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第68話 ユフィと秘密の特訓

 魔法学園から遠く離れた草原にて。


「いやー、凄いな風魔法って。こんな使い方もできるのか」


 疾風滑翔ゲイル・グライド によって空を飛行し、地上に降り立ったジャックが興奮気味に言う。


 夜とはいえ見張もいない中、ユフィが攻撃魔法を使うのはまずいと、人気のない場所まで移動してきた次第であった。


(ど、どうしよう……流されて了承しちゃったけど……)


 場所を変えても、ユフィの困惑は継続している。

 先ほど校庭でジャックに攻撃魔法を教えてほしいと頼み込まれた。


『わわわ私なんか、教えるなんて、そんな……』


 軍務大臣の令息に何かを教えるなんぞ恐れ多きことこの上ない。

 すぐに断ろうとしたが、ジャックの勢いは止まらなかった。


『頼む! ユフィは俺なんかよりずっと強い攻撃魔法を使える! 教えてもらうのが、俺の攻撃魔法のレベルアップの最短だと思うんだ!』

『でも……』

『礼は俺に出来ることならなんだってする! 一生分の鶏胸肉とかどうかだ!?』

『!? そ、それは少しだけ魅力的かもしれませんが……』


 万年金欠のユフィにとって、基本ゴボウの食生活に鶏胸肉が追加されるのは想像するだけでよだれが出てきそうだ。


『ブロッコリーも追加するから! この通りだ! 頼む!!』

『……はい』


 ユフィは押しに弱かった。

 一生分の鶏胸肉とブロッコリーとを引き換えに、(ほぼ流されるまま)ジャックに攻撃魔法を教えることになったのだ。


(ううぅ……私に教える役なんて、務まるのかな……)


 そもそも人と話す事すらおぼつかない身だ。誰かに物を教える事に自信があるはずもない。


(なるべくそれっぽい感じに振る舞おう……)


 そんな消極的な姿勢の一方、ジャックは虎の子を得たとばかりのテンションでユフィの手を取り言った。


「よろしく頼むぜ、師匠!」

「!?」


 ──よろしく頼むぜ、師匠!


(師匠……師匠……師匠!!)


 頭の中で、『師匠』というワードがこだまする。


 今まではもちろん、今後の人生において決して自分に掛けられることの無い言葉。


 誰かが誰かを慕う象徴的なその言葉は、ユフィの心にぱんっと響いた。


「まっかせてください!!」


 ユフィはチョロかった。

 張った胸をどんっと叩き、得意げに鼻を鳴らして師匠気取りをするのだった。


「心強いぜ! じゃあまず、何をすればいい?」


 ジャックに訊かれて、ユフィは「そうですね……」と顎に手を当てる。

 鶏胸肉とブロッコリーという報酬を貰う以上は、ジャックにちゃんと成果が出るようにしないといけない。 


 真剣な表情で考えてから、ユフィはジャックに言った。


「じゃあ、まずは立てなくなるまで、ひたすら空に向かって魔法を放ってみましょうか」

「わかった!」


 初手からわりかしえげつない提案をするユフィだったが、ジャックは嫌な顔ひとつせず取り掛かった。


烈火嵐ブレイズ・ストーム!」


 声高らかに魔法名を叫び、両手を空に突き出す。

 瞬間、彼の掌から赤く燃え上がる炎が吹き出し、次々と火球へと変わった。


 一瞬の間に生成されたのは十個の火球。


 以前、訓練場でも見た、おそらくジャックが使う火魔法のオーソドックスな技だった。


「うおらっ!!」


 炎が空中で輝き、まるで夜空に打ち上げられた花火のように広がっていく。


「おおー……」


 夜空をバックにした美しい光景に、ユフィは思わず声を漏らした。


「まだまだ!! 炎刃斬ファイアブレード!」


 ジャックが次の魔法名を叫ぶと、両手から再び炎が噴き出した。


 今回は炎が巨大な刃の形を模してジャックの頭上に顕現する。

 赤く燃え盛る炎の刃はエッジがまるで実体を持つかのように輝いていた。


「はっ!!」


 ジャックが両手を振り上げると、炎の刃がさらに勢いを増す。

 まるで巨大な剣を振るうように一直線に空へと飛び上がった。


 刃は夜空に浮かぶ月を斬るような軌跡を描いく。

 夜空に輝く炎の刃が残り、まるで天を斬る閃光のように煌めいた。


「うおらっ!」


 声と共に、炎の刃は再び空中で大きく一閃。

 

 夜空を照らすその炎の軌跡はまるで巨大な斬撃の残像のように残り、ジャックの技術の高さを物語っていた。


 続け様に高出力の火魔法を放った事で、余裕があったジャックの表情に陰りが差した。


 額に汗が滲み、息は浅くなっている。

 しかし、彼の勢いは止まらない。


「これで最後だ! 炎獣轟焔ギガスインフェルノ!!」


 ジャックが今までで一番の声で宣言すると、赤く熱い炎がゆらゆらと躍動し始めた。


 瞬く間に発現したそれは、ただの炎ではない獣の形を模した炎の巨像。

 ユフィとの一騎打ちの際、ジャックが最終奥義として繰り出した技だった。


「うおおおおおおおお!!!」


 赤とオレンジが入り乱れ、灼熱が空気を揺らす。

 炎獣は熾烈に轟き、炎の牙と爪をむき出して野獣のような獰猛さを放って夜空へと昇っていった。


「はぁっ、はぁっ……」


 とっておきの火魔法を放ち終えたジャックの額には大粒の汗が流れていた。


 息は絶え絶えで、もはや疲労の色を隠せなくなったジャックはついに膝を折った。


「ここが、俺の今の限界だ……これ以上は……反動が来る……」


 地面に大の字になりながら、重く息を吐いて言うジャック。

 彼の表情には疲労と達成感が浮かんでいたが、どこか悔しげな色も見えた。


 これじゃハンス先輩を超えられない。そう語っているように見えた。


「お、お疲れ様でした! いやあ、凄い魔法でしたね! さあさあ、おしぼりをどうぞ」


 ぎこちない笑みを浮かべながら、ユフィはハンカチに水魔法をかけて作ったおしぼりを手に、ジャックのそばにやってきた。


 もちろん、今日ライルがやっていた魔法を参考にしたものである。

 ジャックはおしぼりを受け取った後、皮肉めいた笑みを浮かべて言う。


「お前に言われると、なんだか嫌味に聞こえちまうな」

「ああああごめんなさい! そんなつもりじゃ!!」


 規格外の攻撃魔法を使えるユフィとて、学園に入学したお陰で同世代の男子がどれくらいの威力の攻撃魔法を使えるか把握している。


 ジャックの年齢でこれだけの火魔法を使えるのは凄まじい事というのは素直な気持ちだった。


「わーってるって」


 額の汗を拭いながら、ジャックはフッと鼻を鳴らした。

 ユフィに決して悪意は無い事は、ジャックも理解してくれているようだった。


「そ、それにしても、前よりもたくさん魔法を使えるようになってますね?」


 ふと思い立ってユフィは言う。


 前回訓練場で戦った際、ジャックは烈火嵐ブレイズ・ストームの火球五個と、炎獣轟焔ギガスインフェルノを放って限界を迎えていた。


 しかし今日は、烈火嵐ブレイズ・ストームの火球は十個に増え、炎刃斬ファイアブレードも放つ事ができている。


「ああ、ちっとばかしレベルアップしたんだ」


 頬を軽く掻きながら、ジャックは続ける。


「言うのは恥ずかしいけどよ……お前に完膚なきまでに負かされてから、火がついちまってよ。ここ最近ずっと、トレーニングの量を増やしてたんだ」

「そ、そうだったんですね、えへへ……」

「嬉しそうだな?」

「いえいえそんな! とんでもないです!」


 ジャックがレベルアップしたきっかけが自分だった事が嬉しい……なんて考えることすら烏滸がましいと、ユフィはぶんぶんと頭を振った。


(それにしても……)


 ふと思う。

 トレーニングを増やし体力と筋力をアップした結果、ジャックはちゃんと魔法にも成果を出している。


(私も頑張ったら、回復魔法をレベルアップできるかも……)


 きゅっと、ユフィは胸の前で拳を握った。


「よし! 回復した!」


 ジャックが立ち上がってユフィに向き直る。


「次は何すればいいんだ!?」

「あ、じゃあさっきと同じようにまた空に火魔法を倒れるまで打ってください」


 さらりとユフィが言うと、ジャックは目を瞬かせた。


「え、私何か変なこと言いました?」

「あ、いや……まあいいか……」


 どこか釈然としない表情ながらも、ジャックは再び空に手を掲げ、火魔法をドンドコ打ちまくる。


 それからというもの、ジャックはユフィの指示によって火魔法をぶっ倒れるまで打ちまくっては休憩し、また打ちまくっては休憩しを繰り返すのだった。




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