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第73話 頼る恐怖症

 ユフィが校庭百周を走破し切る頃には、時刻はもう放課後になっていた。


「うーん……うーん……鶏胸肉が……ブロッコリーが……」

「ユフィちゃん大丈夫!? 大丈夫じゃないよね!? すぐ回復してあげるからね!」


 校庭の隅っこの木陰の下。

 うんうんと魘されているユフィを膝枕して、エリーナが回復魔法をかけてくれる。


 エリーナの強力な回復魔法によって、ユフィの体力ゲージはギュイーンと戻っていった。


 ついでに足の筋肉痛も解消して、ユフィはバチッと目を覚ます。


「はっ! 私は何を……!?」

「良かった!」


 ガバッと起き上がるユフィをぎゅーっと抱き締めるエリーナが続けて言う。


「ユフィちゃん、走り切るなり倒れたものだから、慌ててここまで担いで来て回復魔法をかけたのよ」

「あああうああうそうだったのですねごめんなさいご迷惑をおかけして!!」

「気にしないで。それよりも……」


 ペコペコと謝るユフィに、エリーナが真剣な面持ちで尋ねた。


「何があったのユフィちゃん?」

「何が、というと……?」

「ここ最近、休み時間はずっと寝てるし、足はずっと引き摺ってるみたいだし、絶対何かあったよね?」

「それは……」


 言いづらそうにするユフィは目を逸らす。

 ジャックの攻撃魔法の練習に付き合うついでに、ユフィ自身もジャックに体力トレーニングを指導してもらっている。


 それ自体はなんの問題もないが、ユフィは一度、エリーナの回復魔法の練習の誘いを断っている。

 故に言いづらい気持ちがあった。


「大丈夫か、ユフィ」

「ジャックさん!」


 いつの間にか居たジャックを見て、ユフィは先ほど見た夢が脳裏に広がる。


「い、1万年分の鶏胸肉は流石に受け取れませんからね!?」

「何言ってるんだお前?」


 訝しげな顔をするジャックに、エリーナが尋ねた。


「ジャック君は知らない? ユフィちゃんに何があったか」

「あー」


 頭を掻きながらジャックは言う。


「俺が毎日、付き合わせてるからだな」

「突き合わせている?」

「昨日も激しく運動をしたからな。疲労が溜まってたんだろ」

「ハゲシイ、ウンドウ?」

「おい大丈夫かエリーナ、聖女が絶対にしちゃいけない顔になってるぞ」


 何やら盛大な勘違いをし始めたエリーナに、ジャックは事の経緯を説明する。

 演舞会に向けて攻撃魔法をユフィに見てもらっている事。


 その延長で、同じく演舞会での回復魔法のため、ユフィの体力トレーニングの指導をしている事。

 それらを説明し終える頃には、エリーナは元の穏やかな元に戻っていた。


「なーんだ。そうだったんだ、私てっきりむぐっ……」

「それ以上はやめとけ。ユフィの頭がショートする」


 エリーナの口をジャックが塞ぐ。

 ジャックとエリーナの間で行われた一連のやり取りの意味がわからず、ユフィは頭の上に「???」を浮かべた。


「ぷはっ」と、ジャックの掌から逃れたエリーナが続けて言う。

「ひとまず、ユフィちゃんとジャック君は付き合ってないってことでオッケー?」

「ねーよ!! 俺の好みは金髪碧眼の身長高めでちょっと悪そうな感じだ! こんなちんちくりん擦りもしねえよ」

(なんかすごくひどいこと言われた!!)


 ガガーンとショックを受けるユフィだが、何も外れてないため反論の余地はない。


「誰もジャック君の異性の好みは聞いてないけど……とりあえず、良かった」


 エリーナがホッとする。なぜエリーナが安堵しているのか、ユフィには皆目見当もつかなかった。


「それにしても……」


 頬を膨らませ、エリーナがユフィに言う。


「水臭いじゃないユフィちゃん。言ってくれたら、回復魔法の専門家の私が練習に付き合うのに……」

「ごめんなさい、エリーナさん……」


 しょんぼりと肩を落とし、申し訳なさそうにユフィは言う。


「私なんかのために、エリーナさんの貴重な時間を頂くのは申し訳なくて……」

「ああっ、ごめんね。責めてる訳じゃないの」


 エリーナは慌てて言葉を続けた。


「ユフィちゃんが、私の時間を使うことを申し訳ないとか思わなくていいわ。私がしたいから言ってることだし。それに……」


 優しくユフィの頭を撫でながら、エリーナは試合の言葉を紡ぐ。


「私とユフィちゃんは友達なんだから、力になりたいの。だから、困ったことがあったら遠慮なく頼ってほしいわ」

「とも、だち……」


 未だに実感の湧かない、自分に向けて発せられた『友達』という言葉。


 それは、ユフィの心を温かくもしたし、ちくりとした痛みも生じさせた。しばらく沈黙した後、ユフィはか細い声で答えた。


「ありがとうございます……でも……」


 ──このくらい聞かなくてもわかるだろ。

 ──えっと、同じクラスの……誰だっけ?


 いつだったか、自分からクラスメイトに話しかけた際に返ってきた冷たい言葉。


 それもあって、人に頼ることに対する強い後ろめたさがあった。


 他人が自分なんかに時間を費やすなんて恐れ多いという思いが強く、なかなかエリーナの優しさを素直に受け入れることができない。


 そんなユフィの胸襟を察したのか、エリーナは少し不満げに言った。


「というか、現時点でジャック君に時間を貰ってるんだから、私から貰ってもいいんじゃない?」

「それは、確かにそうかもですが……」


 ジャックに関しては流されるがままに一緒に鍛錬することになったため違和感を抱かなかった。

 それに、ジャックには攻撃魔法を教えるという等価交換があるため、体力トレーニングに付き合ってもらっている側面もある。


(でも、だからって断るのは……駄目だよね)


 頼ることができなかったのは、自分自身の問題だ。

 人に頼るという事に対し勇気が出なかっただけ。


(確かに、教会だと皆、助け合ってたな……)


 筆記用具を忘れたら貸してほしいと友達に頼む。放課後予定があるからと掃除を友達に頼む。


『人に頼る』というのは、友達同士だと当たり前の行為なのだと、ユフィは腹落ちした。

「わかりました、エリーナさん……」


 覚悟を決めた目で、ユフィはエリーナに言う。


「私、エリーナさんに、回復魔法を教わりたいです!」


 ユフィの言葉に、エリーナの顔に笑顔が広がった。


「そう、それでいいの! これから一緒に頑張ろうね、ユフィちゃん」

「はい、よろしくお願いします!」


 くるりとジャックに向き直ってユフィは言った。


「というわけでジャックさん。お手数をおかけし申し訳ないのですが、今日はエリーナさんとも鍛錬を……」

「駄目だ」

「え?」


 驚き、ユフィは目を見開いた。


「今日と明日は休憩日にする」


 キッパリと言うジャックに、ユフィは「ええっ!?」とショックを受けたような顔をした。


「連日のトレーニングで疲れやべーだろ。授業中も居眠りかますし、明らかにオーバーワークだ」

「うんうん、確かに。今のユフィちゃんには休憩が必要ね」


 エリーナも同意し、優しく微笑んだ。しかし、ユフィは納得できない様子で言った。


「で、でも、エリーナさんの回復魔法のお陰で、筋肉痛はもうなくなりましたよ?」

「回復魔法といっても、万能じゃないの」


 エリーナは人差し指をピンと立ててユフィに説明する。


「確かに傷や病気を回復することはできるけど、精神的な疲労まで治せるわけじゃないの」

「ちょうど今日の授業で話していた内容だな。ユフィが寝ていた時に」

「ゔっ……」


 痛いところを突かれたような顔をするユフィに、エリーナは続ける。


「このまま身体を痛めつけて回復魔法をかけて、というのを繰り返すと、メンタルがどんどんボロボロになっていって……最悪の場合、廃人になってしまう可能性もあるわ」

「そ、それはまた恐ろしいことに……」


 エリーナの言葉に恐怖を感じ、ユフィは思わず身震いした。


「というわけで、鍛錬は明後日から再開だ。その時にエリーナも同行してもらうといい」

「わ、わかりましたっ」


 ビシッとユフィは敬礼した。 

 そんなユフィの肩にエリーナは優しく手を置き、励ますように微笑んだ。


「休むことも大事だからね。しっかり休んで、明後日からがんばろ」

「はい……!! 何から何まで、ありがとうございます……!!」


 演舞会まで残り約一週間。


 やれることを全力でやろうと、ユフィは改めて心に決めた。



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