第79話 VSルーメア
「魔人……」
キャサリンが言葉を落とす。
その声には山の中で肉食獣に遭遇した時のような絶望を含んでいた。
「キャサリン・クルクルヴィッチね?」
魔人は冷ややかな笑みを浮かべながら尋ねた。
「……知らない名ですわね、誰ですの?」
魔人を見据え、キャサリンは低い声で聞き返す。
一見すると平静を保っているように見えるが、キャサリンの手は小刻みに震えている。
攻撃魔法の使えない女子生徒にとって、魔人の存在は脅威でしかなかった。
キャサリンの返答に、魔人は人差し指を持ち上げる。
それをキャサリンに向け、指先からぴゅんっと何かを発射した。
「あうっ……!!」
光線はキャサリンの肩口を射抜いた。
鮮血が飛び散り、思わずキャサリンは膝をつく。
肩を抑えた指の間から血がぽたぽたと滴り落ちた。
「キャサリンさん!!」
ユフィが声を上げる。
キャサリンは痛みに顔を歪めながらも魔人を睨みつけ、「癒しの力よ……」と回復魔法を唱えた。
キャサリンの手から淡い光が放たれ、傷口が瞬時に癒えていく。
「ほう。情報通り、なかなかの使い手だな」
魔人は感心したように目を細め、少しだけ口角を上げた。
「私の名はルーメア。魔人7柱の一人」
今度は人差し指ではなく、掌をキャサリンに向けた。
「お前は魔王様の脅威となる存在。悪いけど、ここで死んでもらうわ」
ルーメアの言葉に、キャサリンは奥歯を噛み締める。
(まずいですわね……このままじゃ、ユフィさんも……)
自分の死よりも、巻き添えの形で危険に晒されているユフィの事でキャサリンは頭がいっぱいだった。
「ユフィさん、私が囮になりますから、その隙に……って、あれっ?」
後ろにいたはずのユフィがいなくなっていった。
この場から逃げ出したのなら万々歳だが、キャサリンの予想に反しユフィはルーメアの前に立っていた。
「なんだあ、お前?」
ルーメアが眉を顰めてユフィを見下す。
「ちょっ!? ユフィさん!? 何をやってますの!! 早く逃げてください!」
キャサリンが呼びかけるも、ユフィは視線を下に向けたまま言う。
「せっかく取って来たゴボウを滅茶苦茶にした上に、キャサリンさんまで傷つけて……」
キッと、ユフィはルーメアを睨みつけていった。
「絶対に許しませんからね!」
ユフィが声を張る。
ルーメアからすると、攻撃魔法の使えない人間の女から敵意を向けられた。
その事実にルーメアは笑いを堪えきれないとばかりに身体を折り曲げて。
「あははっ!! はははははは!! 人間の雌が許さないと来た! 数百年の時を生きているが、このような珍事は初めてね!」
ひとしきり笑った後、ルーメアの表情から笑みが消える。
そして、背筋が凍るような声で言った。
「舐めるなよ、人間風情が」
キャサリンに向けられていた掌が、ユフィへと照準を変える。
「その度胸に免じて、痛みなく消してあげるわ」
ルーメアの手が光を放つ。その光は次第に強さを増し、周囲の空気がビリビリと震え始めた。
「ユフィさん!! 逃げて!!」
「雷砲撃」
キャサリンの叫びが響くと同時に、ルーメアの手から雷の閃光が放たれた。
それは、先ほどキャサリンを射抜いたものの何倍もの威力を持つ雷魔法。
並の人間に直撃したら一瞬にして黒焦げになるエネルギーの塊が、目にも止まらぬ速さでユフィに向かって殺到し──。
「水防壁」
落ち着いた声と共に、ユフィの目の前に大量の水が現れた。
その水はルーメアが放った雷魔法を弾くように蠢く。
「きゃっ……!!」
バチバチィッと耳を劈く音、弾ける光。
ユフィが放った水魔法は雷魔法を包み込んだ。
「………………………………………………は?」
ルーメアが素っ頓狂な声を漏らす中、ユフィはまるで蝿でも払うかのように手をサッと振るった。
すると、ビリビリと電気を帯びた水はそのまま勢いよく空へと飛び上がり、そのまま遠い空の向こうできらんっと消えていった。
雷光が消え、水滴が舞い散る。
静寂が訪れる中、ルーメアは驚愕の表情を浮かべ、何が起きたのか理解できないようにぽかんとしていた。
「ユフィ……さん……?」
静寂を破るように、キャサリンが信じられないという表情で言葉を口にする。
「……攻撃魔法を使えることは口外しない、という約束でしたが……」
ユフィはすうっと息をつき、悪戯がバレた子供のように震えた声で言った。
「ととと友達を守る時は、れれれ例外……ですよね?」
ルーメアは我に返り、表情に警戒を滲ませてユフィに尋ねた。
「貴様……男装してたのか?」
「だから違いますって!」
「なら、私の雷魔法に一体何をした!?」
「えっと、雷魔法は水に伝う特性がありますから、防御に水魔法を使い……」
「違う!! そういう事を聞いているんじゃない!! なぜ人間の雌であるお前が、攻撃魔法を……」
そこまで言ったところで、ルーメアはハッとする。
「そうか、お前がか……」
全ての合点のいったとばかりに、ルーメアが低い声で尋ねる。
「お前が、ユフィ・アビシャスだな?」
「ダレデスカソノヒトハシリマセンネ?」
「わかりやす過ぎるぞお前」
サッとユフィは顔を逸らした。
(ここここれは……完全にバレてる、よね……?)
そういえば先日、生徒会で魔族サイドにユフィの存在が露呈したと話し合われた。
このルーメアという魔人も、女の身でありながら攻撃魔法を使えるユフィを情報として把握しているのだろう。
その時だった。
「おいなんださっきの爆音は!」
「こっちからしてきたぞ!」
騒ぎを聞きつけてか、他の生徒たちがやってくる気配。
「ザックスには待機しろと言われたが、ちょうどいい! 貴様も葬ってやる!!」
そう言って、ルーメアが次なる攻撃魔法を放とうとする。
(どうしよう、どうしようどうしよう……!!)
ルーメアはここで戦いを仕掛けてくるつもりだ。
しかしこれ以上、攻撃魔法が使える事を他の生徒に知られるわけにもいけない。
(かくなる上は……)
ちらりと、未だに現実を受け止めきれていないと言った顔のキャサリンを見遣る。
キャサリンはユフィと目が合うと、びくりと肩を震わせた。
使えるはずのない攻撃魔法を使う女子という存在に、少なからず恐怖を覚えているようだった。
そんなキャサリンの反応に胸がちくりと痛みつつも、ユフィは懇願するように言う。
「さっき見たことは、とりあえず秘密にしておいてくださいね」
「死ねえ!! ユフィ・アビシャ……」
「岩石鎚衝!!」
ユフィが唱えた瞬間、ハンマーを模した巨大な岩石が出現。
「えっ」
ばこちーーん!!
「べふっ!?」
そのハンマーはルーメアをゴルフボールのように天高く弾き飛ばした。
雲の漂う上空まで吹き飛ばされたルーメア。
そんな彼女に、ユフィは風魔法を駆使し、空を裂くかのような速さで追いつく。
「貴様……!! よくも……」
ルーメアは体勢を立て直し、その紫の瞳に怒りを燃やしながら雷魔法を放とうとする。
しかしユフィのスピードはルーメアを遥かに凌駕した。
「疾風球閃!!」
ユフィの掛け声と共に鋭い空気の塊が空を切り裂き、ルーメアに向かって一直線に放たれた。
その風はまるで巨大な刃の如く、音速を超える勢いで迫る。
ユフィの放った風魔法はルーメアを大陸を横断するほどの勢いで吹き飛ばし、タンポポのように運び去った。
「おおおおおっ!?」
凄まじい速さに驚愕するルーメアの眼下から大地が消え、陽光が反射する海が広がる。
(これで誰かに見られる心配はない!)
そう冷静に考えながら、ユフィはルーメアを軽々と追い抜いた。
ルーメアは今度こそ反撃しようと雷魔法の力を集中する。
しかしユフィは既に次の一手を放っていた。
「炎獄爆 !!」
ユフィの手から放たれた火の玉が一瞬で巨大な炎の竜巻となりルーメアを包み込む。
「きゃあああああああ!!!」
猛烈な炎がルーメアの身を焼き尽くし、空を赤く染め上げる。
炎が晴れて現れたルーメアは所々焦げていたが、致命傷は与えられていないようだった。
流石は魔人の耐久性と言ったところだろう。
「貴様! 殺してやる! 絶対にころ……」
「岩牢圧壊!!」
怒りの形相のルーメアが言い終わる前にユフィはさらに強力な土魔法を繰り出した。
瞬間、周囲の空間に突如として巨大な岩石が出現。
まるで山の一部が切り取られて空中に浮かんだかのような圧倒的な威圧感。
そんな重厚な岩石がルーメアを中心にしてぐるりと囲むと、その岩が一斉に動き出しルーメアを押し潰そうと迫ってきた。
「ぐああああああああっ!?」
ルーメアは苦悶の表情を浮かべ、必死に逃れようとするが、岩石の猛攻に対して為す術もない。
岩が次々と彼女を押し潰す。
空中で逃れる術を失い、体中から紫色の血を流しながら苦痛の声を上げた。
「くっ……このっ……」
岩の隙間から必死に体を抜け出そうとするルーメア。
しかしその努力も虚しく、重たい岩石が次々と彼女を押し戻す。
「これで終わりです!!」
ユフィの目が鋭く光り、手を高く掲げる。
空が一瞬暗くなったかのように雷雲が集まり始めた。
岩の隙間からその光景を見上げるルーメアの表情が驚愕に染まる。
「ちょっ、まっ……それは洒落にならな……」
「天雷破撃!!」
雷鳴が轟き、閃光が空を裂く。
ルーメアに向かって、天空から特大の雷が一直線に落ちてきた。
まるで太陽が落ちてきたかのような光量で空全体を照らし、耳をつんざくような轟音が辺り一帯に響き渡る。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
雷魔法の直撃を受けたルーメアの絶叫が空中に反響する。
雷のエネルギーが彼女の体を貫き、凄まじい光と熱が彼女を包み込んだ。
轟音、そして、破裂音。
雷魔法は岩石ごと溶かしながらルーメアを消し飛ばした。
パラパラと、岩の欠片と肉片のようなものが海へと落ちていく。
「これでよし、かな?」
ふいーと、ユフィはまるで日曜大工がひと段落ついたようなテンションで額を拭う。
「い、急いで戻らなきゃっ」
なんの説明もないままキャサリンを残してしまっている。
慌てた様子でユフィは学園と飛び帰るのだった。
残されたのはただ静寂と焦げた空気の匂いだけだった。
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