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【書籍化・コミカライズ】聖女様になりたいのに攻撃魔法しか使えないんですけど!?  作者: 青季 ふゆ@醜穢令嬢 2巻発売中!
第三章

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第76話 あったかマイホーム

「パパ、ひどい」

「ごめんってユフィ」


 リビングの隅っこで、ユフィは三角座りで毛布を被って不貞腐れている。


 実の父親──トムに泥棒扱いされ、ゴキブリの如く箒でバンバンされた事による心理的ダメージはなかなかのものだった。


「ほらほら、飴あげるから機嫌直しなさい」

「……いらない」


 と言いながらも、ユフィが毛布から手をにゅっと出して、トムの手から飴を奪い去る。


 コロコロと飴を口の中で転がすと、よく実家で舐めていた懐かしの味がした。


「言葉と行動が一致していないこの感じ、ユフィだわ」


 ユフィとトムのやりとりを見ていた母親──アイシャがほのぼのしたトーンで言った。


「ほら、いつまでも不貞腐れてないで出てきなさい。元はと言えば、パパを勘違いさせちゃったユフィにも非があるのよ?」

「ゔっ……確かに……!! ごめんなさいでした……!!」


 毛布から出てきて、アイシャの前でユフィは土下座した。


「そうだ、ママ。もっと言ってやってくれ」


 トムがどこからか出したエルバドル王国の国旗を振りながら加勢を要請している。


「眼鏡とフードを被ってたとは言っても、声から実の娘だと判断出来ないアナタの方が大問題よ」

「大変ごめんなさいでした!!!」


 トムも、ユフィと全く同じ動きで土下座をする。

 母親に逆らえないのは大昔から変わらないアビシャス家の慣習だった。


 思えば、怒られたらすぐ頭を地面に擦り付けてしまうユフィの癖は父親を見て育ったからかもしれない。


「全く、アナタは昔から思い込みが激しいんだから」

「いやあ、面目ない」


 アイシャに言われて、トムは頭を掻いた。

 思い込みが激しい点も、父親譲りのようだった。


「それにしても、よく帰ってきたわねユフィ。帰るなら帰るって事前に手紙でもくれたらよかったのに」

「ごめんなさい、ママ。ちょっと急ぎの用事があって……」

「それはいいんだけど、帰ってくるのに何日もかかって大変だったでしょう?」

「…………………………うん。結構かかったかも」


 風魔法を使ったから一瞬だった、と言いそうになるのを飲み込んだ。


「その間は何?」

「なななななんでもないよっ」


 ぶんぶんぶんっとユフィは頭を振った。

 女の身で攻撃魔法を使える事、それはすなわち国家レベルの一大事。


 その事実がわかったのは魔法学園に入学してからのことだった。 


 実家を出るまではさほど珍しいことでもないと思い、親には明かしていない。


(言わなくていっか……)


 攻撃魔法を使えることは口外禁止だとライルに厳命されている。

 その範囲が両親にも及ぶかはわからないが、余計な不安の種を増やす必要はないだろう。


 そんな事を考えるユフィに、トムが尋ねる。


「急ぎの用事というのはなんだ? 早くも仕送りが底を尽きたか?」

「いや、えっと……」

「うんうんわかるぞ。お父さんも王都に出稼ぎしていた時、街の怪しい賭博場に入り浸ってな。親から貰った仕送りで人生をかけた大博打をしたもんだ」

「それで無一文になって野垂れ死そうになっていたアナタを助けたのは、どこの誰かしら?」

「そ、その節はお世話になりました……!!」


 ずざーっとトムがアイシャに渾身の土下座をする。

 父親の威厳もへったくれもない姿だが、(実家にいた時よく見た光景だなあ……)と、懐かしい気持ちになる。


 母親は元々どこかの貴族で、庶民である父親と駆け落ちしてこの村にやってきたらしい。


 聞く限り碌な出会いじゃなさそうだが、この歳になっても仲が良いあたり、ちゃんと好き合ってはいるのだろう。

 みたいな事をぼんやり考えていたら、アイシャがユフィの両肩に手を置いて、どこか諭すような目をして言う。


「ユフィ。まだ貴方は若いし、この人の血が入っているからギャンブルに手を出すのは仕方がないと思うわ。でも約束して。ギャンブルに使って良いお金は余剰資金。生活に必要なお金に手をつけちゃいけないの」

「私がギャンブルしてる前提で話が進んでるけど、してないからね!?」 

「あら、それなら何よりだわ。それじゃあ、なんの用事?」

「ゴボウが底を尽きたから、貰いに帰ってきたの」


 空のリュックをユフィは降ろすユフィに、トムが訝しげに言う。


「ゴボウを取りにはるばる家に? それこそ手紙出してくれたらいくらでも送ったのに」

「友達が早く欲しそうだったから……」

「「友達!?!?!?!?!?」」


 ギョッとするトムとアイシャ、今日一番の大声。

 二人は顔を見合わせた後、ため息をついて頭を振った。


「ママ、医者に連絡だ」

「そうね。都会暮らしが寂しすぎて、友達が出来たなんて妄想を抱き始めたのね」

「ちょっとちょっとちょっと! 私をなんだと思ってるの!?」


 実の両親に幻覚の病気を疑われ、ユフィは慌てて弁明しようとする。


「そういえば、ユフィはよく、誰かとぶつぶつ話していたな」

「思えば前兆があったのね……あの時に医者に連れて行っていれば」

「あっ、それは否定できない」


 シンユーというイマジナリーフレンドを作っておしゃべりしていたのは事実である。


「ユフィ、安心しなさい」


 トムがユフィの頭を撫でながら優しい目で言う。


「村には幻覚に強い医者もいる。きっとすぐに治って、友達はいなかったという現実に戻ってこれるよ」

「も、もうっ、だから本当だってば!」


 それからユフィは学園で友達が何人かできた事を、二人に一生懸命説明した。

 流石の二人も娘が必死に話すのを見ると、徐々に信用するようになる。


「ほ、本当に友達が出来たのか?」


 トムがまるで、妻の妊娠を確かめる父親のようなテンションで尋ねる


「だから、さっきからそう言ってるって……」


 ぐったり疲れた様子のユフィの一方で、二人は顔を見合わせる。

 それから、パアンッと二人はハイタッチして飛び上がった。


「やった! やったなママ! ユフィについに友達が出来たぞ!」

「ええ! 今夜はお祝いねアナタ!」

「えっ、えっ、えっ?」


 それからあれよあれよの間に、家がパーティ仕様に変身した。


 アイシャはキッチンで手早く料理を作り、トムはリビングに飾り付けに奔走する。

 テーブルには豪勢な料理が次々と並べられていき、天井には『ユフィに初めての友達が出来た記念パーチー!!』と達筆な字が描かれた横断幕が掛けられていた。


 普段は静かな家が、まるでお祭りのように華やかになっていた。


「いやあ、ユフィにもついに友達が出来たか。感慨深いな」

「うっ、うっ、よかったわねえ本当に……」


 トムは腕を組んでうんうんと頷き、アイシャは涙ぐんだ目をハンカチで拭っている。


(な、なんか大事になってしまった……)


  頭に三角のパーティコーン、身体には『本日の主役!』と書かれたたすきを装着されたユフィはもぐもぐと料理を頬張っている。


(十五にもなってこんな祝われ方をしているとバレたら、村中の笑い者になる……)


 そう思ったが、そもそも村の中でもユフィの存在感は皆無のため、話題にすらならなさそうだ。


 それはそれで悲しい。


(そういえば、二人ともお祝い事が好きだったっけ……)


 思い出す。

 『初めて近所の人と話せた記念パーティ』 『半年の不登校から頑張って学校に行けた記念パーティ』などなど……。


(あ、やばい。死にたくなってきた)


 ズーンと気分が急降下し始めたのでユフィは考えるのを止めた。

 そんなユフィにトムが言う。


「今度友達をうちに連れてきなさい。ユフィの友達になってくれてありがとうと、感謝をしないとな」

「そうね。ちゃんと挨拶をしたいわ」

「は、恥ずかしいからやめてっ」


 顔をトマト色に染めてユフィは声を上げる。

 ライルたちが『初めてユフィの友達が家に来たパーティ』を目にしたらドン引きは免れないだろう。


 そもそもライルやエリーナは国の中でも重要ポジションに身を置いている。

 こんな辺境の村に時間をかけて来てもらうなんて申し訳なさが天元突破してしまう。


「ちなみに、お友達の名前はなんて言うの?」


 ふとアイシャがユフィに尋ねる。


「えっと、ライルさんにエリーナさん、それにジャックさんと……」

「「なんだって??」」


 また二人の言葉が被った。

 先程までの朗らかな声色とは一転、犯罪者を尋問する取調官のようなトーン。


「ユフィ、もしやそのライルさん……いや、ライル様というのは、王太子の?」

「あ、確か第三王子? って言ってた気がする」

「エリーナさんというのは、セレスティア公爵家の?」

「そうそう。次期聖女様候補の一人なんだって。凄いよねー」


 ユフィが呑気に言うと、二人は顔を見合わせた。


「母さん、パーティは中止だ。医者の準備だ」

「ええ。王太子や軍務大臣のご令息と友達になったなんて、いくらなんでもロマンス妄想が過ぎるわ」

「ほほほ本当なんだって!」


 確かに両親の立場に立ってみれば、十五年間ぼっちだった娘の初めての友達が王太子や大臣の息子だと聞かされると、気が触れたと思うのも無理はない。


 自分でも、未だライルたちと言葉を交わしあってるのが信じられないのだ。


「これには深い訳があって……」


 説明しようとして、ユフィは言葉を飲み込む。


 ライルたちと友達になったのは、攻撃魔法を使えるのが知られた事がきっかけだ。

 

 その説明を避けながら再び二人に信じてもらうために長い時を要するのだった。



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