第66話 役に立ちたい
「いや、無理!!!! 冷静に考えて、無理!!!!」
夜、ユフィは寮の自室でゴロゴロ転がりながら叫んだ。
以前ならキャパを超えた状況になった際、床をゴロゴロ転がって壁に激突しお隣さんに迷惑をかけていたが、自重してベッドの上で転がっている。
柔らかいベッドの上で身体をくねらせ、髪を掻きむしるようにして頭を抱える。
クッションがぼふんぼふんと沈み込み、叫び声すら吸い込んでいくようだった。
外から聞こえてくる談笑しながら歩く生徒の声や、風に揺れる木の葉の音さえも、今のユフィには遠い世界の出来事のように感じられた。
『ユフィ、どうしたのー?』
飼い主のご乱心を心配してか、シンユーが枕元にやってきてに尋ねる。
「シンユーどうしよう!! 私、死んじゃう! やっぱりマグロ漁行ったほうが良かったかも!」
『今日はいつにも増して何言ってるかわからないねー』
ユフィは泣きつくように、今日の出来事をシンユーに話した。
シンユーは大きな琥珀色の瞳でユフィを見上げ、一瞬だけ耳をピクピクと動かしてから言った。
『まあ、なんとかなるよ。ユフィなら出来る。頑張って!』
ぺろぺろと毛繕いしながら、呑気な様子で答えるシンユー。
シンユーはユフィのイマジナリーフレンドが憑依したもので、思考もユフィそのもの。
なので問題解決の手段を提示してくれるわけではなく、基本的に全肯定しかしない。
肯定されたい欲に飢えているユフィにとっては一種の精神安定剤になっているものの、今回の件に関しては焼石に水だった。
「ううう……なんとかならないよう……無理だよう……」
大勢の前でしょぼい回復魔法を披露する。
想像しただけでベランダからフライアウェイしてしまいそうだ。
考えれば考えるほど焦りと恐怖が泥水のように広がり、ユフィは布団を被って体を丸めた。
「何か……何か出来ることは……」
五月祭まであと二週間。
不参加という手段を取れない以上、その間に回復魔法の技量を上げて少しでもマシにするしかない。
「でも……技量を上げると言ったって、どうすれば……」
入学してから一ヶ月。
座学で回復魔法のいろはを学び、鍛錬に勤しんできた。
しかし、相変わらず擦り傷を一時間かけて治すレベルは変わっていない。
走っても走っても足が空回りして一向に前に進まない、そんな状態だった。
──魔力と体力は直結していると考えられている。
「はっ……!!」
全速力で走らせていた思考の中で、昨日のシャロン先生の言葉が蘇ってきた。
──身に宿せる魔力の量は生まれつき決まっているが、後天的に筋肉や体力をつけることによって、多少の魔力増加が観測されている。体力の増強によって繰り出せる魔法の威力も増大する。すなわち、ランニングや筋トレこそ、新たな魔法の可能性を広げる大事な鍛錬なんだ!
「よしっ」
勢いよくユフィは立ち上がる。
『体力と魔法力は比例する』
その言葉に、一筋の希望を見出した。
「やるしかない……!」
少しでも筋力と体力をつけよう。
そう決意し、ユフィは走りに行くことにした。
ジャージに素早く着替えて、鏡に映る自分の姿を見る。
微妙にサイズ感があっていないのは、購入する際に店員さんと「ちょっと大きいですねえ、もうワンサイズ小さいものをお持ちしましょうか?」「イ、イエ……コレデダイジョウブデス」というやりとりをしたためだ。
(五月祭までに、やれることをやるんだ……)
深呼吸し、決意のこもった目で自分を見つめたから、気持ちを落ち着かせる。
「行ってくるね、シンユー」
(頑張ってねー)
こうしてユフィは部屋を飛び出した。
◇◇◇
魔法学園はとにかく広大な教育施設だ。
広大な敷地には無数の建物が点在し、広場や庭園、訓練場が整然と配置されている。
生徒の親たちの多額の寄付金によって、年々施設が拡大し続けているためか、その広さは他に類を見ない。
全体を眺めるとまるで小さな都市のようであり、学園内の移動には魔法を使うことが推奨されるほどだ。
そんな広々とした敷地のため、ランニングによって体力をつけるにはもってこいの場所だったが……。
「かひゅー……かひゅー……」
寮から走り始めて数分もしないうちにユフィは膝をついた。
息が荒く、胸が激しく上下し、汗が額から滴り落ちる。
(ど、どんだけ体力ないの私……)
体力測定の時に薄々感じてはいたが、あまりにもスタミナが無さすぎる。
元々体力がある方ではなかったが、田舎暮らしで歩くことが多かったため、人並みには持久力があったはずだ……と思っていたが、よくよく考えたら家にずっと引きこもっていたため、体力がつくシチュエーションは無かった。
加えて風魔法による移動で横着し始めたため、ただでさえなかった体力が無に近い状態にまで落ちてしまったのだろう。
「ど、どうしよう……」
(この有様じゃとてもじゃないけど、五月祭までに体力を戻すのは無理じゃ……?)
そんな思考が頭をよぎる。ネガティブな気持ちが胸に広がり、諦めと共に寮へ回れ右したくなってきたその時、昼間のエリーナの笑顔が蘇ってきた。
『一緒に頑張ろうね、ユフィちゃん!』
「そう、だ……」
”一緒に”という言葉に、ユフィの挫けかけていた心に光が灯る。
今まで諦めることは多々あった。
しかしそれは自分一人の責任で全て完結するものだったからだ。
今回はそうじゃない。
自分がしくじってしまったら、エリーナにも迷惑をかけてしまう。
(それだけは……嫌……!!)
貧血で白くなっていた足に力が戻ってくる。
ゆっくりと立ち上がり、両の足でしっかりと地面に踏ん張った。
エリーナは友達だ。
それも、いつも本当に良くしてくれている。
エリーナに迷惑をかけるわけにはいかない、かけたくない。
そんな思いがユフィの心に強く根付いた。
「私も、役に立ちたい……」
ぷるぷると震える足に鞭打ち、再び走り出そうと決意したその時──突然、金属が擦れ合うような物音がユフィの鼓膜を叩いた。
(ひっ……!?)
びっくりして飛び上がり、サッと草むらに隠れる。
草の合間からそっと様子を伺うも、人の気配は無い。
しかし、金属音は断続的に聞こえてくる。
(なんだろう……?)
草むらからひょっこり出てきて、ユフィは恐る恐る音のしている方へ向かった。
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