第61話 凄そうな上級生
全ての授業が終わって、ユフィはすぐ生に徒会室へ直行する。
ライルやエリーナは他のクラスメイトたちと談笑、ジャックはトレーニング室で筋トレ、エドワードは職員室で先生から請け負った雑務を処理。
他のメンバーは生徒会が始まる前にそれぞれの時間を過ごしているが、やることのないユフィは気配を消して教室を出るのだ。
「でも、誰かとの予定があるのは大成長だよね」
廊下を一人で歩きながら、弾んだ声でユフィは言う。
ミリル村にいた頃は、放課後になると村を飛び出し、エルドラ地方の山岳地帯へ赴いてひたすら攻撃魔法の練習に励んでいた。
お陰で今や最高クラスの攻撃魔法を使えるに至ったが、今思うとあの行動は、ぼっちの時間を誤魔化すための逃避行動だったのかもしれ……。
「そ、その真理には辿りついちゃいけない……!」
ぶんぶんと頭を振って何も考えないようにしたその時。
ユフィの耳に地面を揺らすような音が響いてきた。
「なんだろう……?」
好奇心に駆られたユフィは足を止め、音のする方へと向かってみる。
校舎の外に出て訓練場に到着すると、そこでは一人の男子生徒が炎魔法の訓練をしている場面が広がっていた。
ネクタイの色からして上級生と見られるその生徒は、彫刻のように鍛え上げられた筋骨隆々の体躯を持っていた。
体力測定の時にアンナが口にしていたセリフを拝借すると、まさにりんごを片手で握り潰せそうな体つきだ。
肉食獣と睨み合って競り勝ちそうなほど鋭く強い目力。
長めの髪は風に揺れ、野生みのある顔立ちの風格を際立たせている。
頬に刻まれた傷の跡は、彼の顔立ちに更なる凄みを加えていた。
男は手にしていた丸いボールを、空に向かって思い切り投擲した。
「炎裂弾」
落ち着いた、それでいて芯の通った低い声が落ちると、男の手から炎の玉が放たれる。
炎の弾丸は空気を裂いて、先ほど投げたボールを貫いた。
その瞬間、ボールは猛烈な炎に包まれ、数瞬で消し炭と化す。
手のひらサイズのボールに対しては過剰な炎の威力が、ユフィの元まで熱波となって届いた。
「わあ……」
思わずユフィは言葉を漏らした。
炎の威力、そして小さなボールを正確に打ち抜く技術力。
ユフィは男を、かなりの炎魔法の使い手と判断した。
生徒会メンバーで炎魔法を主力に使うのはジャックで、彼もなかなかの技量を持っている。
しかし男の纏っているオーラは、ジャックのそれより強者を思わせるように感じた。
その後も男は様々な火魔法を繰り出し、ターゲットを消し炭にしていった。
高度な火魔法を連続して放っているものの、彼の表情に疲労は見えない。
淡々と火魔法を行使する姿は、歴戦の戦士が剣を黙々と素振りするようだった。
「あっ、いけないっ」
自分以外でハイレベルな攻撃魔法を目にするのは中々ないため、思わず見入ってしまっていた。
油断してぼーっとしてたら何時間も消費してしまう悪癖があるため、ユフィは急いで生徒会室に向かおうとし……。
「あいたっ」
ユフィは踵を返した途端、何かにぶつかった。
驚いて顔を上げると、そこには三人組の男たちが立っていた。
「どこ見て歩いてんだてめぇ?」
「ひっ……」
ユフィは短い悲鳴を漏らした。
三人の男たちは明らかにガラが悪かった。
ドスの効いた声に着崩した制服、高圧的な目。
ジャックの風貌とは悪い方向で違う、いわゆる不良であった。
攻撃魔法の自主練に来たのか、それとも訓練場でたむろしに来たのかは不明だが、彼らに絡まれたことは不幸としか言いようがない。
「ごごごごごめんなさいっごめんなさいっ、前をよく見ていなくて……」
軽く本気出せばこの三人なんぞ、ユフィは粒子レベルで滅することができる。
しかしそもそも攻撃魔法の行使は生徒会の総意によって固く禁じられているし、他人に悪意を向けられると蟻のように小さくなってしまうユフィは恐怖に震えて謝罪するしかなかった。
「ごめんで済むなら衛兵はいらねえんだよ!」
バンッ!!
壁を思い切り叩いてユフィを威嚇する男。その音がユフィの心臓をさらに縮ませる。
「とりあえず慰謝料だな、慰謝料。とりあえず一万エニス払えや。だったら許してやるよ」
男の背後に控える二人は、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。
「ご、ごめんなさい……」
ユフィは懐をゴソゴソと探り、何かを包んだ紙を取り出した。
「これしかありません……」
小腹を満たしで常備しているゴボウだった。
「ああん!? てめぇ俺らをおちょくってんのか!?」
「ひいいいっ!! ごめんなさいごめんなさい!」
余計に怒らせてしまったようだ。絶体絶命の状況に陥ったその時。
「何をしている?」
背後から力強い声が響いた。
「ハ、ハンス……」
先ほどまで炎魔法の訓練をしていた男──ハンスの登場により、男たちは勢いを止める。
三人の不良なんぞ片手で捻り潰せそうな風貌のハンスの存在が、場の空気を一変させた。
ハンスはユフィの前に立ち、三人組の男たちに対して一歩も引かずに向き合う。
彼の圧倒的な存在感が、まるで盾のようにユフィを守っていた。
「男三人が下級生の女子から金を捲き上げる……貴様ら、恥ずかしくないのか?」
ハンスの毅然とした問い詰めに男たちは一瞬怯むも、すぐに言い返す。
「うっ、うるせーよ! そいつが先に当たってきたんだ! 俺らは悪くねえ!」
「過失なら、謝罪で充分だろう。金銭を要求する道理はどこにもない」
「お前は関係ねえだろうが! 邪魔すんな!」
「いいや、ある。校内の問題を解決するのが俺の役目だ」
どんな強気で言葉を浴びせても表情ひとつ変えないハンスに、不良たちの怒りは頂点に達する。
「ごちゃごちゃうるせーな! 勲章持ちだかなんだか知らねえが調子乗んなや!」
怒りに燃える男たちが一斉にハンスに殴りかかった。
「愚かな」
ハンスが小さく溜息をつきながら言う。
最初の男が拳を振り上げた瞬間、ハンスは冷静にその動きを見極め、右腕を素早く上げてガードした。
「うっ……!?」
鋼鉄の筋肉に覆われた力強い防御に男の拳は弾かれ、痛みで顔を歪める。
次の瞬間、ハンスの左拳が雷のように放たれ、男の腹部に深く突き刺さった。
「ぐぼっ……え……」
息を詰まらせて、男は目を白くし地面に崩れ落ちた。
「クソが……!!」
二人目の男は恐怖を覚えながらも、ハンスに向かって攻撃を仕掛ける。
彼は回し蹴りを放ったが、逆に男の足を片手で掴んで投げ飛ばした。
「ぐえっ!」
男の体は宙を舞い、地面に叩きつけられて意識を失った。
「まだやるか?」
静かに問いかけられ、最後の男は一瞬躊躇した。
しかし、仲間が倒されるのを見て怒りに駆られた男は、そばにあった木製のベンチを持ち上げた。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
怒号と共に男がベンチを投げ飛ばした。
「きゃっ……」
ユフィは思わず目を閉じた。
しかしハンスは微動だにせず、ベンチが迫ったその瞬間、右脚が閃光のように繰り出された。
パァァァンッ!!
鋭い蹴りがベンチに命中。
衝撃でベンチは粉々に砕け散った。
木片が四方に飛び散る中、ハンスは次の行動を見据えていた。
「死ねやあああああ!!」
突進してきた男は、怒りに任せてパンチを放つ。
「ふん!!」
その腕を素早く掴み、一瞬の隙も逃さずに一本背負を繰り出した。
男の体は宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。
「ごふっ!」
地面に叩きつけられ、最後の男も完全に動けなくなる。
ものの十秒もしないうちに、三人の不良は瞬く間に戦闘不能になった。
「悪き力は撲滅する。それが、力を持つ者の義務だ」
ハンスが平坦な声で言い放ち、倒れた男たちを一瞥する。
その言葉には揺るぎない信念が込められているように聞こえた。
「す、ごい……」
攻撃魔法ではなく、純粋な肉体としての強さを目にして、思わずユフィは言葉を漏らす。
加えて、ハンスの弱き者を躊躇なく助ける心優しさに対し素直に感嘆していた。
「た、助けてくれて、ありがとうございました!」
「礼には及ばない」
ハンスは軽く頷きながら、倒れた三人の不良をひょいっと背負う。
小麦粉が詰まった袋を運ぶような手つきだ。
「これから経緯報告と、コイツらを引き渡すために生徒指導室へ向かう。君もついてきてくれ」
「は、はいっ。あ……えっと、質問を許していただいても良いでしょうか?」
「なぜそんなに畏まる?」
ハンスが訝しげに目を細める。
「わ、私のような人間が質問しても良いお人なのかなと……」
ぎこちない表情で言うユフィに、ハンスは訝しげに眉を寄せる。
「俺と君は同じ生徒同士。いわば対等だ。なんでも聞くといい」
(い、良い人! この方、とても良い人だ!)
基本的に自分を微生物だと思っているユフィにとって、対等に接してくれる人は問答無用で良い人認定である。
「あ、ありがとうございます! 実は私、生徒会に所属していて、この後行かないといけないので、経緯報告? に、どれくらいお時間が掛かるのか知りたく……」
「生徒会だと?」
ハンスは僅かに驚きを表情に浮かべ、ユフィに尋ねた。
「もしかして、ユフィ・アビシャスか?」
「はえっ!? どうして私の名を……?」
「……そうか。君が噂の特異点なんだな」
「ふぇっ……?」
ハンスはフッと笑って、ユフィに言った。
「俺の名はハンス・アーノルド。生徒会のメンバーだ」
「ええええ!?」
ユフィの驚き声が、訓練場に響き渡った。
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