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第62話 たのしいたのしい生徒会


 ハンスと共に生徒指導室に行った後、二人は生徒会室へ向かった。

 生徒会室には既にメンバーが揃っており、ユフィたちは最後だった。


 ハンスが経緯を説明するなり、エリーナがユフィの元に飛んできた。


「ユフィちゃん、怪我はない!? 大丈夫!?」


 ペタペタとエリーナがユフィの身体を触る。


「は、はいっ。ハンスさんが助けてくださったので、どこも怪我していません」

「良かった……」


 ホッと安堵するエリーナだったが、すぐに表情を般若のような形相をして。


「それにしても、ユフィちゃんに危害を加えるなんて……私がその場にいたら全員挽肉にしているところだわ……」

「エリーナさん、なんか怖いです!」


 ユフィの脳内で、エリーナの握力でザクロのように握り潰される不良たちが浮かんだ。


「ちなみに、その不届き者たちはどうなったんですか?」


 ライルがハンスに尋ねる。


「とりあえず停学処分だ。俺の権限で更生施設行きにしておいたから、しばらくは学園の土を踏めないことだろう」

「それは何よりです。それにしても、ハンス先輩に楯突こうなんてなかなかの命知らずですね」

「気が短い人間は、往々にして冷静に状況を分析できないものだ」


 腕を組み、呆れたようにハンスは頷いた。

 そんな中、生徒会室の奥の一際豪勢な机に座る美青年──生徒会長のノアが風に乗る囁きような声で言った。


「とりあえず、今日の議題を始めましょうか。時間も押してしまっているので」


 ノアの言葉に、部屋にいた面々がノアに注目する。

 透き通るように白く上質な磁器のような肌、窓から差し込む光で柔らかく輝く淡いブルーの髪。


 深いエメラルドのような緑色の瞳は、見る者を包み込むような温かさと冷静さを併せ持っている。

 気品あふれる佇まいは、古代の王族のような落ち着きのある印象を与えた。


 それもそのはず、ノアはエルバドル王国の第二王子というガチ王族の立場である。


「お、遅れてきてしまい申し訳ございませんでした……」


 元を辿れば自分が寄り道をしなかったらこんなことにはならなかったと、ビクビクと震えながらユフィは謝罪を口にする。


「いえいえ、気にしないでください。ただの災難に目くじらを立てるようなことはしませんよ」

「うぅ……寛大な御心ありがとうございます……」

「どういたしまして。じゃあまずは、彼の自己紹介から始めようか」


 そう言ってノアはハンスに手を向けた。


「彼の名前はハンス。エルバドル王国の歴史上、数々の英雄を輩出してきたアーノルド公爵家の令息です。僕らと同じ二年生で、生徒会の補佐役です。春休みから某国での魔物討伐に参加していて、つい昨日帰ってきた次第です」

(ハ、ハンスさんも凄い人……!!)


 学生の身分でありながら、魔物との戦いに身を投じている。

 その事実は、先ほど訓練場で見たハンスの火魔法の凄さを裏付けていた。


「ハンスだ。改めて、よろしく頼む」

「は、はい……よろしくお願いしますっ」


 緊張した面持ちで、ユフィは差し伸べられた手を取る。

 ハンスの手はゴツゴツしていて、岩をも砕くような力強さを感じさせる。


「君が攻撃魔法を使える特殊な人間であることや、君が置かれている境遇に関してはノアから聞いている。俄には信じ難いが、ノアは嘘をつくような人間ではない」


 ユフィの手を固く握って、ハンスは続けた。


「君が平和な学園生活を送れるよう、俺もサポートをする。困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」

「アッ、ハイ……私みたいなのが、なんかすみません……」


 サッと手を引いて、ユフィはすすすーっと後退りをした。


「……? どうした?」

「条件反射なので気にしないでください」


 ハンスの全身から滲み出る自信の光に耐えられなくなった、なんて言えない。

 自信が地面に減り込み惑星の反対側まで突き抜けそうになっているユフィとは対極的な存在であった。


「む、そうか……?」


 他のメンバーはユフィの行動についてなんとなく見当がついているため、いつもの光景の如き反応。

 ハンスだけ釈然としない顔をしていたが、それ以上深く突っ込むことはなかった。


「それでは自己紹介も終わったことですし、次の議題に移りましょう。エドワード君、よろしく頼みます」

「はい」


 エドワードが立ち上がり、紙面に目を通しながら口を開く。


「まずは、先日の襲撃について、襲撃してきた人物の正体が判明したので報告します」


 その言葉で、和やかだった生徒会室に緊張が走った。


 先日の襲撃──ユフィを含む生徒会メンバーは、目安箱に投函されていた「犬を探してほしい」という手紙に従って森に入った。


 その手紙自体が敵の策略だった。まんまと森に入った生徒会メンバーを、敵が使役していたA級モンスターのキング・サイクロプスが襲撃。

 ジャックやエドワードが重傷を負うも、ユフィの攻撃魔法によって討伐することができた。


 襲撃者は逃亡し、未だに行方はわかっていない。


「襲撃者の名はゴルドー、バレンシア教の原理主義者です」


 エドワードの言葉に、面々が眉を顰める。


「原理主義者か……」

「予想はしてたけど、厄介ね……」


 ライル、エリーナが深刻そうな顔をする中、ユフィがおずおずと手を上げて訪ねた。


「原理主義者……確か、バレンシア教の中でも過激な思想を持つ人……でしたっけ?」

「ちゃんと覚えていたことは評価しよう」


 ふん、と鼻を鳴らした後、ユフィにもわかるようにエドワードは続ける


「ご存知の通り、バレンシア教は元々平和的な教義を持つ宗教です。しかし彼はその教義を過激に解釈した末に、魔王側に寝返った人間でした。彼の行動は、その教義の名の下に行われたものです」


 エドワードの説明に、ハンスが尋ねる。


「さしずめ、『全ての生きとし生けるものは等しく生存する権利を有する』とか、その辺りを拡大解釈した感じか?」

「仰る通りかと。人間にも生きる権利がある通り、魔物側にも生きる権利がある。人間と魔物が争っている中、人間優勢で多くの魔物が討伐されている状態は、教義に照らし合わせると許せないものだったんでしょう」

「何を馬鹿なことを。理性なき魔物との共存なぞ、不可能だというのに」


 ハンスの言葉にエドワードは頷き、詳細を続ける。


「魔王の下には『七柱』と呼ばれる幹部の魔人たちがいます。ゴルドーはその中の一人、ザックスと呼ばれる魔人から指示を受けて行動していたことが確認されました。この魔人が彼の背後にいたことが、今回の襲撃の一因となっています」

「ちょっと待って。ということは、ユフィちゃんが攻撃魔法を使えることを、魔族達が把握した、ということ?」


 エリーナが立ち上がって尋ねると、エドワードはゆっくりと頷いた。


「ユフィが攻撃魔法を使えることを魔族サイドが知った以上、こちらも対応を急がなければならない。ユフィの攻撃魔法について報告する人物についての選別も急ピッチで進めている。近いうちに会合が開かれるだろう」


 エドワードの言葉に、ユフィは緊張した面持ちを伏せる。


「私が攻撃魔法を使ったせいで、ややこしいことになってしまい申し訳ありません……」


 自分のせいでたくさんの人の手を煩わせている。

 そんな心持ちで、ユフィは罪悪感でいっぱいだった。


「ユフィが気にすることはないよ」


 ぽん、とユフィの肩に手を置いてライルは言う。


「あの時、ユフィが攻撃魔法を使ってくれなかったら、僕たちは死んでいた。感謝こそすれ、咎める理由はどこにもないよ」

「ライルさん……」


 気遣いに溢れたライルの言葉に、ユフィは少しだけ表情を明るくした。

 そんなユフィにノアは言う。


「ここ最近の上位の魔物の襲撃についてや、ユフィの攻撃魔法の件については、僕の方でも調査、調整をしているので、状況が変わり次第報告します。それまで待機、と言うことでよろしくお願いします」

「は、はい! ありがとうございます」

「さて、暗い話題はさておいて……」


 優雅に微笑んでからノアは言った。


「次の議題、五月祭の進行について進めましょう」

「五月祭……?」


 初聞きのワードにユフィが首を傾げると、ライルが説明を入れてくれる。


「五月祭は学園で行われる、いわば軽い祭りのようなものかな。新入生と上級生の交流を目的としていて、出店とか、音楽の演奏とか、色々な催しがあるんだ」

「なるほど! 村の収穫祭みたいなものですね」

「そうそう、そんな感じ」

「収穫祭、かあ……」


 ユフィの脳裏に、幼い頃の村の収穫祭の記憶が蘇る。

 教会のクラスメイト達は皆、家族や仲間と一緒に楽しそうに収穫祭に行っていた。


 しかし、ぼっちのユフィには一緒に行く相手がいなかった。村全体が華やかに飾り付けられ、人々が楽しそうに笑顔を交わし合っている中──ユフィは家で一人寂しく過ごしていた。


『イカヤキ百エニスダヨー』

『ワー、ヤッター』


 部屋の中で、紙で出店を模したナニカを作り、ひとりお祭りごっこをしていた。


『オイシイネー、タノシイネー』


 紙の屋台を並べ、紙で作った食べ物やおもちゃを並べる。

 頭の中で繰り広げられる妄想で補完して、まるで本物の収穫祭のように見せかけていた。


 その当時の寂しさと孤独感は今でも鮮明に覚えていて「ユフィ、大丈夫!? なんか口から魂出てきてるけど!?」

「はっ!!」


 ライルにガクガクと両肩を揺らされてユフィは現実に戻ってきた。


「すみません! 黒歴史を思い出して死にたくなってただけなので、気にしないでください」

「収穫祭で何かあったの?」

「むしろ何もなかったと言いますか……」


 深くは追求させまいと、ユフィはライルから思い切り目を逸らした。

 

 あ、これは触れたら駄目なやつだとライルも察してくれて、「そ、そうなんだね……」と話を切ってくれる。


「とりあえず、五月祭の概要については理解してくれたようなので、先に進みましょう。基本的に五月祭の運営は教師陣が行ってくれるので、特に僕らが何かするという必要はありません。ただ……」


 ノアは言葉を切って、二方向に視線を向けてから続けた。


「演舞会については、生徒会メンバーの出場が予想されるので、現時点で意識の確認だけできれば考えています」


 ノアが言うと、ジャックがハンスに鋭い視線を向けて口を開く。


「当然出るんすよね? ハンス先輩?」


 闘争心を含んだ声を投げかけられたハンスは、顔色ひとつ変えず、ジャックの方を向くことも無く返答する。


「五月祭において、演舞会は生徒が心待ちにしているイベントの一つだ。学園の生徒達の期待に応えるのが我々生徒会の役目。指名されて断る理由もない」


 ハンスの返答に対し、ジャックは誰にも聞こえないよう小さく舌打ちした。


「演舞会……?」


 再び疑問符を浮かべるユフィに、ライルが優しく解説する。


「五月祭には、各学年で一番成績が優秀な代表が魔法の強さを競うメインイベントがあるんだ。それが演舞会。いわば、魔法を使ったショーみたいなものだよ」

「へええ、なるほど! 流石、魔法学園ですね」


 感心するユフィをよそに、ライルはどこか嗜虐的な笑みを浮かべて言う。


「ちなみに、去年の五月祭ではまだ中等部だったジャックがワイルドカード枠で出場したんだけど、ハンス先輩にこてんぱんにやられちゃってね。今年も多分ジャックとハンス先輩が選ばれるから、ジャックにとっては念願のリベンジマッチってところさ」

「なっ! おいライル、わざわざ言うこたぁねえだろ!」

「今のうちから闘争心を煽っておこうと思って」


 悪戯っぽく笑いながらライルは言った。

 ライルが時折見せる黒い部分に、ユフィの肩がぶるりと震える。


「あれ、でも……代表となると、首席のライルさんが選ばれるような……」


 ふと気づいて疑問を口にするユフィに、ノアが「いいところに気づいたね」と説明する。


「僕やライルは王太子なので、身の危険の可能性を回避するという名目で選ばれないんです」

「あ、そうですね、そうでしたね……なるほどです」


 普段は仲良くしてくれている同級生と先輩という印象が強いため、時折二人が王族だという事を忘れそうになる。

 改めて場違い感を痛感するユフィにライルは言う。


「ちなみに、演舞会には回復魔法の強さを競う部門もあるよ」

「そうなんですね、それは楽しみです!」


 派手でわかりやすい攻撃魔法と違って、どのような内容で回復魔法の演舞が行われるのかはわからないが、トップクラスの技量を目に出来るのはありがたい。


「すっかり観客側の気持ちみたいだけど、ユフィも演舞会のメンバーに選ばれるかもしれないよ?」

「はははっ、まさか。かすり傷を一時間で治すのがやっとの私が選ばれるなんて、そんなの天地がひっくり返ってもあり得ませんよ」


 大勢の観客が見守る中で、全く回復魔法を使えない自分が演舞をする──控えめに言っても地獄である。

 攻撃魔法の部で選出されたのがジャックやハンスから推察するに、回復魔法の部も優秀な生徒が抜擢されるに違いない。


「まあ例年の通り順当に行くと、エリーナだろうね」

「そうです、そうですよ。選ばれるのはエリーナさんです」


 うんうんとユフィが頷くと、エリーナはさして気にしてない様子で、「選ばれた以上は、全力でやらないとね」とささやかな意気込みを露わにしていた。


 ──この時、ユフィは気づかなかった。


 ライルの口角が、いい事を思いついたとばかりに吊り上がっていることに。


「五月祭に関しての共有もこんなところですかね。それでは、今日の生徒会はこれにて」

「んじゃ、トレーニングがあるから先に帰るわ! 後は頼む」


 ノアが話し終えるや否や、ジャックは韋駄天の如く部屋を後にした。

 その後ろ姿をぽかんと見送るユフィに、ライルは「気合入っちゃったみたいだねー」と呑気に言う。


(やっぱり、ジャックさんは凄いなあ)


 目標が定まるや否や、一秒も惜しいとばかりに自己研鑽に向かうジャックに感嘆が漏れる。


(私も、そのうち演舞会に選ばれるような……って、無理無理!)


 いつかは、演舞会に選ばれるレベルの回復魔法を使えるようになりたい。

 でも大勢の人々が自分に注目しているというシチュエーションが無理無理無理であった。


(私には無縁のことね)


 フッと自虐的な笑みをユフィは浮かべた。




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