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第78話 急襲

 眼下の景色が物凄い勢いで流れていく。

 雲間から差し込む陽光がぽかぽかと気持ち良い。

 ユフィは風魔法を駆使しながら、全速力で学園へと向かっていた。


「あっという間の帰省だったなー」 ふとユフィはリュックに目をやった。


 パンパンに膨らんだリュック、そしてずっしりとした重みが、ゴボウ獲得ミッションの成功を物語っている。


 思わず「ふふっ」と笑みが溢れる。


「キャサリンさん、喜んでくれるかなあ」


 ゴボウを渡して感謝される未来を想像してニヤニヤが止まらないユフィであった。

 飛翔を続けるうちに、学園の姿が見えてきた。


「あっ!」


 キャサリンのトレードマークである縦巻きロールが、陽の光を受けてキラキラと輝いているのが見えた。


 彼女はちょうど寮から出て校舎に向かっているようだった。


 ユフィは人気のない場所を見つけそっと降り立る。

 それから通学路に出ると、他の生徒たちの間を縫ってたたたっとキャサリンに駆け寄った。


「キャサリンさん、おはようございます!」

「え……誰ですの? まさか我がクルクルヴィッチ家の資産を狙うため私を攫おうとしている不審者……?」

「ユ、ユフィですよお!」


 ユフィがピエロ眼鏡を外すと、キャサリンは「ああっ」と声を上げた。


「ユフィさんじゃない、ごきげんよう……って、なんですのリュックは!?」


 目を見開くキャサリンに、ユフィは「よくぞ聞いてくれましたっ」とばかりにリュックを下ろす。


 そして中から両腕いっぱいのゴボウを取り出して見せた。


「キャサリンさんが欲しいと言ってたゴボウ、実家から取って来ましたよ!」

 ユフィの声が通学路に響いた。


「ちょっ……」


 驚きと困惑の表情を浮かべ周りを見回すキャサリン。

 そこにはユフィたちを見ている生徒たちの姿があった。


「ねえ、あれって……」

「クルクルヴィッチ家のキャサリン様と……落ちこぼれのユフィ?」

「何渡してるのかしら? ……ゴボウ?」


 囁き声が聞こえ、キャサリンの顔が赤くなった。


「こ、こっちに来てくださいまし!」

「ふぇっ……!?」

 キャサリンに手を引かれるがまま、ユフィはその場を駆け出した。

 連れてこられたのは人気のない校舎裏。ちょうど日陰になっていて、ひんやりとした空気が漂っている。


「ふう……ここなら大丈夫そうですわね」


 キャサリンが一息つく。

 一方、ユフィはなぜ校舎裏に連れてこられたのかわからず困惑の表情を浮かべていた。


(校舎裏……二人きり……カツアゲ……!?)


 頭の中がピコーンと光る。

 さーっと、ユフィの顔から血の気が引いた。


「さて、じゃあ約束のゴボウを……って、何してますの!?」


 地面に土下座し、頭の前にゴボウの山を積み上げたユフィを見てキャサリンはギョッとする。


「ごめんなさいキャサリンさん私今手持ちが無くて差し上げられるものはゴボウしかないのです」

「クルクルヴィッチ家の淑女がカツアゲなんて品のないことは致しません!」


 キャサリンが突っ込んで、ユフィはようやく頭を上げた。


「それにしても早速ゴボウを取って来てくださったのですね」

「は、はいっ。実家から貰って来ました」

「仕事が早いですわ! そういえば、ユフィさんはどちら出身ですの?」

「えっと、ミリル村です」

「ミリル村!?」


 ギョッとキャサリンが目を見開いた。


「ミリル村って、ここからだと馬車で何日もかかりますわよ!? 一体どうやってゴボウを……!?」

「あっ……!!」

(やっちゃった!)


 ユフィの心臓がばくんっと跳ねた。

 昨日、キャサリンにゴボウを実家から取ってくると言った。


 馬車で何日もかかる距離にも関わらず、一日も経たずして大量のゴボウを持って来たこの状況は説明がつかなかった。


(風魔法でひとっ飛びして……なんて言えない!)

「えっと、えっとー……えっとですね……!!」


 ダラダラと汗を流し、目を泳がせながら必死でユフィは言い訳を考える。


「なななな無くなったと思ってたんですががががが押入れの奥にににに眠っていましたたたたた!!」

「こんなにたくさんのゴボウの存在を忘れていたのです……?」

「ききき記憶力が乏しくて……あははははは……」


 ユフィが全力で取り繕いながら言うと、キャサリンは思い出したような顔をする。


「確かにユフィさん、この前の暗記の小テストの点数、0点だったのを先生に怒られてましたわね」

「そそそうなんですよ!! 本当に物覚えが悪くて……」


 本当は体力トレーニングによる筋肉痛で勉強出来なかったのが理由だが、誤魔化すにはこの方向で押し切るしかない。


「まあいいですわ」


 特にこれ以上、キャサリンは掘り下げる興味は無くなったようだった。

 何かなんとか誤魔化すことが出来たと、ユフィは大きく安堵の息をついた。


「それで、何本頂いていいんですの?」

「あ、もう好きなだけどうぞ」

「それじゃあ、とりあえず1本……いえ3本……10本くらい頂いても?」

「はい、もちろんっ」


 ユフィは意気揚々と大きめのゴボウを10本抱えてキャサリンに献上する。


「どうぞ」

「ああ、これよ、これですわ……」  


 受け取った途端、キャサリンはうっとりとした表情でゴボウに頬擦りした。


「太く、固く、逞しく……艶のあるこの肌触り……そして、この香り……完璧ですわ」  


 喜びオーラをふんだんに出しているキャサリン。

 大貴族のご令嬢がゴボウに頬擦りしている姿は、魔春砲(王都でゴシップ記事を扱う出版社)に激写されるとちょっとしたスクープになりそうである。


(ゴボウ、取りに帰って良かった……)


 喜ぶキャサリンの姿を見て、ユフィの頬も緩んだ。


「ありがとうございます、ユフィさん。これで当分、食の楽しみが増えましたわ」  

改めて礼の言葉を口にするキャサリンに、ユフィの胸が温かくなる。

「は、はいっ、どういたしまし……」  


 ユフィが言い終える前に、キャサリンが何かに気づいたようにハッとした。


「危ないですわ!」

「きゃっ……」


 キャサリンが急にゴボウを投げ出しユフィを守るように覆いかぶさった。


「キャ、キャサリンさん!? 何を……」  


 その瞬間、キャサリンの手から落ちたゴボウと、リュックに入ったゴボウが爆音を轟かせて吹き飛んだ。


「ゴボウがーーーーーーーーーーー!!!!!!」

「何呑気なこと言ってますの!」


 キャサリンがユフィの手を引いて立ち上がらせる。

 見ると、先ほどまで自分達がいた場所に大穴が空いてぷすぷすと煙を上げていた。


「攻撃魔法……!?」

「よく避けたわね」  


 湖底の暗闇のような恐怖を孕んだ声が校舎裏に落ちる。

 音も無く、二人の前に異形の存在が降り立った。


 流れるように背中を覆う長い銀髪、不気味に光る紫の瞳。


 一見すると人間にも見えるが、普通の人間の二倍もありそうな背丈と、背中に生えた大きな翼が魔族であることを物語っていた。


「魔人……」  


 キャサリンが言葉を落とした。

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魔人ズ…。 ( ̄ノ ̄)/Ωチーン
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