第80話 事後処理
ユフィが学園に戻ると、校内は騒然としていた。
「魔人が出たって本当?」
「まさか、そんなわけ……」
「でも、見た人がいるって……!!」
噂が飛び交い、生徒たちは不安そうな表情を浮かべている。
廊下を駆け抜ける教師たち。
授業は急遽中止となり全校が混乱の渦に包まれていた。
混乱の間を縫ってユフィは急ぎ足で生徒会室へと向かった。
「ユフィちゃん、良かった!」
「べふっ!!」
生徒会室に入るなりエリーナが抱き着いてきた。
「怪我はない? 痛いところある? あるならすぐに回復魔法をかけてあげるから!」
「ちょ、ちょっとエリーナさん落ち着いて! 私は大丈夫ですから!」
エリーナに万力の如き力で抱き締めながら生徒会室を見遣る。
そこにはノアやライル、その他の生徒会メンバーが集まっており、キャサリンもいた。
キャサリンは両肩を抱き締め、小刻みに震え、血の気が失せた表情で俯いていた。
(無理もない、よね……)
圧倒的な力を誇る魔人と対峙したのだ。
その恐怖は計り知れないものがあるだろう。
「その様子だと、無事だったみたいだね」
ライルがやってきてホッとしたように言う。
一方のユフィは顔を曇らせ申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、ライルさん。攻撃魔法、使ってしまいました……」
「謝る必要はないよ、ユフィ。むしろ大手柄だよ」
ユフィは目を瞬かせた。
「よくぞ、キャサリンを救ってくれた。副会長として、表彰をしたいところだよ」
「あっ、いえ……そんな、表彰だなんて……」
首を横に振っておぼつかない言葉を漏らすユフィ。
キャサリンの前で攻撃魔法を使った事を怒られるかと思っていたから、褒められるのは想定外だった。
どんなリアクションをするべきなのか困惑するユフィに、ノアが真剣な口調で言う。
「キャサリンさんから事の経緯は聞きました。それで、魔人ルーメアはどうなりましたか」
「あ、消し飛ばしました」
「……相変わらず、貴方はサラッと凄まじい事を言いますね」
「あっあっ……ごめんなさい……」
「謝る必要はありません。ちなみに、どのように倒したのですか?」
「えっと……」
ユフィはおぼつかない口調ながらも、ルーメアを倒すために繰り出した攻撃魔法について説明した。
「それで、土魔法で閉じ込めてから止めに雷魔法をバーン! と……」
まるで幼子が、母親に大きなカブトムシを捕まえた時のことを説明するような身振り手振りをするユフィ。
一方の生徒会メンバーたちはぽかーんとする他ない。
「魔人ルーメアは七柱の中では最弱の存在とはいえ、そんな赤子の手を捻るかのような……」
「改めて聞くと、ユフィの攻撃魔法はチート級だね……」
エドワードとライルが冷や汗をかきながら感想を口にする。
そんな中、ハンスが腕を組んだまま息をついて言う。
「まるで、子供の妄想を聞いているような気分だな……」
彼はまだユフィの攻撃魔法をその目で見ていない分、俄には信じられないという思いがあるのだろう。
「とりあえず、ユフィはこんなことで嘘をつくような子じゃありません。もちろん、魔族サイドに潜入させている密偵からの報告と照らし合わせて、ルーメアが死んだ情報を確定させなければいけませんが……ひとまず取り急ぎ歯、ユフィがルーメアを撃破したと判断していいでしょう」
ノアの言葉に、ユフィはホッと安堵した。そのままノアは続ける。
「なんにせよ、今考えることは事後処理です。現在、魔人の出現は学園内で噂になっています。ユフィが攻撃魔法を使えることを伏せている以上、うまく処理しなければなりません。そもそも魔人が来たことを誤情報として処理するのか、軍隊によって倒したことにするのか、なかなか骨の折れる問題です」
ふーと、こめかみを抑えて息をつくノアに、ユフィは青ざめた表情で言う。
「わわわ私が出しゃばったばかりにごごごごめんなさ……」
「謝罪は不要です。何度も言いますが、トータルで言うと大手柄なのですよ。我ら人類の脅威である魔人の一人を撃破したのです。本来であれば、表彰どころか国を上げてパレードをする事案ですらあります」
そうもいきませんけどね、と小さく苦笑してからノアは言葉を続ける。
「この後、学園長を交えて軍務大臣にユフィについて話し、今後について判断を仰ぐ予定です」
(あれ……軍務大臣って……)
そういえば、ジャックの父親だ。
ユフィがふと視線を流すと、ジャックはどこか浮かない顔を伏せていた。
その表情に浮かぶ感情はわからないまま、ノアが締めくくる。
「方針が決まるまで、ユフィが攻撃魔法を使えることは引き続き他言無用でお願いします」
ノアが言うと、メンバーたちは真剣な表情で頷く。
「キャサリンさんも、いいですね?」
キャサリンはビクッと肩を震わせるも、瞳に強い意志を宿して言う。
「ええ。クルクルヴィッチ家の名にかけて、口外しないと誓いますわ」
「結構です」
こうして臨時の生徒会は幕を閉じた。
それから帰りの準備をしていると、キャサリンがそばにやってきた。
「ユフィさん」
「あ、キャサリンさん! 身体の調子は大丈夫ですか?」
「え、ええ、お陰様で……」
言いながら、キャサリンはルーメアに射抜かれた肩にそっと触れる。
そんなユフィに、ユフィは申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、キャサリンさん。ゴボウを守り切ることができなくて」
ユフィの言葉に、キャサリンの顔に走っていた緊張が僅かに解けた。
それから「ふふっ」と、笑みを漏らして。
「正直、貴方が攻撃魔法を使った時、恐怖を覚えましたわ」
「そんなっ」
ガーン!
「私たち女は攻撃魔法を使えない。そんな絶対的な理を覆すような存在を目にしましたのよ? 当然でしょう」
「うぅ……確かにですね……」
キャサリンの言葉が胸に刺さり、ずーんと落ち込んでしまう。
しかし一方で当然だという気持ちもある。
ライルやエリーナ達の受け入れの早さが異常だっただけで、本来ならもっと不気味がられてもおかしくない特性なのだ。
(怖がらせてしまった……嫌われてしまったかも……)
そんなネガティブな言葉を頭にぐるぐるさせながらユフィはしょんぼりする。
「でも、ユフィさんはユフィさんでしたわ」
優しい目をして、キャサリンは言う。
「改めて、助けてくれてありがとうございました。ユフィさんは、私の命の恩人ですわ」
「あ、えっと……どういたしましてです、はい……」
もじもじと気恥ずかしそうにしてしまう。
人に褒められ慣れていないユフィは、こうしたストレートな感謝を伝えられた際、どんな反応をすればいいのかわからない。
しかし、胸に灯ったじんわりとした温もりは、『嬉しい』の証拠。
(ずっと、回復魔法で人の救いたいと思っていたけど……)
攻撃魔法で誰かの命を救えたことも、自分にとって喜ばしいことだとユフィは思った。
「ゴボウ、入手したらまた持ってきてくださいね」
「はい! もちろん!」
弾んだ声でユフィは言った。
キャサリンとの間に存在する絆。
それは少なくとも、ゴボウよりは硬いものだとユフィは思った。
キャサリンが退室したのを見計らって、ジャックがユフィのもとにやってきた。
「なあ、ユフィ」
「ど、どうしました?」
本来であれば、今日はエリーナも合流し五月祭に向けて魔法の練習をする予定だった。
しかしルーメアの一件があってお流れになっている。
ジャックは気まずそうにしつつも、ユフィの目を真っ直ぐ見て言った。
「大変な時に悪いんだけどよ……今から練習にちょっと付き合ってくれねえか?」
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