジャックさん!?」
今度は1分と持たなかった。
とどめの水魔法を食らって水浸しになったジャックにユフィが駆け寄る。
「ゴホゴホッ! くそっ……なんてパワーだ……」
「あのあのあの……差し出がましい事を言うようですが……」
悔しそうにするジャックに、ユフィがそーっと宣言する。
「魔法の純粋なパワーを比べると、ジャックさんが私に対抗するのは厳しい気がしなくもないので、パワー以外の部分で戦っても良い気がしないでも無い可能性もゼロではありません」
自分如きが意見をするなんて差し出がましい。
そう思って、言葉を選びまくった結果変な言い回しになってしまっている。
ユフィの言葉にジャックは考え込むように俯いていたが、やがてぶんぶんと頭を振って。
「……そうだな、言ってることは正しい……だが……」
立ち上がり、ジャックは胸を張って言う。
「俺は正面突破を突き詰める!! 小手先なんて俺らしくねえ!! つぎぃ! もう一回!」
「は、はいっ!!」
ボコスコバコッ!! バキッ。 バコチーン!
「ジャックさーん!!」
「ふぎい!! もういっふぁい!!(次ィ! もう一回!)」
とどめの土魔法で生成された岩石を頬に食らって呂律が回らなくなったジャックが再び戦いを挑む。
しかし結果は30秒も必要なかった。
「はぁ……はぁ……くそっ……足元どころか、指先にも及んでいる気がしねえ」
ボロボロになって、立っているのもやっとなジャックにユフィが気遣うように言う。
「あの、これ以上はやめておいた方が……」
「いいや、まだまだだ! つぎぃ! もういっ……か……」
ふらりと、ジャックの身体が地面に引き寄せられた。
バターン!
「ジャックさーん!?」
勢いよく倒れたジャックにユフィは慌てて駆け寄る。
連続して攻撃魔法を放ち続けたことによる魔力切れ。すなわち反動が来たのだ。
「くそ、情けねえ……」
砂粒を噛みながら、ジャックは悔しそうに言葉を落とす。
「こんなんじゃ、ハンス先輩に勝てねえ……」
悲痛めいた声に、ユフィの胸がちくりと痛む。
(どうしてジャックさんは、ここまでハンスさんを……)
ジャックは負けず嫌いで、去年負けたハンスにどうしても勝ちたい。
それは確かだろうが、それ以外にも理由がある気がした。
なぜジャックがここまで固執するのか、ユフィにはわからなかった。
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