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第75話 いざ、帰省

 魔王領に広がる景色は荒涼としており、枯れ果てた大地が広がっていた。

 木々は枯れ果て、その幹は黒く焼け焦げ、生命の息吹は感じられない。


 地面には無数の裂け目が走り、ところどころから蒸気が立ち上っている。

 空は暗雲に覆われ、稲妻が時折暗闇を裂いては一瞬の光を放っていた。


 そんな夜闇に溶け込むように、魔人七柱の一人、ルーメアが飛翔していた。


 長い銀髪が風に舞い、紫の瞳が冷たく光っている。

 薄い黒いローブが風になびき、その下に隠された筋肉質の体が一瞬だけ覗いた。


 背中に生やした巨大な黒い翼を操る彼女の表情は冴えない。


「ザックスのやつ、日和やがって。何が準備が整うまで待機しろだ」


 忌々しそうにルーメアは舌打ちする。


「今この瞬間にも、人間どもは着々と力をつけている。一秒でも早く、多くの人間を殺すことが魔王様のためにもなるというのに」


 そう言った後、ルーメアは何か思い立ったように懐から何枚もの写真(魔道具で撮られた、本物そっくりの絵)を取り出した。


 写真には、魔法学園に通う生徒たちが描かれている。


「ザックスが手をこまねいている間に、私が雑魚を狩ることはなんら問題ないな」


 ルーメアは冷たく笑って、一枚の写真を見つめる。

 そこには、金髪の縦巻きロールの少女が描かれていた。

 

 嗜虐的な笑みを浮かべるルーメアの口元がニヤリと歪んだ。


◇◇◇


 キャサリンと別れた後、ユフィは早速購買に赴きフードとピエロ眼鏡を購入した。


(万が一にも顔がバレたらまずいもんね)


 いそいそとピエロ眼鏡をかけてフードを深く被ってから、空っぽになったリュックを背負い、ユフィは校門へと向かう。

 

 その途中、「ねえ、あれ誰……?」「不審者……?」と聞こえてきた。 


(ふ、不審者がいるの!? 鉢合わせないようにしないと……)


 全く自覚症状のないまま学園を出て、人気のない場所までやってきた。


 それから静かに呪文を唱える。


疾風脚ハリケーン・レッグ!」


 びゅおんっと風が巻き起こり、ユフィの身体が空を舞う。


 そして空を飛び実家のあるミリル村に向けて飛翔した。

 ミリル村は首都ガーデリアから遠く離れた辺境の地だが、風魔法を使うとあっという間に到着する。


「あー、気持ちい……」


 風の音が耳元でささやくように響き、自由に空を駆け抜ける感覚がたまらなく心地よい。


 眼下には絵画のような風景が広がっていた。

 草原と森が織りなす美しい景色、山並みが徐々に小さくなり、川が蛇行するように光る。


 時折、渡り鳥の群れが視界に入り、ユフィはその間をすり抜ける。

 ビュンっと追い越すと、驚いた鳥たちがバラバラに飛び立ち、反射的にユフィは「あああっごめんなさいっ」と謝った


 風魔法の力強い推進力に身を任せ、ユフィは飛翔し続ける。ほどなくしてミリル村が見えてきた。

 遠くに見える村の風景が徐々に近づき、ユフィの胸に懐かしい気持ちが湧き上がる。


「よし、到着っと」


 こうして陽が沈まないうちにユフィは実家の前に降り立ったのだった。

 ユフィの家は辺境の村に佇む年季の入った一階建ての家だ。


 外壁は風雨に晒され、ところどころにひびが入っている。

 木製のドアは使い込まれていて、塗装が剥げ落ちた部分が目立つ。


 窓枠には風に吹かれてカタカタと音を立てる古いカーテンがかかっていた。

 一見すると空き家のようにも見えるが、手入れされた庭の花達が、この家に主が健在である事を漂わせる。


「ただい、ま……」


 久しぶりのせいもあってか、ユフィは小声でそーっとドアを開けた。

 およそ1ヶ月ぶりとなる我が家に足を踏み入れると、馴染みのある鼻腔をくすぐる。


 木の香りと少しの埃っぽさが混じり合った独特の匂い。


「ああ、実家だ……」


 こんなに長く実家を離れることはなかった。

 それもあってか、懐かしさと共に安心感がユフィの胸に広がり……。


 ──リズちゃん、今夜はエルサちゃん達とパジャマ会って言ってたな……いいな……。

 ──今日は夏祭りかあ……お祭りって楽しいのかな? 行ったことないからわかんないや。


「うぐおえっ」


 かび臭い部屋の隅っこで、三角座りでぶつぶつ呟く自分の姿が呼び起こされてしまい、思わず玄関で膝をついてしまう。


 攻撃魔法の練習をしている時以外、ユフィは一人でずっとこの家にいた。

 いわばこの家は、ユフィのぼっち人生を象徴する存在なのだ。


「こ、こんな事でダメージを受けてる場合じゃないわっ」


 しゅばっと立ち上がり、深く深呼吸をする。

 学園に入り、友達が出来たおかげで実家にいた頃に比べるとほんの少しだけ立ち直りが早くなった気がする。


「キャサリンさんが、ゴボウを待ってる。早く取って帰らないと……」


 決意の言葉を胸に、ユフィは廊下に歩を進めた。

 リビングに降り立つも、人の気配はなかった。


(あれ、誰もいないのかな?)


 おかしい。

 いつもこの時間は両親がいるはずだ。


 父親は朝早くから農作業に勤しんだ後、昼過ぎには帰ってきている。

 母親は専業主婦なので、家から出ることはほとんどない。


「ま、まさか……」


 ピエロ眼鏡を探偵のようにくいっと持ち上げて、ユフィは確信的に言う。


「誘拐……!?」


 ユフィの推理力が明明後日の方向に発揮され始める。


 そんな彼女の背後に忍び寄る影──。


 べしーん!


「あいだっ!?」


 反射的に振り向くと、二撃目をお見舞いせんと箒を振りかぶる男の姿が視界に入った。


「泥棒め!! 白昼堂々うちに盗みに入ったのが運の尽きだな!」

「ちょっ!?」


 ばしーん!


 すんでのところで二撃目は回避できた。


「パパ!! 落ち着いて! 私! 私よ! 娘のユフィよ!」

「わたしわたし詐欺にはかからんぞ! 俺の娘はそんなふざけた格好はしない!」

「あっ」


 ピエロ眼鏡とフードをつけっぱなの忘れていた。

 これではどこからどう見ても不審者である。


「くたばれ泥棒め!」


 トドメとばかりに父親が大きく箒を振り被る。


「ちょ、待ってええええええええ!!」


 思わずユフィが悲鳴をあげると。


「えいっ」


 おっとりした声の主が、ユフィのピエロ眼鏡とフードを後ろから取り去った。

 振り向くと、そこにはどことなくユフィの面影のある女性が立っている。


「あらユフィ、おかえりなさい」

「ママ!」


 救世主現れたりとばかりにユフィはぱあっと表情を明るくした。


「むっ!!」


 ききいっと父親はブレーキをかけ、箒を振りかぶったまま、ユフィの顔をまじまじと見つめた。


「おお、ユフィじゃないか! おかえり!!」


 ちゃんと娘だと認識されて、ユフィはその場にへたり込んだ。 



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