第69話 魔王の間
エルバドル王国から遠く離れた不毛の大地に聳え立つ魔王の城。
その姿はまるで悪夢の具現化のように、見る者に恐怖と不安を植え付ける。
城の外壁は黒く、無数の棘のような突起が不規則に突き出ている。
城の周囲には常に薄暗い霧が立ち込め、冷たい風が吹き抜けるたびに不気味な音が響き渡る。
空はもういつ陽の光を見たか忘れるほどの曇天で、稲妻が時折暗闇を裂いては城の恐ろしさを一層引き立てていた。
そんな城の最も深い部分に位置する魔王の間。
巨大な扉を開けると、そこには冷たく湿った空気が漂う広大なホールが広がっている。
壁には幾何学的な模様や古代文字が刻まれ、床にはひび割れた黒曜石が敷き詰められている。
中央に鎮座する巨大な玉座の上に、大きなシルエットがぼうっと浮かび上がっていた。
この城の主にして全魔族のトップに君臨する存在──魔王の姿は闇に包まれており、その全貌は見えない。
だが、その存在感だけで身も震えるような威圧感を感じさせた。
「……失敗した、だと?」
深く低い声がホール全体に響き渡る。
その声は冷酷さで満ちており、ただでさえ冷たい空気が一瞬にして凍りつく。
魔王の周囲に漂うおどろおどろしい暗黒のオーラが一層濃くなった。
「はい、魔王様」
玉座の前に跪くのは魔人七柱の一人、ザックス。
筋骨隆々の体躯を持ち、目は鋭く光り、肌は青白い。
背には巨大な黒い翼が広がっている。
「人間の反逆者を使い、魔法学園の強力な魔法師の殺害を計画しましたが、ユフィという少女により、失敗に終わりました」
「少女?」
「強力な攻撃魔法を使えます」
「何故だ?」
魔王の問いは、ザックスの報告が世の理に反している事を表していた。
「わかりません。同時に、調査して参ります」
ザックスの声は淡々としているものの、微かに震えが混じっている。
黒いシルエットに浮かぶ目が細くなり、彼のシルエットが微かに動く。
「調査の必要はない」
ザックスが言うと、魔王はゆっくりと右腕を持ち上げた。
瞬間、ホールの一角から霧が立ち上り、どこからともなく人影が現れた。
人影──魔人7柱の一人、ルーメアは美しくも恐ろしい外見をしていた。
長い銀髪が流れるように背中を覆い、紫の瞳が不気味に光っている。
肌は白く、薄い黒いローブを纏ったその姿は一見すると人間に見えるが、背中に生えた翼が彼を魔族である事を物語っていた。
「お呼びでしょうか、魔王様」
静かで冷たく、まるで闇夜の風のような声。
魔王はゆっくりと頷き、そのシルエットが微かに動く。
「ザックスに加勢しろ」
一拍置き、強調するように言葉が落ちる。
「承知いたしました」
ルーメアも深々と頭を垂れた。
魔王の間を後にした後、ザックスは歩きながらルーメアに語りかけた。
「ユフィ・アビシャスは、女の身でありながら強力な攻撃魔法を使える特異な存在だ」
憂いた様子でザックスは言う。
「俺も調査を進めているが、その特異性の理由が全くわからない。今までどこに居たのかと思うほど、彼女の存在感は薄く、まるで影のようだ」
その言葉に、ルーメアはクククと笑い声を漏らして言う。
「ザックス、魔王様は言っただろう? 調査は必要ないと」
殺意に溢れた瞳で口を歪めるルーメアに、ザックスは忠告する。
「気をつけろ。彼女は特異点だ」
「お前に心配される筋合いはねーっての。私は私のやり方で魔王様の命令を遂行する」
そんなやりとりを最後に、二人は闇に溶けていった。
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