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第70話 強さの秘訣


 ジャックと朝まで魔法の鍛錬に打ち込んだ翌日の放課後。


 ユフィはジャックに連れられて、学園の外れにある巨大な施設に来ていた。


 そこは広大な屋内施設で、天井は吹き抜けており、広さは一目では測りきれないほど。


 ランニング用のトラックが幾重にも連なり、端にはさまざまなトレーニング器具が整然と並んでいる。

 各種武器や攻撃魔法の訓練用のダミー人形まで揃っており、その規模と設備の充実ぶりに圧倒されるばかりだ。


「ここは王国の軍事訓練施設だ。俺は子供の頃から世話になってる」


 そう言ってジャックは巨大なベンチプレスに懐かしそうな手つきで触れる。

 目を凝らすと見える訓練場に所々刻まれた何かが焦げた跡は、ジャックが昔からここで火魔法の鍛錬に勤しんでいた事を伺わせた。


「ここは内側からロックをかけりゃ誰も入って来れねえ。秘密の訓練にうってつけだろ?」


 ジャックがニカッと笑って言う。

 学生の身分でありながらこんなに広大な訓練場を独り占め出来るなぞ、ユフィはぽかんと開いた口が塞がらない。


(そういえばジャックさんは軍務大臣の令息だった……!!)


 驚きながらもユフィはそう納得した。


「よし、じゃあ今日も特訓をよろしく頼む!」


 訓練場の真ん中に移動して意気込みを充分なジャックに


「あっ、はい! それじゃ、今日も魔力が空っぽになるまで魔法を打ちまくってください」


 コテンッと、ジャックがずり落ちそうになった。


「あれあれあれっ……? 私、何か変なこと言いましたか?」


 空気が悪い方向に変化したのを敏感に察知したユフィはおろおろと尋ねる。

 ジャックは頭を掻きながら言いづらそうに口を開いた。


「打ちまくるのはいいんだけどよ……その、コツ的なものとか、教えてくれないのか?」

「コツ、ですか……?」


 きょとんと首を傾げるユフィに、ジャックは身振り手振りをしながら言う。


「ああ。魔法を打つときに意識していることとか、体の使い方とか、イメージの仕方とか……」


 ただ火魔法を打って、魔力切れを起こしたら休憩して、また打っての連続。

 やっている事は単調で、ジャック自身、これで本当に魔法力が向上するのか疑念を抱いていた。


「えっと……」

(そういえば、何かあったっけ……?)


 眉をへの字にして、ユフィは考える。

 初めて攻撃魔法を打ってから今日に至るまで、特に何か特別なことをしたという実感はない。


 その時その瞬間に、『こういう魔法が出せればいいな』とぼんやりイメージしたら、ポンポン出てくる感じだ。


「ごめんなさい、わかりません……」


 頭を振って言うユフィに、ジャックは「ははっ」と、乾いた笑みを漏らして言う。


「そっか、そりゃそうだよな。そもそも女で攻撃魔法を使える特殊体質なんだ。普通の枠組みで考えること自体、おかしな話だよな」

「ううう……ごめんなさい……役に立たずでして……」

「気にするな。人の助言ひとつや二つで劇的に魔法力が上がるなら、学校なんていらねえもんな」


 どこか皮肉めいた口調のジャックに、ユフィは申し訳なさそうに言う。


「私がやった事といえば……9年くらい、毎日ぶっ倒れるまで魔法の練習をしたことくらいしか……」

「ぶ、ぶっ倒れるまで?」


 聞き間違えか? みたいな表情を浮かべるジャック。


「あ、はい。流石に、晩御飯までの時間と、晩御飯終わって日付が変わるくらいの時間でしたが……」

「何時間も、毎日? 9年間も?」

「は、はい。途中で回復魔法の練習をし始めたので、攻撃魔法の練習に割く時間は減りましたが……」


 即答で頷くユフィに、ジャックはしばし呆けていたが、やがて口を抑えて。


「くくく……ははははっ!!」


 腹を抱えて笑い始めた。


「わ、私、何か面白いこと言いましたかっ!?」

「なんで嬉しそうなんだよ」

「あっ、ごめんなさい調子乗りました許してください」

「いや、別にいいんだけどよ。なんつーか、正直お前のことを才能のソファに寝転がって悠々自適な生活を送っているタイプだと思っていたんだが、とんでもねえ努力家だったんだなと思って」

「努力……」


 呟くユフィに、ジャックは続ける。


「魔法の鍛錬ってのは地味なもんだ。練習すれば練習するほど威力は上がっていくが、日々の訓練をサボるとちゃんと腕が落ちちまう。筋肉みたいなもんだな」


 上腕二頭筋を「しょうがないやつめ」とばかりに叩いてから、ジャックは続ける。


「与えられた才能の手札以上の魔法を使うには、地道な努力しかない。だが普通、人は努力を面倒臭い、かったるいと嫌うもんだ。俺も正直、だりいなって思う瞬間はいくらでもある。だが……」


 ユフィをまっすぐ見て、


「お前は才能だけじゃなく、凄まじい努力も重ねてきてたんだな。尊敬するよ」

(そ、尊敬……!?)


『尊敬』意味:他人の人格や行為を高いものと認め、頭を下げるような、また、ついて行きたいような気持になること。エルバドルペディア辞典引用。


「いやあ~~~~、そんな、大した事はありませんよ?」


 口元をニヨニヨ、身体をくねくねさせながら言うユフィ。


「やっぱり嬉しそうだなおい」

「ごめんなさい調子乗りました気色悪い動きをしてごめんなさい許してください許してください」

「情緒どうなってんだ?」


 自己肯定感は無に等しい。

 ただただ、人に努力を認められるなんて今までに無い経験だったため、どんな反応をすれば良いのかわからないだけだ。


 当時はただただ、『聖女様になって脱ぼっち!』を掲げていて、その目標を達成するために必死だった。

 現状を変えたいという一心だったから、自分が努力をしたという実感はない。


 ただジャックの言うように、自分がしてきた事は他人からすると努力そのものだったのだろう。


「やっぱりユフィに頼んでよかったぜ。お前は俺に、一番大事なことを思い出させてくれた」


 どこか晴れ晴れした表情で、ジャックは拳を空に掲げる。


「楽な方法はないって早々に諦めて、泥臭く努力をし続ける! それが一番の近道ということだな!」

「そ、そうですそうです、そんな感じですね!」


 決してそのような意図が始めからあって言ったわけではないが、全力でユフィは乗っかることにした。


「うおっしゃ!! じゃあまたぶっ倒れるぶっ放しまくるぜ!」


 ひゃっほー! と、ジャックが火魔法を吹き抜けの空に向けて打ちまくり始める。

 先ほどと違って楽しく勢いのあるジャックの姿に、ユフィの口元が綻んだ。


(なんとか丸く納得してくれたみたい……良かっ……ハッ!!)


 気づく。


「良くない!!! 私も回復魔法の練習しなきゃ!!!!」


 成り行きでジャックの攻撃魔法の鍛錬に付き合うことになった。

 しかし、ユフィ自身、回復魔法のレベルを上げるための行動はほぼ何もしていない。


 やったことといえば数百メートル走ってバテたくらいだ。


「お、ならちょうど良いじゃねえか」


 ちょうど、魔力を使い切ってバターンと倒れたジャックが言う。


「見ての通り、体力すっからかんだからよ。ちゃちゃっと回復魔法をかけてくれ」


 仰向けの体勢で、ジャックは自分の身体を指差した。


「は、はい……失礼します……」


 ジャックのそばに跪き、ユフィは両掌を向ける。


 すうっと息を吸って、「癒しの力よ……」と言葉を口にすると、弱々しい光がぼうっと掌に灯る。

 集中し、今自分が持ちうる最大の出力で回復魔法を……。


「…………全然回復してる実感ないんだが?」

「ごめんなさいこれが私の全力なんです……」 


 情けなくて情けなくて、るーーっと両目から涙を流すユフィ。


「お前の回復魔法、そんなにしょぼかったのか?」

「し、知らなかったのですか? 私の回復魔法のゴミっぷりには定評があると思ってたんですが」

「興味ねーこと全然頭に入ってこねえから」

「な、なるほどです」


 昨日、教室で演舞会の話になった際、堂々と回復魔法がビリであることを話した気がするが、ジャックの耳を素通りしたようだった。


「見ての通り、私の回復魔法は学年ダントツでびりっけつでして……体力をつけて少しでも威力を上げないとなんです」

「攻撃魔法は異次元の領域なのに、おかしな体質だな」

「ううぅ……逆だったら良かったのに……」


 つい敬語が取れてしまうほど切実な思いだった。


「というわけで、私も走らないといけないので……とりあえずバコスカ打っちゃっててください!! 一時間くらいしたら帰ってくるので」

「待て待て」


 ランニングしに行こうと背を向けたユフィの肩をジャックが掴んだ。


「体力をつけると言ったって、何するつもりだ?」

「と、とりあえず持久力を上げるためにランニングでも」

「それ、効率悪いぞ」

「え?」


 当たり前だろとばかりに言うジャックに、ユフィが目を瞬かせる。


「ひとえに体力と言っても種類があるからな。持久力も大事だが、まずは出力の高い魔法を顕現させるために、瞬発的な筋力や体力が必要になる」

「瞬発的な……」

「そうだ。筋トレはもちろんのこと、全力ダッシュをして、心拍数を爆上げしてから、少し落ち着かせてまた爆上げする……みたいな事を身体に起こさせるトレーニングだな」

「な、なるほど……!!」


 懐からメモを取り出し、ユフィは熱心にペンを走らせる。


「良かったら俺がトレーニングメニューを組んでやろうか?」

「ええっ!?」


 思わずユフィはペンを落としてしまう。


「そんな、悪いですよ。ただでさえ鶏胸肉とブロッコリーを頂くのに……」

「これくらい気にすんなって。今まで数多のトレーニングメニューを考案してきた俺にとっちゃ簡単なことよ」


 そう言ってジャックは両腕をふんっと掲げて筋肉をアピールした。

 盛り上がった腕の筋肉が、ジャックの言葉に説得力を増している。


(ここで断るのは……むしろジャックさんの善意を無碍にしてしまうことになるし……それに……)


 そもそも、スタミナ増強のためのトレーニングはユフィにとって門外漢である。

 

 素人のユフィが適当に考えたトレーニングをするより、専門家のジャックに頼るの方が良いのは火を見るより明らかだった。


「で、では……お手数をおかけしますが、よろしくお願いします……!!」


 ぺこりと頭を振ると、ジャックはニカッと笑って言った。


「任せろ! 俺が一瞬にしてスタミナがつくトレーニングメニューを組んでやる!」


 こうして、ユフィのスタミナ向上にジャックが協力することとなった。


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